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木内登英の経済の潮流――「歴史的物価高はいつまで続くか」

金融ITイノベーション事業本部  エグゼクティブ・エコノミスト  木内 登英

#木内 登英

#時事解説

2022/08/10

世界規模で物価の高騰が続いています。IMF(国際通貨基金)の世界経済見通し(2022年7月)によると、世界の消費者物価上昇率は、2020年の前年比+3.2%から2021年に+4.7%、そして2022年には+8.3%まで急加速する見通しです。日本の消費者物価上昇率は現在前年比+2%台と欧米諸国などと比べて低めですが、賃金上昇率が高まらない中でのこの物価上昇は、個人消費を大きく損ねてしまう可能性があります。世界は新たなインフレの時代、あるいは景気悪化と物価高騰とが併存するスタグフレーションの時代に入ってしまうのでしょうか。

日本でも物価上昇は大きな問題に

日本の6月分消費者物価統計で、コア消費者物価(生鮮食品を除く総合指数)は、前年同月比+2.2%と前月の同+2.1%から上昇しました。3カ月連続で日本銀行の物価目標である+2.0%を上回っています。
先行きのコア消費者物価の前年同月比は、現状のドル円レート、原油価格を前提にすると今年年末時点で+3.0%をやや下回る水準と予想されますが、この先円安、原油価格の上昇がさらに進めば、年内に+3.0%を超える計算となります。
海外市況の影響を大きく受ける食料(除く生鮮食品)・エネルギーを除くコアコア消費者物価は前年同月比+1.0%です。これは、6月の米国消費者物価上昇率が前年同月比+9.1%、食料・エネルギーを除くコア指数で同+5.9%であったのと比べると低いと言えます。しかし、米国で時間当たり賃金が前年比で+5%程度であるのに対して、日本では0%台半ば程度のトレンドにとどまっているとみられます。賃金上昇が物価上昇に追いつかない状況は日本でも同じで、物価高が個人消費に大きな打撃となる可能性があります。
消費者が海外市況の影響を大きく受ける食料・エネルギーの価格高騰が一時的と考えている間は、個人消費は大きく崩れませんが、市況の上昇が長く続く、あるいは円安進行によって輸入物価全体の上昇が長く続くとの見方が強まると、消費者の消費行動がかなり防衛的になる可能性があります。日本経済は現在、そうした大きなリスクに直面しているのです。

物価高対策に金融政策の役割も

政府・与党内では、秋に補正予算を編成して巨額の物価高対策を実施することを求める声が、高まってきています。今までも繰り返されてきたような、広範囲な個人を対象とする給付金などではなく、物価高騰の影響を大きく受ける低所得者層や零細事業者などに絞って、ピンポイントで手厚い支援を行うことが重要だと思います。足元で進む物価高が日本の家計に与える影響は、一様ではありません。現在価格上昇が顕著となっている食料・エネルギー関連は生活必需品が中心で、低所得者層ほど消費全体に占める割合が大きくなります。この点から、物価高騰は低所得者層を中心に大きな打撃を与えているのです。
また政府には、成長戦略の強化を通じて労働生産性、潜在成長率を引き上げる取り組みを積極化することが望まれます。その結果、賃金が先行き増加するとの期待が個人の間に高まれば、物価高が個人消費に与える打撃は軽減されます。それは、物価高に対する経済の耐性を構造的に強めることになるのです。
さらに、物価高騰が長期化するとの懸念を高めないことも、経済の安定維持の観点からは重要です。それは、金融政策が担うべき領域でしょう。日本銀行には、将来的には金融政策全体の正常化、当面のところでは長期金利の上昇を一定程度容認するような政策の柔軟化措置を通じて、物価安定に対するコミットメントを改めて強く示すことを期待したいと思います。その結果、「硬直的な金融政策のもとで悪い円安、悪い物価高がどこまでも続いてしまう」といった個人の懸念を緩和することができれば、日本経済に安定に貢献するのではないでしょうか。

物価高騰は新型コロナウイルス問題とウクライナ問題の双方から

足元の物価高騰は、今年2月のロシアによるウクライナ侵攻をきっかけに生じた、との印象を持つ向きも少なくないかもしれませんが、実際にはその1年ほど前から始まっていました。それは、新型コロナウイルス問題の影響と考えられます。現在の物価の高騰は、新型コロナウイルス問題とウクライナ問題の双方によって引き起こされたものなのです。
新型コロナウイルス問題が物価に与えた経路はかなり複雑ですが、その中で最も有力な経路となったのは、個人の消費行動の変化ではなかったかと思います。感染リスクを下げるために、個人は外食、旅行などの人と接触しやすいサービス支出を抑える一方、家具、家電製品、自動車、家などの財の購入を増やしています。そうして需要が高まった財の価格が上がり、また、財の生産を増やすために原材料や電力の投入が増えたため、原材料価格やエネルギー価格が押し上げられた、という面があります。価格の上昇は、ポストコロナの新しい産業構造への転換を促す役割を果たしているのです。
しかし、新たに需要が高まった分野への生産資源の移転が一巡すれば、物価高騰は落ち着いてくると予想されます。この点から、新型コロナウイルス問題による物価高騰は、長く続くものではないと思います。

景気を犠牲にして物価の安定を取り戻すか

一方、ロシアによるウクライナ侵攻後、先進国の対ロシア制裁措置によって引き起こされた面があるエネルギー、食料関連価格の高騰は、供給側の要因に基づく典型的なコストプッシュ型インフレです。ひとたび供給の制約が解消されれば、比較的迅速に価格高騰は収まることが予想されます。しかし実際には、対ロシア制裁措置は長期化する見通しで、また海外エネルギー関連企業の撤退によって、ロシアのエネルギー生産はこの先減少傾向を辿っていくことが見込まれます。そのため、供給が増えることで価格の高騰が一気に終わる可能性は低いように思われます。
他方で、需要側の変化、つまり世界経済が減速し、エネルギー、食料関連の需要が弱まることで、価格高騰が収まっていく可能性が考えられます。歴史的な物価高騰への対応から、FRB(米国連邦準備制度理事会)は、今年3月から急速な金融引き締め策を進めてきています。FRBは経済よりも物価の安定回復を優先する姿勢を強めているのです。 そうした政策姿勢は他国にも波及し、足元では深刻なエネルギー不足問題や南欧の財政問題などを抱えるユーロ圏でも、7月にECB(欧州中央銀行)が事前予想を上回る大きな幅での政策金利引き上げを決めています。
このように、米国の急速な金融引き締め姿勢が他国にも波及している背景には、為替動向が関係しています。日本を除く多くの国が、物価高を助長してしまう自国通貨安を何とか避けたいと考えています。そうした中、米国で急速な金融引き締めが行われると、ドル全面高が進み、他国は対ドルでの自国通貨安に見舞われるのです。それを回避するために、多くの国がこぞって急速な金融引き締めに乗り出し、自国通貨を引き上げて他国に物価圧力を押し付ける競争をしています。 こうした通貨切り上げ競争、利上げ競争は過去に経験したことがなく、世界経済に大きな打撃を与えるのではないかと思われます。 IMFも、最新の世界経済見通しを公表した際に、「世界は近く世界的リセッション(景気後退)の瀬戸際に立たされるかもしれない」と説明しています。
来年にかけては、景気減速という犠牲を払う形で、エネルギー、食料関連価格が下落し、世界は物価の安定を取り戻すきっかけを掴むのではないかと考えます。そうなれば、現在の歴史的物価高は定着せず、世界は新たなインフレの時代、あるいは景気悪化と物価高騰が併存するスタグフレーションの時代には入っていかないことになります。

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プロフィール

木内登英

エグゼクティブ・エコノミスト

木内 登英

経歴

1987年 野村総合研究所に入社
経済研究部・日本経済調査室に配属され、以降、エコノミストとして職歴を重ねる。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の政策委員会審議委員に就任。5年の任期の後、2017年より現職。
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