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デジタル時代に「神は細部に宿る」か

専務執行役員 林 滋樹

#AI

#DX

#情報・通信

2023/05/25

国境の分断を、空路が変更された国際線フライトの長き時間に実感する。サイバー空間では一瞬の距離も、現実のフィジカル空間では偏西風に強く影響される。サンフランシスコの西側、太平洋に面した海岸に、かの咸臨丸は「流れ着いた」。海岸には記念碑がたたずんでいる。風がなければ偉大なる航海も成功しなかったろう。時折、海洋国家である日本が見せる挑戦は、なぜか北米の人の心をとらえるように思う。
さて、メタバースが再び仮想空間でのビジネスに関する議論を巻き起こしている。現時点での評価はさておき、広義のサイバー空間が現実のフィジカル空間の発展に絶大な貢献をもたらすことは間違いない。
残念ながら仮想空間上の話題は、区画の権利や空間での商品販売など、ビジネス上のエグジットを最初から求めすぎている。サイバーとフィジカルを分離して議論すべきではない。

デジタル時代がもたらす価値の定義

日本という国の経済や文化は、デジタルによって発展する可能性があるだろうか。経済的な意味において最も国富を増大するのは、デジタルによる価値の定義と流動化だといえる。価値の機能は通貨、株、債券といった従来型金融機能に限定されてきたが、日本の多様な価値は評価されずに埋もれている。
首都圏のマンションが海外の個人からの投資を呼んでいるが、価値交換の市場が成立していることと、一度でも実際に日本を「経験」した海外の富裕層であれば、相対的な日本の不動産の価値に目を奪われるに違いない。不動産は市場が存在するため投資をいざなうが、デジタルによって多様な不動産や、企業の資産についても価値が定義し、市場を生成すれば投資が開始される。重要なのは、デジタルによって投資対象に対する「経験」を獲得することではないか。
デジタルによる価値の再構築には細部にわたる評価データの蓄積が重要であり、それが安価に可能であることが基礎となっている。従来、データの入力には専門性や特殊な端末が必要であったが、今ではあらゆる人の手元にある端末で個人が入力を行い、それをAIが専門的なデータとして変換して、評価データとして活用が可能になる。おそらく最大の問題であった日本語という言語のハードルも早晩解決され、この国にある無限の「価値」が評価されるのではないか。

広がる日本文化の価値

最近、日本の価値の可能性とデジタルとの関係に思いを馳せる機会が京都であった。三十三間堂の千一体の千手観音、風神雷神と二十八部衆、菩薩像には、いつも圧倒されるが、今回は本堂の端に一体一体に関するデジタルアーカイブが設置されていることに驚愕した。二十八部衆がグローバルな神々であることも含め、すべての仏像のデータが公開されているのだ。これが世界に公開されれば、この堂の価値たるやいかなるものであろうか。
また、ノンファンジブルトークン(NFT)の在り方について、インバウンドで人気の伏見稲荷で考えた。伏見稲荷の頂上を目指し千本鳥居をくぐり歩き、ふと振り返ると、個々の鳥居に寄進された年月日が記載されているのが見えた。しかし歳月とともに朽ちるのだろう、平成の初期の鳥居はほとんどない。個人の寄進は一定の時間とともに忘れ去られることを前提としている。NFTはデジタルによる価値の保存と、おそらくは値上がりを期待するものであるが、前提となる資産の基盤が安定していない。伏見稲荷の鳥居のように、実在の文化的価値の一端を、いずれ無価値になることを前提に流通させるところから試みてはどうだろうか。大きな価値を切り取った後に残るのは、個人としての多幸感ではないだろうか。

サイバー空間でいかにフィジカル空間の豊かさを情報として蓄積できるか。もちろんフィジカル空間の豊かさを、個人の集積としての企業や文化が維持し続けるのが前提であるが、本来保有している価値がいまだ評価されていない。
重要なことは、身体的な体験とそれを補強するデジタル情報の保管ではないだろうか。前述の京都の社寺仏閣もそうであるが、自然の力はまた壮大なものがある。ハワイ島のコハラマウンテンからはるか彼方、4000m級の巨大なマウナケアを望むと、その荘厳なる風景、平地から吹き上げる風、圧倒的重力感は、身体にその印象が刻みつけられる。デジタルでは表現できないが、経験は補強され、その価値が保存される。
国境が再び解放され、人の交流が再開されれば、日本のみならず埋もれた価値の評価が世界規模で行われるであろう。デジタルが価値表現を行うことで、文化的経済的な豊かさが増大するはずである。神が細部に宿ることを祈るのみである。

知的資産創造3月号 MESSAGE

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