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木内登英の経済の潮流――「資産所得倍増計画」推進の3本柱

金融ITイノベーション事業本部  エグゼクティブ・エコノミスト  木内 登英

#木内 登英

#時事解説

2022/09/09

日本の個人金融資産約2,000兆円のうち、現預金の割合は約54%と5割を超えています。他方で、株式、投資信託の割合は約19%と、米国の約55%、英国の約42%と比べてかなり低い状況です(数値は2021年末)。政府は、個人の金融資産を「貯蓄から投資へ」とシフトさせることを通じて、投資から得られる所得、いわゆる資産所得を大幅に増加させる、「資産所得倍増計画」を掲げています。年末にその具体策が策定される予定です。政府が目指すのは、個人の投資資金を活用して企業が成長して、その恩恵を個人が投資収益として獲得する、さらにそれが消費拡大を通じて企業の成長を後押しする、といった好循環の実現です。

NISAの抜本的拡充(第1の柱)

政府の「貯蓄から投資へ」の方針、「資産所得倍増計画」を推進する観点から、8月31日に金融庁が公表した「2023年度税制改正要望」では、税制面から個人の投資拡大を促すことを狙って、NISA(少額投資非課税制度)の抜本的拡充が提案されています。
現在、NISAは3種類あります。上場株式などに年間120万円を上限に5年間投資できる「一般NISA」、金融庁による基準を満たした株式投資信託に年間40万円を上限に20年間投資できる「つみたてNISA」、未成年者が対象の「ジュニアNISA」です。ジュニアNISAは2023年で終了し、また一般NISAは2024年から新制度に移行する予定となっています。
2022年3月末時点で、一般NISA、つみたてNISAの口座数はおよそ1,700万口座、買い付け額は約27.1兆円まで増加しています。ただし「貯蓄から投資へ」の流れを促すためには、NISAのさらなる普及が必要で、そのために金融庁は、一般投資家の声も踏まえて、「簡素で分かりやすく、使い勝手の良い制度」にNISAを変えていく、という方針を示しています。
そして金融庁は、具体的な税制改正要望として、NISAの恒久化、非課税保有期間の無期限化、年間投資可能額の拡大、などを掲げています。

金融教育を国家戦略に(第2の柱)

個人の投資を促すためには、NISAの拡充など、投資がしやすい環境を整えるだけでは十分ではないでしょう。それと同時に、個人が金融に対する十分な金融リテラシー(理解力)を身に着けることが必要です。それによって個人が、自らのニーズやライフプランに合った適切な金融商品・サービスを選び取り、また分散投資等によって安定的な資産形成を実現することが可能となるのです。
金融リテラシーが不足し、自分に合った投資の選択ができない状態のままで投資を拡大させていくと、予想外の投資損失によって生活基盤が損なわれ、深刻な社会問題へと発展する可能性も出てくるでしょう。
金融リテラシーの向上には、幅広い世代を対象に「金融教育」を実施する必要があります。ただしこの点で、日本は他国に後れをとってきました。これまで学校や職場で、資産形成を含む金融教育を受ける機会は限定的だったのです。
高等学校の学習指導要領が改訂され、2022 年4月からは、高校の授業での金融教育がようやく必修科目となりました。金融庁は、この新学習指導要領に対応した授業を支援するために、指導教材や授業動画を活用した出張授業、教員向け研修などを実施する予定です。
他方で、大学生以上、とりわけ実際に投資を多く行う社会人向けの金融教育は、民間の金融機関や業界団体による自主的な取り組みに留まってきたのが現状です。金融庁は、こうした民間の取り組みと連携して、中立的立場から資産形成に関する金融教育の機会の提供を推進することを検討しています。 金融庁は9月にも開かれる新しい資本主義実現会議で、金融教育を国家戦略として推進する体制づくりを提言する方針です。

自身に合った投資を選択できる力を身に着ける

政府が「資産所得倍増計画」を掲げ、また「貯蓄から投資へ」の方針を示したことで、「リスクの高い投資に政府がお墨付きを付けた」、との誤った考えが広がってしまうリスクがあります。仮にそうしたもとで投資損失が広がると、政府批判にもつながりかねません。
金融教育を通じて個人がまず第1に理解する必要があるのは、投資には必ず損失のリスクがあり、資金を投資に振り向けたからと言って、必ず個人の資産が増える訳ではない、という単純で明白な事実です。すべての金融資産の間には価格の裁定が働いており、それぞれ異なるリスクなどを考慮すれば、リスクに見合った期待収益率は基本的には揃うことになります。金融リテラシーを身に着けたからと言って、同じリスクでより高い収益を生む投資対象を見つけることができる訳ではありません。
金融リテラシーを身に着けることで、自身に見合った投資のスタイルをしっかりと自ら認識することが重要です。投資の目的は何か、想定する投資期間はどの程度か、リスクと収益の組み合わせについての自身の選好はどうか、などを客観的に捉え直したうえで投資対象を選択すれば、より効率的な投資が可能となります。

金融機関教育を通じて顧客本位の業務運営を強化(第3の柱)

「資産所得倍増計画」の推進には、金融機関が顧客の利益拡大を最優先し、適切な勧誘、助言、情報提供などを行うこと、それを通じて、個人が自らのニーズやライフプランに合った適切な投資を実施することを助けることも求められます。そのもとで、安定的な資産形成が実現されていけば、金融機関の中長期的な収益拡大にもつながるのです。
そこで金融庁は、個人の金融教育の強化だけでなく、いわば「金融機関教育」も併せて推進し、金融商品の販売勧誘ルールなどを再点検する考えです。これが3本目の柱となる「顧客本位の業務運営」の強化です。
金融庁は、一部の地域金融機関においては、金融商品販売のあり方に課題が残っている、としています。例えば、地域金融機関がグループ証券会社との間で顧客の紹介販売をした場合、銀行側は紹介後の顧客の取引内容を十分に把握しておらず、そのもとで証券会社においてテーマ型ファンドや仕組債を中心とした課題のある金融商品の販売が行われている例が見受けられるといいます。
ハイリスク・ハイリターン(収益)型で、デリバティブ(金融派生商品)の一つである、仕組債については、損失確定時に投資家から苦情などが多く出る傾向があります。「短期間で収益を上げるため、顧客に対して中長期の資産形成とは相いれない回転売買を促すような行動をとる誘因が販売会社側に働きやすい」という商品性が仕組債にあることも、金融庁は問題点として指摘しています。
また、個人の長期の資産形成を促す観点から、従業員の業績評価でストック(残高)収益や預り資産残高の増加を重視することを標榜しているにも関わらず、実際には残高項目の評価ウェイトが相対的に低く、取組方針や経営戦略で掲げるビジネスモデルと整合的ではないような例も散見される、と金融庁は指摘しています。
このように、個人の安定的な資産形成には欠かせない金融機関の顧客本位の業務運営には、まだ課題が多く残されています。

成長戦略と一体での推進を

個人の資産所得を増加させ、また安定的な資産形成を実現するためには、「貯蓄から投資へ」と個人金融資産の構成を変えることが有効となります。そのためには、金融庁が示す3本柱(NISAの抜本的拡充、金融教育の普及、顧客本位の業務運営強化)を、一体的に強く進めていくことが求められます。ただしそれだけで、「貯蓄から投資へ」、「資産所得倍増計画」を簡単に実現できる訳ではないでしょう。
この低金利環境下でもなお個人が金融資産の過半を極めて低い利息の銀行預金に置き続けていることは、金融リテラシーの欠如を反映している、と簡単に結論づけるべきではありません。これは、むしろ個人が合理的に判断した結果とも言えるのではないでしょうか。日本経済の低迷が長く続き、企業の成長力が低い中、株式投資から得られる収益への期待も決して高くないはずです。その下で、相対的にリスクが高い株式投資に個人が慎重になるのも、自然なことと言えるでしょう。個人が株式投資を拡大させるには、日本経済と企業の成長力が高まり、株式投資の期待収益率が高まることが必要となるのではないでしょうか。
この点から、「貯蓄から投資へ」、「資産所得倍増計画」は、金融庁が主導する3つの柱に加えて、人への投資、DX(デジタルトランスフォーメーション)戦略、気候変動リスク対応のGX(グリーントランスフォーメーション)など、政府が掲げる幅広い成長戦略と一体で推進していくことが強く求められるのです。
そうした政策の下、企業と個人の成長期待がともに高まれば、投資と投資収益が相乗的に増加していく好循環が、企業と個人の間で始めることになるでしょう。

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プロフィール

木内登英

エグゼクティブ・エコノミスト

木内 登英

経歴

1987年 野村総合研究所に入社
経済研究部・日本経済調査室に配属され、以降、エコノミストとして職歴を重ねる。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の政策委員会審議委員に就任。5年の任期の後、2017年より現職。
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株式会社野村総合研究所
コーポレートコミュニケーション部
E-mail: kouhou@nri.co.jp

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