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NRI トップ NRI JOURNAL 木内登英の経済の潮流――「FTX破綻と暗号資産(仮想通貨)ブームの終焉」

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木内登英の経済の潮流――「FTX破綻と暗号資産(仮想通貨)ブームの終焉」

金融ITイノベーション事業本部  エグゼクティブ・エコノミスト  木内 登英

#木内 登英

#時事解説

2022/12/09

暗号資産(仮想通貨)取引所大手のFTXトレーディングは、2022年11月11日に、米連邦破産法11条(チャプター11)の適用を申請しました。暗号資産業界で最大規模の経営破綻になったと見込まれます。また、FTXの創業者でCEO(最高経営責任者)だったサム・バンクマン・フリード氏は辞職しました。これは、今春のステーブルコイン「USテラ」の暴落と並んで、暗号資産ブームの終焉を象徴する事件になったと思います。

錬金術的な経営手法が行き詰まる

FTXが連邦破産法11条の適用を申請したことに伴い、ジョン・J ・レイ氏が新たにCEOに就任しました。2001年に破綻した米エネルギー会社エンロンの処理を統括するなど、経験豊かな企業再建の専門家です。
同氏が11月17日に裁判所に提出した資料では、「FTXでは資金流用や不適切な会計処理が横行しており、完全な企業統治不全に陥っていた」と報告されています。またレイ氏は、「私のキャリアにおいて、これほどまでの企業統治の完全な失敗、信頼できる財務情報の欠如を見たことはない」と言い切っています。
レイ氏によれば、FTXの経営は「経験の浅い、極めて少数」の人々に委ねられており、FTXグループの多くの企業では、取締役会を一度も開いたことがなかったといいます。また確認された財務報告書のほとんどは監査を受けていなかったようです。さらに、顧客から預かった暗号資産を許可なく融資に回し、また、会社の資金を社員やアドバイザーらが住宅購入などに私的に流用していた、など不正疑惑も次々に露呈されました。
FTX破綻の背景には、暗号資産の取引業務にとどまらず、同社が発行した裏付け資産のないFTXトークン(FTT)を支払いや借り入れ担保などに利用しながら、暗号資産関連企業の買収などビジネスを拡大してきた、いわば錬金術的な経営手法を急展開させ、最終的に行き詰まったという側面もあります。
財務についての情報開示が十分になされず、またビジネスを外部から監視するガバナンスが機能していなかったため、そうした実態が外部から認識されないままに、リスクが膨らんでしまったとみられます。
さらに、FTXからの資金の不正流出も起こりました。連邦破産法11条の適用申請後に、インターネットを通じた不正な引き出しが行われ、顧客の暗号資産が奪われたとみられます。FTXが顧客の口座(ウォレット)をインターネットから切り離さずに、ハッキングのリスクがあるホットウォレット上でずさんに管理していたことも明らかになったのです。
このようにFTXは、情報開示の欠如、ガバナンスの欠如、顧客資産の分別管理の欠如、顧客資産の流用、顧客資産のホットウォレットでの不適切管理など、過去に生じた暗号資産取引所の破綻や「USテラ」暴落などの事件で露呈された暗号資産業界の様々な問題の多くを踏襲していた感があります。業界の浄化作用は働かなかったのです。

「暗号資産は商品」という考えに基づく比較的緩い規制導入の流れは頓挫か

FTXの経営破綻をきっかけに、暗号資産に対する規制強化の議論が一気に高まっています。今春に米バイデン大統領は、暗号資産に関する包括的な規制を視野に、各政府機関に対して、暗号資産・ブロックチェーンに関する問題点を洗い出すように命じました。これを受けて、暗号資産に関する規制強化の動きが高まったのです。
米国内で長らく議論されてきたのは、「暗号資産は商品か(有価)証券か」という点です。そのどちらに分類されるかで、規制の姿が大きく変わってくるのです。商品よりも証券とされ、証券関連法が適用される場合には、概してより厳しい規制となります。ゲンスラーSEC(証券取引委員会)委員長は、証券取引法による規制を長らく主張してきました。そこには、暗号資産を巡る規制当局間の縄張り争いの様相もあるのです。
FTXの経営破綻が起こるまでは、連邦議会では「暗号資産は商品」という考えの下で、比較的緩い規制導入の議論が進んでいました。上院農業委員会でまとめた、超党派での暗号資産関連法案がそれです。その背景には、暗号資産業界によるロビイスト活動の影響が大きかったとみられます。「暗号資産は(有価)証券」との考えの下、証券関連法が適用されれば、厳しい規制によって暗号資産業界の収益は大きく損なわれる恐れがあります。そこで、先手を打って比較的緩い暗号資産の規制の導入を、暗号資産業界は促したのです。一定程度の規制の導入は、暗号資産業界の信頼性を高めることを通じてより多くの顧客を呼び込むことができることで、むしろ利益の拡大に繋がる、という読みもあったのでしょう。
そうしたロビイスト活動を行った中心人物だったのが、FTXの創業者のバンクマンフリード氏でした。
バンクマンフリード氏は、自らが作り出した、暗号資産業界にとって都合の良い規制導入の流れを、FTXの経営破綻によって自ら打ち砕いてしまった感があります。証券関連法が適用されるなど、より厳しい規制が導入される方向へと一気に流れは変わってしまったと考えられます。

FTXの経営危機でビットコインはブーム前の水準まで下落

FTXの経営破綻は、同社だけの問題にとどまらず、暗号資産全体を大きく揺るがすきっかけとなりました。FTXの経営破綻が暗号資産業界の信頼性を大きく損ねてしまったことに加えて、この先、暗号資産全体に対して規制が一気に強化されていき、収益期待が大幅に下がるとの見方が、投資家の間に広がったためです。
代表的な暗号資産であるビットコインの価格は、FTX破綻直前の11月7日から11月9日まで、僅か2日の間に約25%も下落しました。その後も下落傾向は続き、足元では1万7,000ドル前後と、2年前の2020年11月頃の水準にあります。この時期は、暗号資産ブームが始まるまさに直前であり、その水準までビットコインの価格が下落したということは、暗号資産ブームの終焉を象徴的に示していると言えそうです。
2020年年末頃に暗号資産ブームが始まるきっかけとなったのは、その年の初めに本格化した新型コロナウイルス問題です。感染リスクを避けるために、個人は巣籠り傾向を強め、空いた時間で株式投資を活発化させました。また彼らは、株式と同時に暗号資産への投資も積極化するようになっていったのです。
さらに、2020年3月には、新型コロナウイルス問題で悪化した経済や金融市場環境を安定化させるために、FRB(米連邦準備制度理事会)が政策金利を一気に0%程度まで引き下げる、大幅な金融緩和を行いました。この結果生じた超低金利環境が、暗号資産市場には強い追い風となったのです。
超低金利環境の下では、通常の金融資産に投資した場合の期待収益率は大きく低下し、またボラティリティ(価格変動率)も低下するため、なかなか大きな収益機会は得られなくなります。そこで、リスクを覚悟のうえで、ボラティリティが高い暗号資産投資を拡大させる投資家が増えていったのです。
こうした2つの経路を通じて、新型コロナウイルス問題が暗号資産ブームを生み出したと言えるでしょう。ところが、新型コロナウイルス問題が緩和されていくと、個人の巣籠り傾向は次第に弱まっていきました。さらに、今年3月にFRBが物価高対応のために利上げ(政策金利の引き上げ)を始め、政策金利は足元で4%程度まで急速に引き上げられています。この結果、米国の1年物短期国債は、足元で5%近い水準まで上昇しました。
FTXは、顧客が預け入れた暗号資産に年率8%程度の高い利息を保証していました。しかし、もはや短期国債など安全な金融資産で年間5%近い収益が確実に得られる金利環境となったのです。そのため、暗号資産からの金融資産へと資金の移動が起き始めました。

金融市場の混乱の前触れか

このような金融環境の大きな変化のもと、今年5月の「USテラ」の暴落や今回のFTXの破綻をきっかけとした暗号資産市場の信頼性低下と規制強化の懸念から、暗号資産ブームは一気に終焉を迎えることとなったと考えられます。
ただし、金利上昇で打撃を受けるのは、暗号資産だけではありません。低金利下で資金を集め、価格が上昇していたハイイールド債や証券化商品など高リスク資産にも大きな逆風となるはずです。現状では、暗号資産市場ほどの混乱は見られていないが、今後、金利急騰の影響によって米国経済が悪化し、企業の信用リスクが高まれば、金利上昇と相まって、こうした高リスク資産も大きな価格調整に見舞われる可能性があるでしょう。
そうした高リスク資産を多く保有しているのは、ヘッジファンド、投資信託、ETF(上場型投信)などのファンドです。高リスク資産の価格が下落を始めれば、ファンドの顧客は資金を引き揚げ始め、それに応えるために、ファンドは手持ちの多くの金融資産を投げ売りせざるを得なくなります。それは、金融市場全体の大きな混乱に繋がりやすいのです。
こうした点から、今回のFTXの破綻でより決定的となった暗号資産ブームの終焉は、この先引き起こされる可能性がある、金融市場全体の混乱の前触れとなったのではないでしょうか。

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プロフィール

木内登英

エグゼクティブ・エコノミスト

木内 登英

経歴

1987年 野村総合研究所に入社
経済研究部・日本経済調査室に配属され、以降、エコノミストとして職歴を重ねる。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の政策委員会審議委員に就任。5年の任期の後、2017年より現職。
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