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改革が進まない「いい国日本」――競争力回復のカギは高い意識を持つ一人ひとりの具体的なアクション

野村総合研究所 未来創発センター 戦略企画室 室長 中島 済

#グローバル

#経営

2024/05/30

「失われた30年間と言われても、日本国内にいれば、極端に貧しくなった実感はありませんでした。しかし、今の国際競争力の低下は、日本企業が世界から学ぶべき対象だった時代を知る世代から見ると、衝撃的です」 少子高齢化の中、生産能力が低下しても危機感が生まれてこない現状に忸怩たる思いを抱いてきた野村総合研究所(NRI)未来創発センターの中島済に、国際競争力の回復に向けて日本が今何をするべきかを聞きました。

現状に安住できる不幸。国際競争力を磨けない

――論文で「日本が変わらない最大の理由はいい国だからだ」と指摘されています。なぜそう思うのでしょうか。

一目で分かるのが図表1(日本のいいところランキング)です。失業率が低く、海外と比べればストリート・チルドレンやホームレスはそれほど多くありません。初等教育のレベルは高く、貧しいため基礎学力を習得できない、国民同士で言葉が通じない、ということも起きません。国民は一定の医療サービスを受けられ、健康に長生きする人が多く、物価は安くて安定しています。日本の競争力が落ちたと言っても、「まだまだ十分にいい国なのでは」と言うのが多くの国民の感覚なのではないでしょうか。

そのことを象徴しているのが、海外留学生の少なさです。アジアの優秀な学生は積極的に海外の大学で学ぼうとしますが、日本では東京大学で十分と言う考え方が根強く、海外大学進学者は一握りにすぎません。世界大学ランキングで東京大学がトップならそれでも構いませんが、実態はアジアトップでもない。こんな日本では愛想を尽かされてもおかしくはないはずですが、日本の最優秀の若者ですら海外に出ていこうとしないのです。

ハーバード・ビジネススクール名誉教授のジョン・P・コッター氏は変革を起こすためには8つのステップがあり、順番どおりに進めよと説いています(図表2)。その最初のステップである危機感、切迫感の醸成が日本の社会に根本的に欠けています。いい国だからこれまでのやり方を抜本的に変えなくてはと言う切迫感が生まれない。これがこの国が変わらない最大の理由だと思います。

優しさだけでは、企業は生き残れない

――最近は株価や賃金の上昇など明るいニュースもあり、状況は好転していませんか。

給料の上昇はいいことですが、先に発表された2024年第一四半期(1~3月)の経済成長率は年率で−2%。日本経済のパイは拡大していないのが実態です。このままだとゼロサムの状況で内部留保分や株主還元分を移転しているだけと言うことになります。株価は将来の利益を織り込んで上昇しますが、今、企業は本当に将来の成長シナリオが描けているのでしょうか。財務省のデータを見ると、企業の設備投資は約30年前の1992年の28兆円に対し2022年は22兆円。一方配当は1992年の2.8兆円に対し2022年は24.7兆円。配当額は12倍にも膨らんでいるのに設備投資額はむしろ減っているのです。株主を厚遇する一方で、人材や設備に投資をしなければ、生産性は上がらず、将来の成長や競争力につながりません。

米国の小説家、レイモンド・チャンドラーの言葉に「強くなければ生きていけない。優しくなければ生きていく資格がない」とあります。最近コンサルティングのテーマでは、コンプライアンス(法令遵守)、SDGs(持続可能な開発目標)や環境対応、働き方改革、ウェルビーイングなど「優しさ」に関する取り組みが増えていますです。これらは生きていく資格として不可欠ですが、まず、強い会社でなければそれもできません。「優しさ」はもちろん否定はしませんが、R&Dや設備投資、新規業界開発、事業の高付加価値化、DX(デジタル・トランスフォーメーション)や生産革新など、企業として当たり前の強くなる活動にもっと力を入れなくてはならないのです。

労働力減少が進む日本では世界中から人材を集めることを、より真剣に議論する必要があります。人手不足を補うために安価な労働力としての外国人をいかに確保するかと言う議論だけでは不十分です。新しい事業、より高付加価値の事業を生み出せるような高度な人材をいかにして惹きつけるかと言う議論を、国を挙げて進めていくことが必要です。米国のIT企業のトップに外国出身者が多いのは有名です。ヨーロッパ、アジアでもシンガポールなどは世界中から優秀な人材を集めてきて、ワールドクラスの会社をつくろうという発想を持っています。人的資本経営の対象を日本人に閉じているのでは世界で勝てないのです。

強い危機感を持つ個々人の具体的なアクションが競争力強化の第一歩

――リーダーや個人に何かできることはありますか。

図表3(マネジメント・経営姿勢指標ランキング)にもありますが、日本のリーダーは実は何年も前から日本社会の、そして日本企業の問題点を正しく認識しています。求められるのは認識している問題点を解決するための具体的なアクションです。デジタルを使って生産性を高め、人材を強化し、変化に対応できる経営を行う。そして、新しい事業創造に挑戦し、積極的に国際展開するなど、必要なことは十二分に分かっています。あとは実践あるのみです。若い方も自分にできる範囲で努力すべきですが、経営層に幻滅して先がないと感じたならば、会社を飛び出すことも今や選択肢の1つです。終身雇用を前提とする人事体系も崩れてきていますし、中途採用にオープンな企業も増えています。リスキリングのプログラムも充実し、以前よりもはるかに転職しやすい環境です。政府の後押しもありスタートアップも急速に拡大しています。優秀な人材を集めようとしている海外の豊かな国で働くことも可能です。

コッター教授は最近、できる部分から変革し伝播させる現実的なアプローチを提唱しています(図表4)。私自身はこれまで論文発表等を通じて危機感の醸成に努めてきましたが、それだけではなかなか社会の変革につながらないと感じています。遠回りには見えますが、今後はコンサルティング活動を通じて、意識の高い顧客企業の方々と一緒に国際競争力向上に資する具体的な取り組みを着実に積み上げていくことに一層注力していくつもりです。具体的な変革事例が業界や社会で注目され、関連した動きや派生したモデルが現れるような流れにつながっていくことを願っています。

プロフィール
中島済(なかじま・わたる) 未来創発センター 戦略企画室室長
投資ファンドを経てNRIに入り、コンサルタントとして新規テーマ開発を担当。コンサルティング事業開発部部長を経て、2017年より現職。未来創発センターからの対外発信を行うとともに、「チェンジ・エージェント」の立場から、社会を変える取り組みを、地方を中心に実践している。

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株式会社野村総合研究所
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E-mail: kouhou@nri.co.jp

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