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クラウドの潮流――進化するクラウド・サービスと変化する企業の意識

ロング・ベット(長期的な賭け)

代表取締役会長 兼 社長 此本 臣吾

#AI

#イノベーション

2023/03/20

2022年10月17日に毎年恒例の「NRI未来創発フォーラム2022」を開催し、『5000日後の世界』(日本語訳PHP研究所発行、2021年)を著した『WIRED』創刊編集長のケヴィン・ケリー氏を外部講演者として招聘した(ここでは親しみを込めて「ケヴィン」と呼ばせてもらう)。
ケヴィンによれば、インターネットが産声を上げてから5000日後にソーシャルメディア(SNS)やスマートフォンが登場し、現在はそれから5000日が経過したところであるから、そろそろ主役交代のタイミングが来るはずだという。SNSやスマホに代わる新しい主役候補としてケヴィンが想定するのはXR(クロス・リアリティ)、つまり現実と仮想が融合する未来である。彼はそれをミラーワールド(物理的な世界がデジタル化されたもの)と呼ぶ。現実社会では実現できないことでもミラーワールドなら体感でき、スマートグラスを介して現実と仮想とを自由に行き来できるようになるというのだ。

XRが広がる世界

XRではAIによってあらゆる物理的な対象に意味づけがされる。たとえば目の前の景色が100年前はどうだったかと問いかければ、スマートグラスを通してその当時の景色が再現され、あたかもタイムスリップしたかのような体験が可能となる。街角のお店、あるいは公園の木々や花々にすべて意味づけがなされていれば、街歩きや散歩の楽しさが増すであろう。
またビジネスシーン、とりわけ働き方についても大きな変化が生まれるであろう。たとえば、国境を越えて人々が自由にアクセスできるプラットフォームが構築されれば、AIによって言語の壁もなくなり、議論に必要なファクトの収集もAIが自動で行ってくれる。野村総合研究所(NRI)は「必要なときすぐに好きなデバイスから共創のためのコラボレーション空間にアクセスでき、世界中の優秀な人材が企業の枠を越えて自由につながっていく」という未来のデジタルワークプレイスについて研究しているが、2030年頃にはこのような共創空間がさまざまなビジネスシーンに出現していると思う。
コロナ禍で図らずもテレワークが浸透したが、今のコミュニケーションツールはパソコン画面を通した二次元上の味気ない会話にとどまっている。話者が自然に切り替わって話題が交差することもないし、リアルのオフィスのような偶然の出会いもない。これではコミュニケーションは深まらないし、イノベーションも生まれない。XR技術を駆使した新たな共創プラットフォームが登場すれば、地理的な制約を超えて世界のさまざまな人が集うリアル空間以上のコラボレーション空間が実現されるだろう。

未来の世代に向けたイノベーションのあり方

ところで、このような空間を実現するには当然ながらイノベーションが必要となる。SNS時代は、GAFAのような不特定多数の人やモノをマッチングさせる巨大なプラットフォーマーが市場を寡占化し、巨額の資金を投じてイノベーションを先導してきた。この種のプラットフォーマーのビジネスモデルは収穫逓増、いわゆる勝者総取りである。一方、ミラーワールドの世界は、旅行なら旅行、オフィス環境ならオフィス環境に特化して、その領域でのより深い体験価値を提供するプレイヤーが支持を集める形になるであろう。つまり、初めは小さいかもしれないが、「その池の大きな魚になる」発想での取り組みが必要であろう。
ケヴィンはその著書の中で、企業の規模が大きくなればなるほどイノベーションを起こせなくなると述べている。イノベーションのためには、失敗する可能性が高く、利益の少ない小さな市場への参入という、最適化とは反対の行動が必要で、このような発想は大企業が採る経営戦略とはそもそも相容れないというわけだ。イノベーションは辺境から生まれる。そういう意味では、イノベーションの次なる主役もスタートアップ、あるいは大企業であれば非主流の組織の人たちが担い手となるのであろう。大企業の経営者は会社全体を見回して、どこかで「最適化とは正反対の挑戦」を続けている人たちがいる環境を作り、その人たちを守り、励ますことが必要であろう。
ケヴィンは今回のフォーラムでの講演を「フロンティアに専門家はおらず、遅すぎるということはない」という言葉で締めくくった。AIにしてもXRやミラーワールドにしても、次なるイノベーションの主役はまだ萌芽段階である。少し知っているだけで専門家になれるし、そもそも巨大な市場寡占者がいるわけでもない。今なら十分に参入は可能であり、あとは着手するかしないかの問題というわけだ。
彼は「ロング・ベット」という言葉を使う。未来の世代は今のわれわれよりもずっと賢く、われわれにはない問題解決ツールを持っている。今は解決が無理でも、取り組みを開始さえしておけば未来の世代が必ずそれを解決してくれる。つまり今できるかできないかではなく、課題を明確にして着手するだけでも十分な意義がある。将来の世代に賭けようという意味だ。極論すれば、自社がこれからどのイノベーション領域に賭けるかという意思決定をしておくだけでもいいということである。「未来を信じて、さあ動き出そう」。ケヴィンから今の日本へのメッセージである。

知的資産創造1月号 MESSAGE

NRIオピニオン 知的資産創造

特集:「NRI未来創発フォーラム2022」より

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E-mail: kouhou@nri.co.jp

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