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NRI トップ NRI JOURNAL 木内登英の経済の潮流――「外国人技能実習制度の見直し:日本経済の潜在力向上も視野に」

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木内登英の経済の潮流――「外国人技能実習制度の見直し:日本経済の潜在力向上も視野に」

金融ITイノベーション事業本部  エグゼクティブ・エコノミスト  木内 登英

#木内 登英

#時事解説

2023/12/08

外国人労働者の受け入れを議論する政府の有識者会議は、2023年11月24日 に最終報告書をまとめました。ここでは、外国人技能実習制度を新制度に改めることが提言されており、原則禁止だった転職を広く認めています。今後は、同報告書の提言に沿って制度の見直しが進められていきます。従来の技能実習制度のもとでは、外国人実習生の人権が十分に尊重されないなど多くの問題があったことから、制度の見直しが必要であることは疑いがないところです。

「転籍」の規制緩和が大きな論点に

同制度の目的についても、従来の「人材育成による国際貢献」、「途上国への技術移転」から、「人材確保と人材育成」へと修正される方向で、それに合わせて名称も「育成就労制度」とする案が検討されています。
報告書策定の最終段階では、3年間の技能実習制度の中で、他の企業に転職する「転籍」を認める条件について議論が紛糾しました。有識者会議事務局が10月に示した案では、希望者には1年を超す就労と、日本語と技能の基礎試験合格を要件に、従来の制度では認められていなかった同業種内での転職を認めることとしていました。
ところが11月中旬に示された案には、特定の就労分野で2年目の待遇改善を条件に、転職制限を「最大2年」に延ばせるという例外規定が経過措置として盛り込まれたのです。
軌道修正の背景には、「早期の転職では、企業が技能習得に投入する投資が十分に生かされない」、「都市部に人材が流出してしまう」との懸念が企業側、そして与党内で高まったことがあります。
これに対して、労働者の権利擁護活動を行う弁護士団体の日本労働弁護団は、別の企業などへの「転籍」を制限してきたことが人権侵害の温床になってきたなどとして、「転籍」について無用な要件を設けないよう求める緊急声明を出しました。

転籍の自由を認めることが実習生の人権擁護、職場環境の改善に繋がる

日本労働弁護団が指摘するように、従来は、転籍の制限が外国人実習生の人権が侵害される温床となってきたという面があることは、否定できないところです。この点から、できる限り制限を緩めることが重要で、それが技能実習制度見直しの中核であるべきでしょう。 技能実習制度は「人材育成による国際貢献」、「途上国への技術移転」を建前としていましたが、実際には安価な労働力を確保する手段に使われていた面が強かったと思われます。そして、低賃金、長時間労働、一部では雇用者への暴力などの人権侵害もあったと言われています。実習生が原則3年間は勤務先を変えられないことが、こうした人権侵害を助長した面があったのではないでしょうか。人権侵害から逃れるために失踪し、不法滞在者となった実習生は、昨年も9,006人に上りました。転籍制限を大幅に緩和することこそが、実習生の人権擁護強化に向けた第一歩でしょう。 転籍するかどうかは、実習生の希望次第ですが、企業での技能の習得、給与、労働時間などでの処遇が十分に満足できるのであれば、実習生はそもそも途中で他企業への転籍を希望しないでしょう。転籍の自由を認めることは、市場原理を通じて実習生の人権擁護、職場環境の改善に繋がるものと考えられます。 制度の見直しを受けて実習生の処遇を高めることは、企業にとっては負担となりますが、企業はこれを、人手不足問題への対応を進める対価と捉えるべきではないでしょうか。 ただし制度の見直しによって増える企業の負担には、一定程度の配慮もまた必要となるでしょう。これまで、3年間の実習が終了した後に、実習生は試験を経ずに、一定の専門性・技能を有する外国人の在留資格である「特定技能1号」に移行し、同じ企業で働き続けることもできました。 しかし新制度のもとでは、技能や日本語の試験に合格することが移行の条件となります。企業が外国人労働力の利用を継続するために、技能や日本語の習得を助けることが求められています。また、実習生本人が支払う来日前の費用についても、企業側に一定程度の負担が求められることが検討されています。制度の見直しが実習生を受け入れる企業にとって過度の負担とならないよう、今後は具体的な制度設計を慎重に進める必要があるでしょう。

地方から都市への人材流出懸念は過大か

ところで、転籍要件の緩和によって、高い賃金に惹かれて地方部から都市部へと人材が流出する、との懸念については、強い根拠はないのではないかとも思われます。最低賃金、そして実際の賃金水準に地域間格差があることは確かです。しかしそれは、生活費の地域間格差と対応している面があり、賃金水準が高いことだけで、人材が地方から都市部に移ることにはならないでしょう。
求職者1人に対して求人数がどの程度あるかを示す月間有効求人倍率 は、2023年10月に全国平均で1.30倍ですが、地域間の格差はそれほど大きくありません。賃金水準が高い東京の有効求人倍率は1.18倍と全国平均と比べてそれほど低いわけではなく、人材確保が非常に容易な環境にあるとは言えません。他方、地域別に見て有効求人倍率が最も低く、人材確保が容易なのは、地方部である北海道の1.11倍なのです。
11月24日に有識者会議が出した最終報告書では、強い批判を浴びた転籍要件の再厳格化は撤回されました。一部分野を除けば、原則1年の就労の後に、一定の条件の下で実習生は転籍が可能となります。

実習生によって選ばれる日本、選ばれる企業となることが重要

1993年に技能実習制度 が創設された30年前と現在とでは、日本の経済環境は大きく変わっています。経済の成長力低下を背景に、日本はその後30年間は名目賃金の水準がほぼ横ばいにとどまりました。さらに過去10年には円安が進行したことで、外国人労働者にとって、日本の賃金水準の魅力は大きく低下してしまったのです。そのため、アジアからの外国人実習生も、韓国など日本以外の国に流れる傾向が強まっています。
そうした中で、日本が外国人実習生を労働力として確保していくためには、技能の習得をしっかりと支える企業側の努力が欠かせないでしょう。
実習生を受け入れる制度は、実習生によって選ばれる日本、選ばれる企業となることを優先に考え、人権、処遇の面で実習生に十分に配慮したものに見直していく必要があります。その際に重要なのは、既に見た転籍の自由など「市場原理」を最大限導入することではないでしょうか。

実習生の転籍の要件や特定技能1号への移行の要件に、一定水準の日本語検定の習得が設定されることが検討されています。しかし、就業をしながらの日本語習得は容易ではなく、それが実習生の過度な負担、さらに企業にとっても過度な負担とならないように配慮する必要があるのではないでしょうか。
実習生、外国人労働者側に日本語習得を通じて日本社会に馴染んでいくよう求めるばかりでなく、行政などが外国語サービスを拡大させることで、外国人を社会に取り込む、共生を図る取り組みもまた重要でしょう。
外国人労働の受け入れ拡大には、外国人との共生が必要であり、言葉の面でのサポートや外国人労働者の子女の教育面での支援も重要です。この点で、国と地方公共団体の果たすべき役割は大きいでしょう。

技能実習制度の見直しに中長期の日本経済の成長力強化の視点も

技能実習制度の見直しを日本経済の成長力を取り戻す手段、つまり、成長戦略の一つとして位置付けていくことも重要なのではないでしょうか。
現在、技能実習制度を見直して、2019年から受け入れが開始された特定技能制度 と一体的に運用できる新制度の導入が検討されています。3年間の実習期間の後、一定水準の技能検定、日本語検定を要件に、5年間の特定技能1号への移行を認めることが検討されています。これは、質の高い外国人労働力をより安定して長期間確保することを目指すものです。
他方、今春には、より高度な技能を取得した特定技能2号の枠の拡大が決定されました。特定技能2号は、在留期間に制限がなく、また母国から家族の呼び寄せも可能となる、事実上、移民受け入れに近い制度とも言えるでしょう。 見直し後の実習制度は、特定技能1号との連携が検討されていますが、さらに特定技能2号にも繋げていくことが重要ではないでしょうか。そうして、質の高い外国人労働力を長期間確保していく入り口の役割を十分に果たすように、実習制度を見直すべきでしょう。

移民受け入れに近い面もある特定技能2号制度の拡大にはなお国民的議論が必要でしょうが、質の高い外国人労働力を長期間確保し、さらに家族の呼び寄せを認めることは、労働供給の長期の拡大や出生率の上昇などに繋がるものであり、日本経済の潜在力を向上させる重要な手段の一つと考えたいと思います。
技能実習制度の見直しでは、まず実習生の人権擁護を最優先に考えるべきですが、そのうえで、それを日本経済の潜在力向上という中長期の視点に基づく成長戦略と一体化して進めていく、との発想もまた重要なのではないでしょうか。

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プロフィール

木内登英

エグゼクティブ・エコノミスト

木内 登英

経歴

1987年 野村総合研究所に入社
経済研究部・日本経済調査室に配属され、以降、エコノミストとして職歴を重ねる。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の政策委員会審議委員に就任。5年の任期の後、2017年より現職。
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