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木内登英の経済の潮流――「為替介入で円安の流れを止められるか」

金融ITイノベーション事業本部  エグゼクティブ・エコノミスト  木内 登英

#木内 登英

#時事解説

2022/10/14

9月22日に、政府はドル売り円買いの為替介入に踏み切りました。円買い介入の実施は1998年6月以来、24年ぶりのことになります。今回は日本の単独介入で、欧米の中央銀行は為替介入に加わっていません。また介入規模は2.8兆円と、ドル売り円買いの為替介入としては過去最大になりました。

為替介入後も円安の流れは続く

為替介入の当日には、日本銀行が定例の金融政策決定会合で金融政策の維持を決めていました。さらに、その後の記者会見で日本銀行総裁は、金利引き上げなどの政策修正の可能性を改めて強く否定したことから、前日の1ドル143円台から146円台目前まで一気に円安が進んでいました。このタイミングを捉えて、政府は為替介入に踏み切ったのです。
為替介入の直後には、一時1ドル140円台まで大幅に円高が進みました。しかし、海外の中央銀行が介入を実施していないことが明らかになるにつれ、為替介入の効果への期待が薄らぎ、円安方向への巻き戻しが生じました。同日の海外市場では、1ドル143円まで円は押し戻されました。それから3週間近く経った10月12日には、1ドル146円台と為替介入時の水準を超えて、さらに円安が進んでいます。
為替介入はこの先も断続的に実施されることが見込まれます。しかし、為替介入の効果は初回が最大で、その後は次第に低下していくのが通例です。
ところで、先進国が為替介入を実施する際には、他国、特に米国の事前承認が必要とされます。市場メカニズムを阻害する為替介入は基本的には好ましくなく、「為替市場が投機的な動きから過度に変動する局面で例外的に行われるもの」、というのが先進国での為替介入の位置付けです。
鈴木俊一財務大臣は10月11日の記者会見で、「米国当局は日本の為替介入に一定程度理解していると思う」と語っています。この曖昧な表現は、米国が日本の為替介入をしぶしぶ受け入れたものの、積極的には支持していないことの表れのように思います。そのため、この先、米国が日本の為替介入を支持することを明言し、為替介入の効果を高めてくれる可能性は低いでしょう。また、為替介入の実施は為替市場が大きく変動する局面に限る、などといった条件を日本に求めた可能性も考えられます。

円買い単独介入の効果は限定的で時間稼ぎ

各国との協調策ではなく日本の単独介入、さらに円売りではなく円買いの介入は、過去の経験に照らしても効果は限られやすい、と言えます。円売り介入では、政府はほぼ制限なく介入資金の円を調達できますが、外貨を売る円買い介入の場合には、政府が保有する外貨準備の額が介入資金の上限となってしまうのです。今年8月末で外貨準備の残高は1兆2,920億ドルです。介入資金に限界がある分、介入の効果について市場で足元を見られやすい面があります。
また上限があることから、円売り介入と比べて円買い介入の1回あたりの規模も小さめになりやすい、と考えられます。1997年から1998年にかけ、国内の銀行不安を背景に円売りが進み、政府がドル売り円買い介入を実施した際には、1日の最大規模を記録したのは1998年4月10日の2.6兆円でした。しかしそれ以外の日の介入額は、いずれも1日1兆円に満たなかったのです。
BIS(国際決済銀行)の調査によると、2019年4月時点で日本の外国為替市場の1営業日あたりの平均取引高は3,755億ドルです。仮に1日の介入額が1兆円の場合、それは日本の為替市場での1日の平均取引額の2%未満にすぎないことになります。また、外貨準備の残高は、日本の為替市場の1日の取引額の3.4日分にすぎないのです。こうした点を踏まえると、単独の円買い介入で円安の流れを食い止めることはかなり難しい、というのが実情です。
円安の流れが止まるきっかけは、FRB(米連邦準備制度理事会)の利上げ姿勢に変化が生じることでしょう。大幅利上げを続ける中、景気減速の兆候から早ければ年末から来年年初にも、FRBは利上げペースを明確に縮小させるとの観測が広まる可能性があります。そうなれば、米国の長期金利の上昇傾向は止まり、円安傾向も一巡することが予想されます。
政府の為替介入は、そこまでのいわば時間稼ぎと位置付けられるでしょう。ただしそれまでの間は、為替介入が繰り返されたとしても円安の流れは続き、円は1ドル150円台に乗せる可能性があると思います。

国際金融のトリレンマで多くの国は金融政策の独立性を犠牲に

国際金融のトリレンマというよく知られた理論があります。「資本移動の自由」「為替の安定」「金融政策の独立性」の3つを同時に実現することはできない、というものです。現在は、各国ともに物価高に苦しんでおり、物価高を助長しかねない自国通貨安を回避する、「為替の安定」を強く望んでいます。その際には、「資本移動の自由」か「金融政策の独立性」のどちらかを諦めなくてはならないのです。
FRBが3回連続で0.75%という大幅な利上げを実施しましたが、それに後れを取って自国通貨安が進まないように、ECB(欧州中央銀行)なども0.75%の大幅利上げを実施しています。これは、国際金融のトリレンマで言えば、「金融政策の独立性」を犠牲にして、「為替の安定」を選択している行動と言えます。
各国で経済情勢は異なっており、例えば米国よりもユーロ圏経済の方が弱い状況ですが、ECBは国内経済を犠牲にしても、FRBの大幅利上げに追随することで、為替の安定確保を優先しているのです。
このようにして各国が、「為替の安定」を最優先するために大幅利上げを競う状況となっていることは、いずれ世界経済に大きな打撃となる可能性が考えられます。

日本は介入で為替の安定確保を狙う

こうした流れに加わっていないのが日本です。日本は主要国中で唯一、マイナス金利政策を維持しています。日本銀行は、この政策が、国内経済、物価情勢に沿ったものだと説明しています。仮にそうであれば、日本では「金融政策の独立性」は失われていないことになります。そうした中で、政府が「為替の安定」を確保しようとすれば、国際金融のトリレンマのうち、「資本移動の自由」を捨てるほかなくなるのです。
実際のところ、先進国である日本が、自由な資本移動を制限し、厳しい資本規制を導入することは考えられません。ただし資本規制ではありませんが、為替介入は、市場の自由な取引に当局が直接影響を与えるものであり、自由な資本移動を一定程度制限する措置に近いと言えるでしょう。
それでも為替介入は資本規制ほどには強い政策でないことから、為替を安定化させる効果も限られます。為替介入の効果を多少なりとも高めるためには、その実施と同時に、為替安定に一定程度配慮した金融政策を行うことが必要となるでしょう。国際金融のトリレンマのうち「金融政策の独立性」を一定程度制限するのです。しかし、そうしたポリシーミックス(政策の組み合わせ)の実施が可能となるのは、来年4月に日本銀行の新総裁が就任して以降のことでしょう。
政府には、FRBの利上げ姿勢に変化が生じるまで為替介入で時間を稼ぐ以外、当面のところ手段はなさそうです。

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プロフィール

木内登英

エグゼクティブ・エコノミスト

木内 登英

経歴

1987年 野村総合研究所に入社
経済研究部・日本経済調査室に配属され、以降、エコノミストとして職歴を重ねる。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の政策委員会審議委員に就任。5年の任期の後、2017年より現職。
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株式会社野村総合研究所
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E-mail: kouhou@nri.co.jp

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