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ネイチャーポジティブ対応は差別化戦略の新機軸

サステナビリティ事業コンサルティング部長 兼 DX事業推進部長 榊原 渉

#カーボンニュートラル

#サステナビリティ

#サーキュラーエコノミー

2024/02/22

2022年末に開かれた国連生物多様性条約第15回締約国会議(CBD-COP15)で「昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)」が採択されて以降、生物多様性の損失を止めて回復軌道に乗せる「ネイチャーポジティブ」を目標とする議論や活動が注目されています。それに向けた企業の対応は、カーボンニュートラルとともに、今後のサステナビリティ経営における2大課題になると、野村総合研究所(NRI)の榊原 渉は指摘します。

ネイチャーポジティブ対応が進まなかった背景

気候変動対策と生物多様性の確保に関する国際的枠組みの議論は、1992年に同時に始まりましたが、生物多様性への対応は遅れてきました。その理由は、気候変動対策よりも問題の構造が複雑で、対応の難易度が高いことにあります。 そもそも我々人間(や企業)の活動は、動植物・空気・水・土地・鉱物といった自然資本から提供される様々なサービスに「依存」している一方、我々の活動が自然資本に対して負の「影響」を与えています。 カーボンニュートラルのテーマ(or課題)では、企業活動によるGHG(温室効果ガス)排出という負の影響に対応すればよいのに対し、生物多様性ひいてはネイチャーポジティブ対応では、依存と影響の両側を正しく捉える必要があるため、難易度が高くなるのです。

また、GHGは気体であるため、概念的には地域を超えて相殺できますが、ネイチャーポジティブの場合、特定地域で植林活動を行っても、別の地域で森林を破壊すれば、適切な対応とはいえません。地域性が問われるため、ネイチャーポジティブの達成に向けて、世界的にサプライチェーン上で利用可能な自然資本の争奪戦が起こり、企業が必要な原材料を調達できなくなるなど、事業継続リスクに発展しかねません。

ネイチャーポジティブ対応は、進捗状況の測定も一筋縄ではいきません。というのは、GHG排出の関連指標だけでなく、水質汚染の状況、動植物の種類や個体数など、多様な測定指標が考えられるからです。加えて、対応に伴って生じるトレードオフに留意する必要もあります。例えば、風力発電の利用は気候変動対策にとってはプラスでも、ネイチャーポジティブの観点では風力発電施設を設置することで、周辺の自然環境が破壊されることがあり得ます。

ネイチャーポジティブ対応は企業経営を見直す好機

ネイチャーポジティブ対応では、複雑性に留意する必要があるため、企業活動における目標設定も一意には定まりません。それゆえに、各社が意志を持って自社の目指す姿を決める必要があります。

その参考になるのが、フランスのファッション・コングロマリットのケリングです。同社は2017年に、主要素材のトレーサビリティ(追跡可能性)、加工率、土地再生などについて野心的な「ムーンショット」目標をトップダウンで設定し、取り組んで来ました。それと同時に、取り組み状況を客観的に評価するツールを独自に開発し、測定結果などを積極的に発信することで、ある種のスタンダードをつくる活動も行っています。 このほか2019年には、政府と共同で生物多様性、海洋保護、気候変動に取り組むファッション・パクトを立ち上げ、業界横断で多様なステークホルダーを巻き込み、アドボカシー(政策提言)活動を展開してきました。

カーボンニュートラル対応で出遅れた日本は、スピード感を持ってネイチャーポジティブ課題に対応しなくてはなりません。併せて、その対応は「企業経営を見直す好機」と捉えることも重要です。投資家・消費者・取引先等々のステークホルダーから共感の得られる自社の「目指す姿」を提示し、その実現に向けた手段や仕組みを他社に先駆けて実践し、ビジネス化していくことが必要です。

日本企業への3つの提言

そのために、日本企業が具体的に取り組むべきことは3つあります。まず、サプライチェーン全体の継続的な改革です。サプライチェーン全体を川上から川下まで可視化して管理し、サーキュラーエコノミー(循環経済)型システムに転換する必要があります。これは自社だけではできないので、業種や業界を超えて取り組まなくてはなりません。

第2に、顧客体験価値の向上と市場創造です。日本は海外に比べて、ネイチャーポジティブに関する消費者意識が高まらないという課題がありますが、日本企業においては、政府とも協力しながら啓蒙活動を行い、感度の高い消費者を巻き込みつつ、自社の商品・サービスにおいてサステナビリティ要素で付加価値を高めて差別化し、新しい市場創出につなげていくことが望まれます。 例えば、スイスのスポーツ用品メーカーのオンは、全製品を化石燃料フリー(不使用)とするだけでなく、循環型ビジネスモデルを打ち出し、サブスクリプション型で6カ月ごとに商品を回収しリサイクルする活動を事業化しました。そこに消費者を巻き込み、顧客体験価値を高めることで業績を飛躍的に伸ばしています。その結果、成熟化するスポーツ用品市場にあっても、同社は急成長を遂げているのです。

第3は、投資家とのエンゲージメント(対話・交流)の高度化です。GBF協定では、官民両セクターで自然保護活動に年間2000億USドル以上を確保することを求めており、これを契機に関連事業への資金流入が今後加速するはずです。企業としては、投資家をはじめとしたステークホルダーに対して、自社の「目指す姿」や活動状況を明確に伝えながら、投資家との対話をさらに高度化していく必要があります。

ネイチャーポジティブ対応は、単に企業が生き残るための守りの戦略ではありません。自社がステークホルダーに選ばれるための、差別化戦略の新機軸にしていくことが大切です。

  • 大きな困難を伴いますが、実現すれば大きなインパクトをもたらす壮大な計画や挑戦を指します。アメリカ航空宇宙局(NASA)による月への有人宇宙飛行計画になぞらえて命名されました。

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株式会社野村総合研究所
コーポレートコミュニケーション部
E-mail: kouhou@nri.co.jp

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