2022/11/02
野村総合研究所(NRI)は、日中両国が直面する金融経済の課題と政策対応のあり方について、専門家同士が知見を共有する場である「日中金融円卓会合」を2012年度から開催してきました。
10年目を迎えた2022年度の年次会合(第13回)では、日中双方の政策当局、研究機関、金融機関などの幹部を中心に約120名が参加し、新型コロナウイルス感染拡大の長期化やロシアのウクライナ侵攻によって急速に変化する国際環境をめぐって、活発な議論が行われました。第13回会合について報告書をまとめた金融デジタルビジネスリサーチ部の井上 哲也に、同会合の内容や中国経済の状況について聞きました。
急変する世界情勢と日中経済のゆくえ
現在世界経済は、コロナ禍やウクライナ問題によって分断化されつつあります。こうした分断に日中両国がどう対応し、グローバルな課題解決にどう貢献しうるのか。不動産価格の問題が深刻化する中、中国の金融機能が長期的な経済成長の減速にどう対応するのか。こうした問題意識から、会合では2022年度のテーマを「日中経済情勢と世界経済のガバナンス」「経済成長モデルの転換と金融の安定」の2つとしました。
1つめのテーマである「日中経済情勢と世界経済のガバナンス」では、中国側が中国社会科学院学部委員の余永定氏、中国人民銀行研究司長の王信氏の2名、日本側は前金融庁長官の氷見野良三氏、前日本銀行理事の門間一夫氏の2名によるリードコメントの後、参加者による活発な議論がなされました。
中国経済の動向について見ると、2022年第2四半期実質GDP成長率は前期比で大きくマイナス、前年比でもかすかにプラスという状況です。世界的な好景気だった2017年から2018年に前期1.6%、年率で6%以上の成長を記録して以降、コロナ禍の落ち込みからも急速な回復を見せて2020年後半から2021年前半は堅調に推移しましたが、2021年の後半からはその勢いが停滞し始め、徐々に成長が鈍化してきている印象です。
一方でPMI(購買担当者景気指数)を見ると、製造業・非製造業問わず受注に回復の兆しが見られ、いわゆるゼロコロナ政策の影響が減衰し、経済活動の再開の効果が表れつつあることがわかります。また2022年前半にも、設備投資の緩やかな減速が続いていた一方で、経済対策の効果もあってインフラ投資は比較的早いペースで拡大しました。減速感が顕著だった製造業の投資も、足元で下げ止まりはじめている印象です。
金融システムに関しては、不良債権の金額は微妙に増えつづけているものの、貸し出し全体が伸びているので、不良債権比率は横ばいです。とはいえ商業銀行の不良債権比率が漸増している点は問題であり、しかもそれが適切に処理されていないのではないかという指摘が日本の専門家から上がりました。
物価について見ると、CPI(消費者物価指数)の上昇率は緩やかに加速しているものの、欧米のような高インフレではありません。一方でPPI(生産者物価指数)の上昇率、特に石炭などの鉱物資源の価格は極めて高くなっています。このことから、中国も日本と同様、輸入インフレ状態にあると言えるでしょう。
このような中で、中国は財政面では地方政府の財源確保のために債券発行を前倒ししたり、金融面では銀行融資の返済猶予や零細企業への貸出奨励を行ったりするといった経済対策を行っています。
王信氏は、中国の経済安定化策の特徴を整理しました。中国にとってリーマン・ショック後の大規模な経済刺激策は、大きなトラウマでもあります。つまり、10年分のインフラ投資を3年という短期間で行った結果、過剰設備やデフレ圧力を生んでしまったという反省です。そのため今回は大規模なマクロの景気刺激を避け、農業や中小零細企業支援、インフラのグリーン化などに焦点を絞った政策を実施しています。
会合で特に論点となったのは、内需を支えているインフラ投資を肯定的に見るか、それとも過剰な債務や設備につながるとして否定的に見るかという点でした。一方で、消費の拡大という点で、自動車取得税の減免は非常に意味があります。併せて進められている新エネルギー車の購入支援も、中国のグリーン産業やデジタル産業の競争力強化に貢献しており、経済政策にとどまらずある種の産業政策の様相を帯びている面があります。
日本側講師のうち、氷見野氏はコロナ禍やウクライナ問題の影響により世界経済あるいは金融の分断が進むことへの懸念を示し、その状況を中長期的なグローバルトレンドの視野に立って整理しました。一方、門間氏は足元の日本経済の状況に触れながら、中長期的な日本経済の課題として、高齢化対策や為替相場の問題に触れ、円安を前提とした政策対応や企業行動が必要ではないかと発言しました。
中国の金融機能が抱える課題と「新たな成長」への展望
2つめのテーマである「経済成長モデルの転換と金融の安定」の講師は、中国側が前証券監督委員会主席の肖鋼氏、安信証券主席エコノミストの高善文氏、日本側は元日本銀行理事の木下信行氏、東京大学教授の福田慎一氏の計4名に務めていただきました。
現在の中国では、最優遇貸出金利や預金準備率の引き下げ、再貸出制度の拡充などの金融緩和が展開されています。そこでは、特定の業態の金融機関に向けて預金準備率を下げるとか、金融機関が特定の分野向けの貸し出し金利を引き下げるように誘導するといったミクロ的な運営が特徴です。先に述べたように、金融面の対応でもいわゆる「バラマキ政策」を避け、コロナやウクライナ問題で特に打撃を受けた産業や中小零細企業の支援に焦点を絞り、またエネルギーの低炭素化をはじめとする気候変動対策にウエイトを置いて長期的に意味のある投資を目指していることと整合的になっています。
一方で、中国の外貨準備残高は2000年代から増加を続け2010年代の前半にピークを打った後、2016年と2017年のチャイナ・ショック時に資本流出対策や人民元の下落対策で減少しましたが、2017年から2021年にかけては緩やかに増加しました。輸入額や対外債務との対比で見ると2010年代以降は低下を続けていますが、民間の対外純資産が大きく増加している点にも注目すべきです。つまり、中国の対外的なバッファにおける民間分のウエイトが高まっただけであり、外貨準備のウエイトが下がってきていること自体は、特段大きな問題ではないとも言えるわけです。
こうした状況を踏まえて、1つ目のテーマの講師である余氏などが着目したのは、米国の対外不均衡でした。米国が対外不均衡を維持できる要因は、対外債務の収益率がGDP成長率より低いこと、そして対外資産の収益率が対外債務の収益率より高いことの2点ですが、どちらも経済情勢や海外投資家の姿勢に左右される要素です。これらを踏まえて、中国では民間投資の拡充を通じて対外資産の収益率向上を目指す観点から外貨準備の規模は抑制する必要がある点を指摘しました。
また、米中摩擦が深刻化する下で、中国側の参加者からは外貨準備が凍結されるリスクに対する懸念も示唆されました。西側諸国がロシアに発動したような金融制裁のリスクを、中国も意識せざるを得なくなっているわけです。この点に関しては、国内の産業政策の推進や競争力の強化を行うことで経常収支を安定させれば、結果的に外貨準備も適切な水準になるとの考えも示されました。
さらに、米国が対外債務の実質負担を軽減するため意図的にインフレを加速させるリスクも指摘されました。その場合、米国債を多く保有している中国は大きな損失を被ることになるからです。肖氏はこうしたリスクへの対応策として、中国企業による国内投資収益の向上が必要と指摘しました。
議論のもう一つの焦点は中国の内需振興のあり方でした。なかでも消費を活性化し、投資への過度な依存から脱することは、中国経済の大きな課題です。しかし、消費の急速な拡大は輸入の増加を通じて経常収支を悪化させる恐れもあるとの指摘もありました。
高氏は、より長期的な視点から中国経済の構造転換の特徴を整理しました。ここ10年間、人民元の実質実効レートと世界経済における製造業の輸出シェアは並行して上昇しており、その意味で中国産業の国際競争力は向上していると指摘しました。こうしたシェア拡大の大半が機械設備や自動車、電気機械、コンピュータや通信機械といった特定の産業によるものですが、適切な設備投資に裏付けされた成長であることを評価しました。また、モバイルインターネットや新エネルギー自動車の急速な普及に代表されるように、イノベーションが欧米諸国に対するキャッチアップの機会を提供した業種での競争力向上が顕著であった点にも着目しました。
こうした議論を踏まえて、今後の会合では国際情勢の大きな変化に日本経済がどう対応していくかという問題意識の下で、日中両国が連携しうる高齢化対応や低炭素経済の実現、サプライチェーンの強靱化・透明化、国際通貨体制や国際金融システムの再構築、デジタル通貨も含めた国際競争などのテーマを中心に、成長戦略や経済安全保障を意識した活動を予定しています。
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