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NRI トップ NRI JOURNAL 木内登英の経済の潮流――「2023年は金融政策転換の年に」

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木内登英の経済の潮流――「2023年は金融政策転換の年に」

金融ITイノベーション事業本部  エグゼクティブ・エコノミスト  木内 登英

#木内 登英

#時事解説

2023/01/13

日本銀行は昨年12月に、10年国債利回りの変動許容幅を従来の±0.25%から±0.5%へと拡大する、YCC(イールドカーブ・コントロール)の柔軟化措置を、突如決めました。急速な円安などの問題を生んできた硬直的な金融政策を修正するこの措置を歓迎したいと思います。ただし金融市場はこれを「実質的な利上げ」と受け止め、日本銀行が政策修正をこの先一気に進めていくとの観測を強めたことで、金融市場の動揺が引き起こされました。

突然の政策修正の背景は何か?

日本銀行は、2016年9月に10年国債利回りを目標とするYCCを導入して以降、利回りの変動幅の拡大を段階的に進めてきました。今回もそうした措置の延長線上にある、と言えます。また、10年国債利回りの目標値である「0%程度」は変更していないことから、今回の措置が正式な利上げ(政策金利の引き上げ)でないことは明らかです。
しかし、金融市場がこれを「実質利上げ」と受け止めたのは当然のことでしょう。それまで日本銀行は、「変動幅拡大を通じた長期国債利回りの上昇容認は利上げに等しく、それは景気に悪影響を与えることから実施しない」、と明言していたからです。ところが強く否定していたはずの措置を突然実施し、さらに、「それは金融市場の機能改善を狙ったもので利上げではなく、経済にも悪影響を与えない」と説明したため、多くの人はそれに納得していないと思われます。
政策修正を実施する際に、日本銀行はその本当の狙いを明らかにしないことが少なくありません。硬直的な金融政策運営が円安を加速させ物価を押し上げたとして、昨年春以降、日本銀行は企業や国民から強い批判を受け、政府との関係も悪化したとみられます。
この点から、今回の措置には彼らとの関係修復を図る、という狙いがあるのではないかと思われます。加えて、今年4月に就任する次期総裁の下で実施が予想される、より明確な政策の柔軟化、正常化策を先取りし、新体制への移行を円滑にする、という狙いもあったように思われるのです。
ただし、黒田総裁自身は今回の政策修正には必ずしも前向きではなく、事務方からの強い説得で、直前になってようやく受け入れた可能性も考えられると思います。任期中は2%の物価安定を目指して緩和姿勢を一歩も後退させない、という信念を貫き通したい黒田総裁にとっても、今回の措置の下で金融緩和継続の方針は維持され、面目は保たれた 形です。黒田総裁は「名」を取ったと言えるかもしれません。
一方で事務方は、次期総裁による新体制の下でも引き続き政策運営に携わるため、悪化した政府や国民との関係を改善しておきたいと考え、政策の柔軟化を進めて関係修復の足掛かりを掴んだ、という点で「実」を得たと言えるのではないでしょうか。

2%の物価目標の達成は極めて困難

誰が次期総裁に就任しても、新体制の下では日本銀行の事務方が主導する形で、金融政策の柔軟化、正常化が進められていくのではないかと考えられます。その際、正常化の障害になるのは、達成が極めて難しい2%の物価目標です。
10年続いた異例の金融緩和策を明確に転換する際には、第1に、2%の物価目標達成が視野に入ったことを受けて実施するケースと、第2に、2%の物価目標達成は視野に入らないが、2%の物価目標の位置づけを長期目標などに修正し、金融政策運営と物価目標を切り離した後に実施するケース、との2つが考えられます。実際には、第1の可能性は極めて小さく、第2の形で正常化策が開始されるでしょう。
昨年12月の消費者物価(除く生鮮食品)は、前年同月比で+4.0%程度にまで達したとみられます。しかしこれは、海外での食料・エネルギー価格の高騰に、円安の影響が加わって生じたものであり、それらの影響を除けば+1%台半ば程度と推定されます。2%の物価上昇率を安定的に達成することは、依然として困難な状況と考えられます。今年の年末には、消費者物価(除く生鮮食品)は、前年同月比で1%台半ばまで低下することが予想されます。
また昨年、物価上昇率が大幅に上昇したことの影響によって、今年の賃上げ率は上振れると考えられます。定期昇給分を含まない基本給の上昇率(ベア)は、昨年の0%台半ばを上回り、1%強程度に達するのではないかと考えられます。日本銀行が2%の物価目標達成と整合的な賃金上昇率とする、3%の基本給の上昇率には程遠い状況です。
さらに、今年は海外経済が厳しさを増し、また円高が進む中、景気が一気に悪化する可能性が考えられます。そうなれば、企業の賃上げ姿勢は総じて慎重化し、来年の基本給の上昇率は再び0%台に下がるでしょう。 このように、2%を超える物価上昇は一時的なものであり、また今年の賃金上昇率の上振れもまた1年限りで終わる可能性が高いとみられます。両者が相乗的に上昇率を高めていき、安定的に2%の物価上昇率が達成できる見込みはかなり低い、と言えるでしょう。

政府と日本銀行の共同声明は修正されるか

マイナス金利解除など 日本銀行が正常化策を進めるには、まずは2%の物価目標の位置づけを長期目標などのより現実的な目標へと修正し、金融政策運営と物価目標とを切り離す必要があるでしょう。マイナス金利解除などの具体的な政策変更が「ハード」の政策修正であるとすれば、2%の物価目標の位置づけの変更は「ソフト」の政策(方針)修正と言えるでしょう。
2%の物価目標の位置づけの変更は、4月の総裁交代直後にも、物価目標を巡る政府と日本銀行の取り決めを記した、2013年の「政府と日本銀行の共同声明」の修正を通じて行われる可能性があるでしょう。政府はそれを政府主導で実施したいと考えている可能性があります。
しかし政府が主導する形での共同声明の修正は、「政策変更を行う際には事前に政府の承認が必要になる」、との前例を作ってしまうことから、日本銀行は単独で2%の物価目標の位置づけの変更を行いたいのではないかと思われます。
そもそも、共同声明で語られていたのは、日本銀行が金融政策のみで2%の物価目標の達成を目指すというものではなかったと考えられます。政府、企業など幅広い経済主体が経済の成長力を高める取り組みをし、それがいずれ奏功し、物価上昇率のトレンドが大きく高まることが前提でした。
その点から、これは事実上中長期の目標と言えるものであり、共同声明を敢えて修正しなくても、日本銀行は共同声明における2%の物価目標の本来の意味を説明することだけで、金融政策運営と物価目標とを切り離し、正常化策を本格的に進めることができるようになると考えられるのです。

マイナス金利解除など本格的な正常化は2024年半ば以降に先送りか

こうした「ソフト」の政策(方針)修正は、新体制の下で今年中にも実施される可能性が十分にあると考えられます。しかし、世界的な景気悪化、物価上昇率の低下、円高進行、米国での金融緩和観測の浮上などが年前半に生じることが見込まれ、その場合、マイナス金利解除など「ハード」の政策修正、正常化策の実施は、2024年半ば以降に先送りされると考えられます。
一方、政策修正観測から長期国債利回りの上昇圧力が収まらず、日本銀行が利回り抑制のために大量の長期国債の買い入れを続けざるを得ない場合には、YCCの10年国債利回りの変動幅を±0.75%へとさらに拡大し、もう一段の長期国債利回りの上昇を容認する事態に、日本銀行が年内にも追い込まれる可能性があるでしょう。 ただしYCC自体には、将来、マイナス金利を解除する際に、長期国債利回りが大幅に上昇するリスクを防ぐ枠組み、といった新たな役割が期待されるため、その枠組みは当面維持され、マイナス金利解除後に撤廃されることが予想されます。

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プロフィール

木内登英

エグゼクティブ・エコノミスト

木内 登英

経歴

1987年 野村総合研究所に入社
経済研究部・日本経済調査室に配属され、以降、エコノミストとして職歴を重ねる。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の政策委員会審議委員に就任。5年の任期の後、2017年より現職。
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株式会社野村総合研究所
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