2023/05/12
日本政府観光局によると、今年3月の外国人観光客数(訪日外客数)は181万7,500人、コロナ前の2019年3月と比べて-34.2%となりました。昨年10月に水際対策が緩和されて以降、わずか半年の間にコロナ前の約66%の水準まで急回復したのです。さらに注目されるのは、2019年には外国人観光客数の約3割を占め、国別で最大だった中国からの入国者数が規制の影響から依然として低位にとどまる中で、ここまで入国者数が急速に戻ったことです。
外国人観光客数は今夏にもコロナ前の水準に
中国からの入国規制についても、既に緩和が進んでいます。中国本土からの直行便による全入国者に求めていた、出国前72時間以内の陰性証明の提示が、4月には不要となりました。5月には、接種証明の提示も不要となりました。中国からの入国者についてもこの先急速に増えることが予想されます。
筆者は水際対策緩和前の昨年9月時点で、外国人観光客数の試算を行いましたが、その際には、コロナ前の2019年同月の水準を上回る時期は2024年10月でした。つまり回復までに2年程度かかる、と推計していたのです。今回、今年3月分までの実績値と、中国からの入国規制緩和の影響を織り込む形で、再推計を行った結果、外国人観光客数がコロナ前の2019年同月の水準を上回る時期は、2023年8月へと大幅に前倒しとなったのです(図表1)。
さらに、この外国人観光客数の予測値と2023年1-3月期の外国人観光客一人当たりの消費額に基づいて推計した2023年のインバウンド需要は、5兆9,458億円となりました。これは、2023年の(名目及び実質)GDPを1.07%押し上げる計算となります。観光関連業界や小売業界には強い追い風となるはずです。
外国人観光について政府目標は前倒しで達成へ
政府は2023年3月31日に、観光立国の実現を目指す「観光立国推進基本計画(第4次)」を閣議決定しました。
その中で、外国人観光については、1)訪日外国人旅行者数のコロナ前の2019年水準超え、2)訪日外国人一人当たり消費額20万円、3)インバウンド需要5兆円、を2025年に達成を目指す目標として掲げました。しかしこれらの目標は、2025年を待つことなく今年中にも達成される可能性が高まっています。
観光庁が発表した2023年1-3月期訪日外国人消費動向調査によると、外国人観光客一人当たり旅行支出は、平均で21.2万円となりました。コロナ前の2019年の支出は15.9万円でした。政府が2025年の目標とした一人当たり消費額20万円は、既に達成された可能性もあるでしょう。
円安による日本での旅行の割安感が、その背景にあると考えられます。それに加えて、日本での旅行の魅力が高まり、宿泊費などを中心に日本での支出を増やす傾向、いわゆる「贅沢志向」が外国人観光客の間で強まっている可能性も考えられます。政府が目指す「高付加価値化」は、予想よりも早く達成されつつあります。
また、外国人旅行者数のコロナ前の2019年水準超え、という目標についても、既に見たように、今年8月には達成されることが予想されます。さらに、2023年のインバウンド需要は5.9兆円と予想され、5兆円という政府目標も今年中に達成される見込みです。
このように、政府が観光立国推進基本計画で示した外国人観光客、インバウンド需要に関わる目標は、いずれもかなり前倒しで今年中にも達成される見通しとなっています。
日本の外国人観光客数は世界12位
コロナ前の2019年の日本の外国人観光客数は、3,188.2万人でした。これは第1位のフランスと比べると3分の1程度の水準で、世界で第12位です(図表2)。アジア地域で見れば、世界第4位の中国、第8位のタイに次ぐ3番目です。経済規模では日本は世界第3位ですが、外国人観光客数では第12位と後れをとっており、現状ではなお観光立国としての地位には達していません。
しかし、観光地としての日本の潜在力はかなり高いものと考えられます。ダボス会議としても知られる世界経済フォーラム(WEF)が2022年5月に公表した「2021年旅行・観光発展指数レポート」では、2007年の調査開始以来、初めて日本が世界ランキングで1位を獲得しました。この指数は、「観光魅力度ランキング」としても紹介されるものです。
具体的には、交通インフラの利便性、自然や文化など観光資源の豊かさ、治安の良さ、などが高く評価された結果、日本のランキングは世界第1位となりました。
外国人観光客数フランス並みでGDP13.0兆円、タイ並みでGDP2.5兆円増加
そこで、近い将来の達成は難しいとしても、10年先などの将来の目標として、日本を訪れる外国人観光客数が世界1位のフランスと肩を並ぶことができるケースを想定してみましょう。
その場合の日本のインバウンド需要の増加は、総額18.95兆円となります。2023年のインバウンド需要は5.9兆円と推定されるため、そこからの増加分は13.01兆円、名目GDPの2.34%に相当します。2024年以降、10年かけてフランスの外国人観光客数に追いつくと仮定すれば、毎年の(名目及び実質)GDP成長率は0.23%ずつ押し上げられる計算となります(図表3)。
他方、フランスの外国人観光客数に追いつくのは簡単ではないことから、アジア地域では中国に次ぐ第2位のタイに日本が追いつくケースについても考えてみましょう。その際、2024年以降の日本のインバウンド需要は、追加で2.51兆円増加します。これを3年で達成すると仮定すれば、毎年のGDP成長率は0.15%ずつ押し上げられることになります。いずれのケースでも、かなりの景気浮揚効果が期待できる計算です。
供給制約の緩和が喫緊の課題に
このように、インバウンド需要の拡大には、長らく低迷している日本経済を活性化させる大きなポテンシャルがあり、成長戦略の柱の一つに位置づけられるべきでしょう。
ただし、海外からの外国人観光客が増加する、いわゆる需要側のポテンシャルはかなり大きいとしても、それを受け入れる供給側に制約が生じてしまい、それによってインバウンド需要が期待されたほど大きな経済効果を発揮できない恐れもあります。
現在のペースで外国人観光客数が増加すれば、早晩、宿泊先不足などの問題が深刻化するでしょう。また、国内観光業全体の人手不足も深刻になりかねません。こうした点から、供給面での制約の緩和、解消に迅速に取り組むことが業界、あるいは政府には求められます。以下の3つの取り組みが特に重要です。
第1は、高付加価値化です。外国人観光客の一人当たりの消費額を増加させれば、供給面での制約から客数の増加ペースが鈍っても、日本のGDPを押し上げる効果を高めることができます。この点については、既に見たようにその傾向は見られています。それを定着させるように、魅力あるサービスを外国人観光客に提供するなど、前向きな取り組みを事業者が行うことが求められます。
第2は、大都市部と比べて宿泊先の余裕が相対的に大きいと見られる地方部に外国人観光客を誘導することです。外国人観光客の旅行先は日本の大都市部に集中する傾向が以前から指摘されてきましたが、地方にある観光資源を紹介し、また地方の観光関連の環境整備を進めることが重要です。SNSによる情報拡散、インフルエンサーの活用、外国語サービスの拡充、なども選択肢となるでしょう。
外国人観光客を地方に誘導できれば、地方経済の活性化にも繋がります。またその結果、日本の企業や個人が大都市部から地方に移動し、地方に埋もれるインフラ、人材をより活用するようになれば、日本経済全体の生産性向上にも繋がるはずです。
観光関連の設備投資拡大を促すことが重要
インバウンド需要の高付加価値化という「深堀り」と、外国人観光客の地方誘致という「地理的拡大」の双方を軸に、インバウンド需要の持続的な拡大に繋げていくことが重要です。この2つについては、「観光立国推進基本計画(第4次)」の中で政府も重視している点です。
第3は、事業者に設備投資を促すことです。ホテル建設が進めば、宿泊のキャパシティが増え、また日本経済の潜在力の向上にも繋がります。そのためには、海外からの観光客の増加とインバウンド需要の増加が一時的なブームに終わらずに将来にわたって続くとの期待を、事業者の間に高めることが重要となるでしょう。
それを実現するには、さまざまな国・地域から外国人観光客を幅広く呼びこむことが必要なのではないでしょうか。コロナ前のように外国人観光客が特定の国に偏っていては、2国間関係が悪化するような際に、海外からの観光客とインバウンド需要が一気に冷え込んでしまうとの懸念を拭えないからです。いわゆるリスク分散が必要なのです。そのためには、政府、地方自治体、事業者らによる海外での幅広い広報活動なども欠かせないでしょう。
足元で予想外のペースで外国人観光客が増加していることから、今夏にも客数はコロナ前の2019年の水準を上回ることが見込まれます。その時点で、供給制約の問題はより深刻化してくるでしょう。観光地が外国人で混み合うことや、外国人観光客によって国内での宿泊先の予約が入らないなど、日本人の間での不満が高まってくる可能性も考えられるところです。いわゆるオーバーツーリズムの問題です。
そうなる前に、上記のようなポストコロナの新たなインバウンド戦略の実行に、しっかりと道筋をつけておき、インバウンド需要の拡大を日本経済再生の原動力にすることが重要です。
木内登英の近著
世界金融の覇権を狙う中国
プロフィール
エグゼクティブ・エコノミスト
木内 登英
経歴
- 1987年 野村総合研究所に入社
経済研究部・日本経済調査室に配属され、以降、エコノミストとして職歴を重ねる。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の政策委員会審議委員に就任。5年の任期の後、2017年より現職。
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