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自治体DXの鍵は「はじめの一歩」――つるおか子育てワンストップ構想の実現に向けて

社会ITコンサルティング部 黒田 颯汰

#DX

2024/02/27

NRIは山形県鶴岡市と包括連携協定を結び、DX(デジタルトランスフォーメーション)を支援してきました。多くの自治体はDXの実践でつまずきがちですが、その背景には複雑な構造的要因があります。鶴岡市役所のデジタル化戦略推進室(以下、「デジタル室」)に所属し、非常勤職員として勤務しているNRIの黒田颯汰に、同市の取組や、課題を乗り越える方法について聞きました。

自治体DX特有の難しさ

鶴岡市におけるデジタル化戦略の推進策として黒田たちデジタル室のメンバーが最初に行ったのが、市民アンケートとデジタル技術利活用調査です。市民の生活の質の向上に関するニーズと庁内の業務効率化に関するニーズを把握し、それらを掛け合わせて、デジタル化施策のテーマ抽出と優先順位付けを行うことを考えました。
それぞれの調査結果を踏まえると、市民からは行政手続きに関して「手続きの対象者やタイミング、どの手続きをどの窓口で行うのか等具体的なフローが分かりづらい」という課題や、「子育てに関する行政サービスを拡充してほしい」という要望が見えてきました。

一方で庁内からは「人員や予算の削減の要請に応えるために、窓口対応や申請受付後の事務作業の効率化を図りたい」という要望が見えてきました。これらをもとに、まず、子育てに関する行政手続き等の窓口をワンストップ化し、妊娠・出産から子どもが成人するまでのそれぞれのシーンに応じた幅広い行政サービスに関する手続きをデジタル化することで、市民が必要な時に、必要な手続きを一つの窓口で実施することができる「つるおか子育てワンストップ構想」を策定しました。

生まれてから成人するまでのシーンに応じた幅広い行政サービスに関する手続きを実装していく同構想。第一弾として取り組んだのが、温海・朝日地域の高等学校等に通う学生を子に持つ保護者向けの交通費補助事業(以下、「本事業」)への電子申請・電子交付の仕組みの導入でした。本事業は鶴岡市独自の取組であり、2地区の高等学校等に通う学生を子に持つ保護者を対象とするため年間申請件数が予想しやすいなど、スモール・スタートに最適です。LINEを活用した電子申請は他の自治体でも既に展開されており、同事業においても、パッケージ化されたツールを使えば、設定作業は2~3日で完了します。ところが、実際にリリースにこぎ着けるまでには、トータルで約1年かかりました。

そこには自治体ならではの難しさがあると、黒田は指摘します。民間企業のDXであれば、経営者や株主の方針に基づいてデジタル化の予算や人員を投入し、うまくいかなければ直ちに中止や方向転換などの判断ができます。一方、多くの自治体は予算や人員面の制約が大きいうえに、事業の継続性が重視されるため、一度始めた取組を簡単にやめられません。また、職員が所属する組織の業務はそれぞれの自治体で定める条例や規則等において事務分掌として明確に定義されており、デジタル化に関する取組を自分ごととして捉えてもらうには意図的に働きかけるほかありません。加えて、縦割りの組織のため、関係する課が多くなれば、その調整にも追われます。さらに、事業の内容をデジタル化して工数や書類を減らそうとしても、それぞれの事業に関する国の根拠法令がある場合には単独の自治体での業務の見直しは難しく、自治体の条例や規則等の見直しが並行して必要となる場合もあります。

導入ハードルを下げる工夫

このような事情により、自治体DXでは誰が新しい取組の旗振り役になるのか、どこから着手するかが決まらず、デジタル化の推進に賛同しても、なかなか前進しない状態に陥りがちです。本事業の担当職員から相談を受けた黒田は打開策として、ワークシートを作成し、業務を整理することから入りました。担当者間の業務の引き継ぎをする要領で、エクセルに一行ずつ業務を書き出し、どの部分がデジタル化によってどのように変わるのかを検討しました。その際には、どんな問題が起こりそうか、その解決には誰とどのような調整する必要があるかを並行して洗い出していきました。

一連の作業の中で、黒田が特に注意を払ったのが、調整事項に抜け漏れがなく、業務の全体像を正しく把握することでした。そのため、「市民から申請書を受け取る」、「決裁システムに登録するボタンを押す」というように、細かい粒度で担当職員に業務手順を書き出してもらいました。その結果、ワークシートの完成によって必要な調整等の作業が明らかになると共に、それぞれの作業の状況や調整結果の証跡を残しながら、それらを1つずつ着実に解消していくことができました。現場での地道な作業に加えて、関係課との調整が滞っている箇所は、デジタル室の室長から関係部署の部長級または課長級の職員に直接働きかけるトップダウン型のアプローチで、スピードアップを図りました。

DX事例が1つできたら、その実績を他の課の事業に広げるための活動も、並行して行いました。デジタル室の室長の働きかけにより、庁内で開かれた研修会で、黒田は講師を担当しました。大がかりな予算や人手をかけずに、同じ仕組みをそのまま転用できること、ワークシートを使って調整先を洗い出す方法などを説明した上で、取組を実践した担当職員にもざっくばらんな感想を語ってもらいました。その結果、「うちの課でもできるかもしれない」と考える職員が徐々に増えていき、現在ではそれぞれの課が自律的にアンケートの実装などを通じてデジタル化を推進しています。

トップダウンとボトムアップを組み合わせる

第一弾の取組を通じて黒田が実感したのは、特に自治体DXではトップダウンとボトムアップのそれぞれの型のアプローチを組み合わせることが重要だということです。トップダウン型のアプローチについては、デジタル化の推進に対する首長のリーダーシップはもちろんのこと、鶴岡市のケースでは、要所要所でのデジタル室の室長のサポートが有効に機能していました。また、市役所の中で個別最適化されている情報システムやサービスの導入に関する取組や予算について、デジタル技術利活用調査や予算要求ヒアリングなどを通じて全体最適を図るということも有効でした。
ボトムアップ型のアプローチに関しては、「はじめの一歩」さえ踏み出すことができれば、誰よりも業務に詳しい担当職員が自ら手を動かしてデジタル化に取り組むことができるため、自治体DXを着実に推進させることができます。常に市民のことを第一に考え、ミスが許されない業務特性上、普段から緻密に積み上げ、確認を怠らない姿勢には学ぶところがあり、自治体職員の強みであると共に、自治体DXの力強い推進力になっていると、黒田は言います。

国や自治体におけるデジタル化の取組は、高齢者から子どもまで対象が広く、市民のデバイスの利用経験等に違いがある中で、「誰一人取り残されないデジタル社会の実現」という難題に取り組む必要があります。しかし、現場と伴走して自治体DXを推進してきた黒田は、難しいことに取り組むからこその面白さがあると実感しています。

「これまで鶴岡市に半常駐する形で対面での打合せを数多く行い、現場職員との信頼関係を構築してきました。コンサルタントとしての価値は、専門家として特定の領域に深い知見を持つということももちろんですが、それに加えて、顧客から何でもフラットに相談したいと思っていただける近しい存在になることで、自分なりに価値を発揮していきたいと思います。」

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E-mail: kouhou@nri.co.jp

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