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次世代へつなぐ地域公共交通とは

コンサルティング事業本部 アーバンイノベーションコンサルティング部
プリンシパル 新谷 幸太郎 
シニアコンサルタント 川手 魁

#運輸・物流・倉庫

#公共

2022/09/05

野村総合研究所(NRI)は、2040年までの中長期的な鉄道事業の持続可能性を測る「鉄道維持指数」を2022年3月に試算・公表し、現状のまま鉄道事業を継続することは困難であると提言しました。 鉄道は地域公共交通の一部にすぎませんが、住民にとっては日常に根ざした存在であり、愛着や「想い」を抱く対象となっています。また公共性が高く、赤字だけを理由に廃線を進めることに対し強い反発も見られます。そのため、路線の見直しや、あるべき公共交通の姿に関する議論は進んできませんでした。 そこでNRIは、行政や住民へのインタビューをもとにローカル線沿線地域が鉄道に抱く「想い」を可視化すると同時に、収支面の試算も行い、持続可能性の確保と地域の「想い」の尊重を両立させた最適な交通サービスの在り方を提案しています。アーバンイノベーションコンサルティング部の新谷 幸太郎、川手 魁に聞きました。

厳しさを増すローカル線の運営

現在、JR各社の鉄道路線のうち、地方の低収益路線は全国に合計約9,000kmあります。路線によっては朝夕の通学を中心に需要が残っているものの、少子化と道路整備に伴い、こうした路線の利用は年々少なくなってきているのが実情です。

収益性という観点から見ると、ローカル線はすでに大赤字であり、利用者の運賃収入のみではとても存続できない状況です。鉄道各社は都市部の高収益路線と新幹線などで生み出した黒字や、投資の運用益によって補填することで、こうしたローカル線をなんとか維持してきました。ただ、これを今後も続けるのは難しいと考えられます。コロナ禍で鉄道事業を取り巻く環境は急激に厳しくなりました。移動の自粛で利用者が減ると、鉄道の収益性が一気に悪化する状況を関係者全員が認識しました。この影響が仮に収束したとしても、2040年度にかけて人口減少はさらに進行することから、将来的には同じ状況に直面します。収益性の改善を図るためには、収益力を高めるか、費用削減を進めるしかなく、2040年度に2019年度の利益水準を維持するには、前者であれば全国の客単価を今の1.2~1.4倍にする、また後者であれば赤字路線の削減を全国で3,000km近く行う必要があるという、非常に厳しい状況です。

「ローカル線」と一口に言っても、路線の性質や利用状況によって4種類に分類できると考えます。1つめは、全国ネットワークの一翼を担う路線です。特急列車や貨物列車などが通過するため、単体の収益性だけで考えるべきでなく、全国ネットワークの観点から維持する必要のある路線です。2つめは、条件次第では持続性が期待できる路線です。ある程度の利用はあるものの、今の収支構造では運賃収入による維持が難しく、存続するためには、運賃・コストの見直しといった鉄道サービスの改革に加えて、鉄道の特長を活かした街づくりを進めることが必要になります。

残りは、鉄道が利用者のニーズに応えられておらず、極めて利用が少ないため自動車交通への転換も検討せざるを得ない路線です。3つめは、主に地域内の移動に使われている路線のうち、少子高齢化に伴って利用が少なくなった路線です。そして4つめは、かつては広域輸送路線として特急列車や快速列車が走っていたものの、道路整備に伴う自動車の利便性向上により、利用が少なくなった路線です。こうした路線は、主に通学利用や高齢者の買物・通院利用が残るのみとなっており、利用者数や移動距離に見合ったモビリティへの転換も検討すべきでしょう。

地域住民はローカル線に何を求めているのか

こうした状況の中、費用の抑制のために、鉄道の廃線と自動車交通への転換が進むのではないかと懸念する声も増えています。一方で、地域住民にはこれまで鉄道と共に歩んできた「想い」や愛着があり、鉄道が持つ地域のシンボル的価値も議論にあたっては重要な要素です。

まず、地域住民は域内の鉄道に対して、どのようなことを求めているのでしょうか。鉄道の役割は地域によって事情が異なりますが、ある程度の目安として、1日1kmあたりの鉄道利用者数をもとに地域を4つの区分に分けました。1つめは200人以下の沿線、2つめは200人から2,000人の地域内輸送路線の沿線、3つめは同じく200人から2,000人の(かつての)広域輸送路線の沿線、4つめは2,000人以上の沿線です。

この区分に沿って鉄道の役割を見ていくと、1つめの「利用が極めて少ない路線」の沿線地域では、このままでは公共交通の維持が困難であると肌で感じているため、「地域の足をなんとか守ってほしい」という想いが強いと考えられます。このような路線は、ドアツードアのデマンドバスに置き換えることで、学生や高齢者にとって便利な持続可能な足を確保することが考えられます。

2つめの「利用が少ない地域内輸送路線」の沿線地域では、通学客を中心に地域の人々が触れ合う場の側面もあり、「地域の賑わいの拠点としての駅を大切にしてほしい」という想いも大きいと考えられます。この路線は、さまざまな目的地を高密度でつなぐバス交通を導入しつつ、鉄道駅舎のような拠点性のあるバス乗降所を設けることで、「にぎわいの場」を未来につなげることができます。

3つめの「(かつての)広域輸送路線」の沿線地域では、大都市との間を特急列車や快速列車が結んだ歴史を踏まえて、「大都市とつながっている状態を大切にしたい」という想いが強いと考えられます。この路線は、バス専用道と一般道を行き来するBRT(バス高速輸送システム)を導入することで、渋滞に左右されない大都市への移動手段を確保することが考えられます。その際、すでにある線路用地をバス専用道として使うという考え方もあるでしょう。

最後に、人口が多く街として発展している4つめの「一定の利用がある路線」の沿線地域では、「街のシンボルとしての駅や鉄道を守りたい」という想いも強く持たれています。こうした路線は、駅がその地域の経済発展とともに拡張してきた経緯から、再開発によって駅前のロータリーなどもきちんと整備されているのが特徴です。その一方で、公共施設や商業施設がロードサイドに移転し、鉄道の利便性が徐々に下がっているケースが多く見られます。地域の拠点となる駅周辺に学校や病院を集約するというように、鉄道を存続させつつ、鉄道を中心とした街づくりを進めていくことが考えられます。

こうした地域ごとの「想い」と、持続可能性の双方を考慮して、どのような対応策が考えられるのかを議論することが重要です。

持続可能な「利用される交通」を模索していくために

鉄道各社はこれまで赤字路線の維持を続け、地域とも協力しながら利用振興に努めてきました。しかし、移動手段としてローカル線が地域の移動需要に応えられている場面は限定的です。一方で、維持困難な赤字路線をどのように変革させていくのか、という議論自体も活発には進んできませんでした。それには3つの原因があります。

1つめは地域住民の不安感です。どれだけすぐれた新サービスも、実際に使う地域住民が支持するものでなければ意味がありません。ただ、これから作るサービスの良し悪しを評価するのは想像以上に難しいものです。そこで、国などが中立的な立場で議論をサポートし、行政と交通事業者を結びつけていく必要があります。もちろん、その過程では地域住民の移動の実情やニーズを分析するとともに、実証実験などで新サービスの良さを体感してもらうことも重要でしょう。

2つめは、議論が鉄道の存廃に限定されてきたことです。公共交通は地域の生活と密接に関わっており、本来は公共交通の議論に個別交通に閉じず、「地域の将来像」を描いた上で必要な公共交通を議論する必要があります。鉄道の存廃から議論を出発させるのではなく、人口減少社会における10年後・20年後の地域の生活をどう守るのかという視点から議論していくべきです。

3つめは、議論の主導者が不在であるということです。これまでの議論では、廃線によって赤字額を縮小したい鉄道会社と、鉄道会社に路線を維持してもらいたい行政側で利害対立が発生し、議論が平行線を辿ることが多くありました。今後は、鉄道会社が前向きな「地域の将来像」を提示した上で、行政も鉄道の存廃に限らない視点で議論に参画するという歩み寄りが必要ではないでしょうか。

こうした課題を踏まえて議論を前進させるためには、最終利用者である地域住民が何をしていきたいのか、何を変えていきたいのかという声をきちんとくみ取っていく必要があります。そして、地域住民の意向を尊重しつつ、事業性等の定量的な分析も踏まえて議論を進めていけるような仕組みが必要です。そのためにも地域内外のリソースを活用して、社会全体の課題として取り組むべきだと考えています。

交通の利便性向上によって、われわれの生活はより豊かになりました。その中で移動手段としてのローカル線は、以前ほど大きな役割を担っていないというのが現実でしょう。しかし一方で、鉄道はこれまでずっと地域が守り続けてきた原風景であり、地域住民にとって利便性のみで評価できるものでもありません。

少子高齢化の時代、単に利用者が少ない鉄道を古いまま残すのは現実的ではありません。地域の原風景を守りながらも、自動運転バスなどの新しい技術や考え方も導入し、その時代の人々の価値観やライフスタイルに合わせた「持続可能な地域公共交通」に発展していく必要があります。住民生活や地域全体の未来に向けた議論がより活発に行われるよう、NRIは支援していきたいと考えています。

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株式会社野村総合研究所
コーポレートコミュニケーション部
E-mail: kouhou@nri.co.jp

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