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NRI トップ NRI JOURNAL 木内登英の経済の潮流――「動揺が収まらない暗号資産市場とDeFi(分散型金融)の将来」

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木内登英の経済の潮流――「動揺が収まらない暗号資産市場とDeFi(分散型金融)の将来」

金融ITイノベーション事業本部  エグゼクティブ・エコノミスト  木内 登英

#木内 登英

#時事解説

2022/07/08

暗号資産(仮想通貨)市場の動揺がなかなか収まりません。昨年11月には6万ドル台後半に達していたビットコインの価格は、足元では2万ドル前後と、2020年末以来の水準にまで下がっています。また、暗号資産全体の時価総額は、昨年11月のピークの3兆ドル超から、足元ではその3分の1以下にまで縮小してしまいました。暗号資産市場は「冬の時代に入った」、との見方も出てきています。

ステーブルコイン「テラUSD」の暴落が引き金

暗号資産価格の下落の底流にあるのは、FRB(米連邦準備制度理事会)の利上げ観測の高まりです。暗号資産の通常の取引では、売買益(キャピタルゲイン)を得ることはあっても、債券のように保有しているだけで利子所得(インカムゲイン)が得られるわけではありません。従って、金利の水準が上がってくると、債券などの金融商品に対して、暗号資産の相対的な魅力は低下することになるのです。
そうした状況の下で起こった5月のステーブルコイン「テラUSD」の暴落が、暗号資産価格の下落に拍車を掛けました。ステーブルコインとは、ドルなどの法定通貨に価値を連動させた暗号資産で、ビットコインなど従来型の暗号資産に特有のボラティリティ(価格変動率)が非常に大きい、という欠点を補うために生み出されたものです。
テラUSDは、その価値を1ドルに保つように設計されていましたが、一度信用を失うとドルとの連動は崩れ、ドルに対する価値は100分の1にまで一気に下落しました。 ステーブルコインは暗号資産市場の安全資産、との位置づけでしたが、その「安全神話」が崩れたことの衝撃は、非常に大きかったのです。
テラUSDの崩壊などで巨額の損失を被った暗号資産運用専門のヘッジファンド、スリー・アローズ・キャピタルは、6月末に裁判所から事業清算を命じられました。同社が暗号資産の相場急落で損失を抱え、追加担保の差し入れや融資元への返済が困難になったためです。
また、暗号資産取引所大手の米コインベース・グローバルは人員の18%を削減すると発表し、内定の取り消しにも動いています。さらに、人員削減の波は他の暗号資産取引所にも広がってきています。まさに、暗号資産業界は「金融危機」「金融不況」の様相を呈しているのです。
そこで、現在の暗号資産の価格下落を、2008年のリーマンショック(グローバル金融危機)になぞらえる向きも出てきました。テラUSDが暗号資産の世界におけるベアー・スターンズだとすれば、リーマン・ブラザーズの破綻のような状況が間近に迫っているのではないか、と懸念する声も増えています。リーマンショックでは、追加証拠金の要求に業者が応じられなくなったことが初期に見られた兆候でしたが、同様の事態は暗号資産の業界でも起きているのです。

通貨危機に似た様相に

テラUSDとビットコインとの関係を為替市場で例えると、ドルペグ(連動)制を採用する通貨と変動相場制を採用する比較的信頼性の低い通貨の関係に近いように思います。
テラUSDはドル資産の裏付けを持たず、アルゴリズムでドルとの連動性を維持していました。それが弱点となり、ドルとの連動が持続できなくなって、通貨危機のような状況に追い込まれたのです。通常の通貨危機でも価値が100分の1になるような調整はめったに起きませんが、テラUSDはそれ自身が持つ本来の価値が明確でないため、急激な価格下落に見舞われたと言えるでしょう。
他方、テザーのようにドル資産の裏付けを持つステーブルコインでも、ドルとの連動性がやや揺らいできています。ドル資産の裏付けが十分にあるかどうかについて、疑問が持たれているためです。これは、通貨を買い支える外貨準備の額について、公表されている数字に疑問が持たれているドルペグ通貨のケースに似ています。
さらに 、法定通貨との連動性をもたないビットコインなどの暗号資産は、変動相場制を採用している通貨に似ています。変動相場制の下で為替変動が大きくなれば、その国の貿易、経済、物価が不安定になるという弊害が生じます。しかし変動相場制である限り、通貨危機のような状況は起きにくいと言えます。為替レートは常にファンダメンタルズの変化を反映して変動しているため、ファンダメンタルズから大きくは乖離せず、短期的な変動幅には限りがあるのです。

過去とは違う暗号資産市場の調整

暗号資産市場の調整局面は過去にも何度かありましたが、それらと比べて今回は深刻の度合いが違う可能性があります。暗号資産の時価総額が大きくなり、また市場参加者も多様化したこの段階で生じた大きな調整は、過去の調整局面と比べより大きな打撃を多方面に及ぼしそうです。
ECB(欧州中央銀行)は5月下旬に公表した金融安定報告で、急成長する暗号資産が、将来、金融安定にリスクをもたらす恐れがあると指摘し、規制・監督の強化の必要性を強く訴えました。
同報告書で欧州主要6か国の家計の暗号資産の保有状況をみると、暗号資産を保有する家計の割合は平均10%程度に達しています。また、所得が低い世帯と所得が高い世帯、金融リテラシーが低い世帯と高い世帯の双方で保有が多いという、U字型の構造が確認できます。低所得層、金融リテラシーが低い層が暗号資産を多く保有していることは、価格下落時に社会問題化しやすく、個人投資家保護の観点からは問題でしょう。
他方、欧州の機関投資家で暗号資産を一定規模保有する割合も、2020年の45%から足元で56%まで上昇しています。伝統的金融商品と暗号資産との価格の相互関連性が高まっていることも踏まえると、暗号資産市場の拡大が金融システムの潜在的リスクを高めている可能性が考えられるところです。

DeFi(分散型金融)が市場の歪みを増幅か

リーマンショックでは、不動産価格の強い上昇期待のもと、不動産関連の証券化商品の価格上昇が行き過ぎたことが、金融システムを大きく揺るがしました。他方、暗号資産の世界では、DeFi(分散型金融)という仕組みが、投機、バブルを生み出すきっかけになった側面があると考えられます。
DeFi(分散型金融)プラットフォーム「アンカー・プロトコル」のもとで、テラUSDは、テラUSD建て預金に年間20%もの異例の高利回りを保証していました。その高利回りに引き寄せられた何10億ドルもの投資資金が、テラUSDが崩壊するまで流入したのです。
テラUSDの暴落を受けて、暗号資産レンディング(貸出業)を手がけるセルシウス・ネットワークも、数10億ドル相当の顧客の全口座を凍結する事態に追い込まれました。同社はビットコインなど暗号資産を預けた人に高利回りを約束しましたが、預かった暗号資産を融資に回していたため、暗号資産を預けたユーザはそれを取り戻せなくなりました。銀行であれば取り付け騒ぎから破綻に発展する事件です。
このように、DeFi(分散型金融)のもとでの預金、貸出といった銀行ビジネスや株式投資に相当するような仕組みが、暗号資産市場に資金を集め、価格を大きく押し上げる役割を果たしてきたのです。
過去のバブル崩壊の経験から実社会では導入されているセーフティーネット(安全網)も、暗号資産では全く整備されていませんでした。そうした中、通常の金融取引では容易に実現しないような高い収益を求め、資金が暗号資産に流入したのです。それは一種の「規制逃れ」のようでもありました。

規制強化で暗号資産は信頼性を回復できるか

海外に先駆ける形で、日本ではステーブルコインを規制する初めての法律となる改正資金決済法が、2022年6月3日に成立しました。法改正の大きな狙いは、投資家保護とマネーロンダリング(資金洗浄)対策の強化です。
一方、イエレン米財務長官は6月30日に、FRBやSEC(証券取引委員会)などの高官との会合で、ステーブルコイン規制の枠組みを迅速に導入するため、真剣な法整備の取り組みを引き続き建設的に進めていく必要がある、と強調しました。
規制が及んでいない暗号資産を用いたDeFi(分散型金融)の貸出、預金の仕組みの中に、暗号資産市場に大きな歪みを引き起こす要因があることが、今回明らかになりました。規制の導入を通じて、暗号資産市場が安定性、信頼性を取り戻していくことができれば、DeFi(分散型金融)というイノベーションが健全に発展していき、利用者の利便性向上と経済の効率化向上に資するようになることが期待されます。
足元での暗号資産市場の動揺は、最終的には、DeFi(分散型金融)の健全な発展を後押しするものとなるかもしれません。ただし実際にそうなるかどうかは、当局の規制の巧拙にかかっている面もあるのです。
今回の動揺を暗号資産の「冬の時代の始まり」と呼ぶ向きがある一方、それを経て淘汰が進み質の高い暗号資産が生き残ることや、規制導入で市場全体の信頼性が高まることなどから、暗号資産、DeFi(分散型金融)の長い発展の礎となる「産みの苦しみ」、と前向きに捉える向きもあります。

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プロフィール

木内登英

エグゼクティブ・エコノミスト

木内 登英

経歴

1987年 野村総合研究所に入社
経済研究部・日本経済調査室に配属され、以降、エコノミストとして職歴を重ねる。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の政策委員会審議委員に就任。5年の任期の後、2017年より現職。
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