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木内登英の経済の潮流――「ウクライナ問題は世界経済の大きなリスクか」

金融ITイノベーション事業本部  エグゼクティブ・エコノミスト  木内 登英

#木内 登英

#時事解説

2022/05/13

世界経済に新型コロナウイルス問題の傷跡がなお色濃く残る中、ロシアによるウクライナ侵攻によって、まさに危機に危機が重なる形となっています。ウクライナ侵攻は世界的な物価高騰の問題を一段と深刻にし、世界経済の下方リスクを増幅させているのです。

ウクライナ問題は世界経済のリスクを増幅

4月19日にIMF(国際通貨基金)が発表した世界経済見通しで、2022年の世界の成長率は前回1月の見通しから0.8%下方修正され+3.6%、2023年は0.2%下方修正されて+3.6%となりました。下方修正の最大の要因は、ロシアによるウクライナ侵攻と、それを受けた先進国による対ロシア制裁の影響です。
IMFによると、当事国であるウクライナの成長率は2022年に-35.0%、ロシアは-8.5%と、それぞれ大幅なマイナス成長となる見通しです。
ただし、ロシアのGDPの規模は世界全体の1.7%(2021年、IMFの推定)で、それが仮に10%減少しても、世界のGDPを僅かに0.17%押し下げるに過ぎません。ウクライナ問題が世界経済に与える影響は、ロシアやウクライナの経済悪化という直接的なものよりも、先進国の対ロ制裁を受けたエネルギー価格の高騰、それが促すFRB(米連邦準備制度理事会)の金融引き締めの加速、などを通じた間接的なものが大きいのです。
この点から、対ロ制裁が今後一段と強化されるかどうかが、世界経済の先行きを占う上で重要となります。IMFは、対ロシア制裁が今後一段と強化されエネルギー輸出も強く制限されれば、エネルギー価格の上昇、企業・家計心理の悪化、金融市場の混乱などの波及的な影響によって、世界経済の成長率見通しがさらに2%も押し下げられる恐れがある、としています。

対ロ制裁はロシア経済に大きな打撃を与えた

ウクライナ侵攻を受けて協調して実施された対ロ制裁が、先進国側が期待するように、ロシアの軍事行動に歯止めを掛ける効果をすぐに発揮するかどうかは不明です。しかし制裁は、ロシア経済に対して短期、そして中長期で見ても大きな打撃を与える可能性は高いのではないかと思います。
世界最大の国際銀行決済ネットワークのSWIFT(国際銀行間通信協会)からロシアの主要銀行を外す、いわゆるSWIFT制裁と、ロシア中央銀行が主要国の中央銀行に預ける外貨準備を凍結する措置を先進国が当初講じたことは、ロシアの貿易、経済活動に間違いなく大きな打撃を与えました。
2014年のクリミア併合時に、既にロシアは今回のウクライナ侵攻を視野に入れ、その準備を始めた可能性が考えられます。2014年以降、ロシアは貿易決済でドル建てからルーブル建て契約への移行を進め、金融制裁への耐性を強める試みをしてきました。「SPFS」という独自の国際銀行決済ネットワークも構築したのです。
それでも今回、SWIFT制裁や外貨準備の凍結といった金融制裁措置を受けると、ロシアの貿易には大きな打撃が及び、また通貨ルーブルの大幅下落を通じて高い物価上昇が引き起こされました。金融面での自立化の試みは上手く行かなかったのです。
さらにロシアは、2014年のクリミア併合以降、将来の経済制裁に備えて、輸入品の国産品への代替も進めてきました。これはロシア経済の防衛を目指した中期計画の一環で、「ロシア経済の要塞化」とも呼ばれています。
しかしこれは高いコストで国産化を進める非効率な政策となり、やはり上手くいかなかったのです。ロシア国立研究大学経済高等学院の調査によれば、2020年にはロシアで扱われている食品以外の消費財の75%が輸入品で占められていました。その比率は、スマートフォンなど通信機器では86%にも達しています。
このように、経済の自立化がまだ道半ばの段階で、ロシアはウクライナ侵攻に踏み切りました。そして先進国からの厳しい制裁措置を受けたため、経済に大きな打撃となったのです。

一時急落したルーブルの回復は予想外

ただし、ロシアが制裁による当初の大きな打撃から部分的に持ち直した面があります。SWIFT制裁によって決済が一時止まってしまった貿易を、他の決済チャネルを開拓することで部分的に再開できています。
当初の制裁措置、特に外貨準備の凍結措置を受けて、ルーブルの価値はほぼ半減し、それが輸入品の価格を大きく押し上げました。ウクライナ侵攻後3週間、ロシアの消費者物価は前週比で+2%程度の大幅上昇を続けたのです。これは国内の個人消費に大きな打撃となったはずです。
しかし、一時急落したルーブルは、3月半ばには早くも回復に転じ、現時点ではウクライナ侵攻前の水準程度まで戻っています。その過程で、ロシア中銀(中央銀行)が導入したさまざまな資本規制措置の果たした役割は大きいでしょう。
その中でも最も大きな効果を上げていると見られるのが、輸出企業に輸出代金で受け取った外貨の8割を売却し、ルーブルに換えることを強いる規制措置です。
欧州向けを中心に制裁措置の直接的な対象から外されてきたエネルギー関連の輸出は、減少しつつもなお一定水準を維持しています。一方で、制裁の影響をより大きく受けた輸入は輸出以上に大きく減少したことから、貿易黒字が増加したのであす。その上で、輸出企業が外貨収入の8割を売却してルーブルに換えるため、為替市場ではルーブル買いの需要が高まり、これがルーブルの予想外の回復をもたらした面があると思われます。
その結果、足元では物価の上昇に歯止めが掛かり、国内経済の混乱は一時期よりも和らいだのです。

EU・日本は自国経済への打撃を覚悟でロシア産エネルギー輸入の規制強化へ

以上の点から、ロシアの輸出を一段と減少させ、またルーブルを再び下落させてロシア経済に追加の打撃を与えるためには、欧州と日本がロシアからのエネルギー輸入をさらに削減あるいは停止することが必要となります。米国とカナダは、既にロシアからのエネルギー輸入の停止を決めているのです。
4月上旬に先進各国は協調して対ロシアの追加制裁策を発表しました。そこでEU(欧州連合)はロシア産石炭の輸入禁止措置、日本は段階的な輸入禁止措置を決めました。さらに5月8日には、G7(主要7カ国)の首脳らは、ロシア産原油の輸入禁止措置を実施する方針を明らかにしました。
ロシアからのエネルギー調達に大きく依存するEUにとって、輸入禁止措置は、経済に大きな打撃となることが避けられません。現状では天然ガスの輸入禁止措置について、EU内で議論が高まっている訳ではありません。しかし、今後ロシアのウクライナでの非人道的な軍事行動がより明らかになる、あるいはロシアが生物・化学兵器を使用する、核兵器を使用する、といった形で事態がエスカレートしていけば、EUも天然ガスの輸入禁止にまで踏み切る事態も十分に考えられるところです。その場合には、日本も追随することになるでしょう。
ロシアは4月下旬に、ルーブル支払いを拒否したポーランドとブルガリアへの天然ガスの供給停止を発表しました。G7がロシア産原油の輸入禁止を決めたことで、ロシアは報復措置としてEU内の他の国にも天然ガスの供給停止の対象を広げる可能性が出てくるでしょう。その場合には、先手を打つ形で、EUがロシア産天然ガスの輸入禁止を早期に打ち出す可能性もでてくるのではないかと思われます。
ロシア産天然ガスがEUの制裁対象となれば、EU経済には失速のリスクが出てきます。ドイツの成長率はマイナスに陥る可能性もあるでしょう。

ロシアは資源大国の地位を失う可能性

2021年のロシアの原油生産量は1,052万バレルで、世界全体の約12%を占めていました。ただしIEA(国際エネルギー機関)によると、今までの制裁措置の影響で、5月には日量300万バレル近くまで供給が減る可能性をIEAは見込んでいます。ウクライナ侵攻前のロシアの原油生産量が3割程度減少し、世界の原油供給量が3~4%程度減少する計算です。さらにEUや日本がロシア産原油の輸入規制を実際に進めていけば、世界の原油需給は一段とひっ迫し、原油価格は一段と上昇することになるでしょう。
ロシアのエネルギー供給は、中長期的にも減少傾向を辿る可能性が考えられます。過去に経済制裁を受けたイランやベネズエラなど産油国は、石油生産が深刻な打撃を受け、それ以降回復できずにいます。ロシアも同じ道を辿る可能性が考えられます。
先進国の大手企業が、ロシアでのエネルギー事業から撤退を決めたことから、大型開発案件には既に支障が生じています。先端的な探査・油田の保全技術などを、ロシアは海外企業に大きく依存してきたためです。
ロシアの原油生産は、以前から、2020年代でピークに達すると予想されてきました。稼働中の油田は全般的に老朽化が進んでいたためです。そこで、ロシア企業は新たな油田の開発に向けて、フラッキング(水圧破砕)など米国のシェール産業から技術を学ぼうとしていましたが、それも難しくなってしまったのです。
こうした点を踏まえると、ロシアはこの先、資源大国としての地位を急速に落としていくのではないかと思われます。ロシアでの原油、天然ガスの生産が趨勢的に減少すれば、長期にわたって世界の原油、天然ガスの需給に影響を与え、価格を高止まりさせる可能性があるでしょう。それは世界経済の先行きに、非常に強い逆風となるはずです。

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プロフィール

木内登英

エグゼクティブ・エコノミスト

木内 登英

経歴

1987年 野村総合研究所に入社
経済研究部・日本経済調査室に配属され、以降、エコノミストとして職歴を重ねる。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の政策委員会審議委員に就任。5年の任期の後、2017年より現職。
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