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NRI トップ NRI JOURNAL 木内登英の経済の潮流――「米中経済のパワーバランスに変化」

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木内登英の経済の潮流――「米中経済のパワーバランスに変化」

金融ITイノベーション事業本部  エグゼクティブ・エコノミスト  木内 登英

#木内 登英

#時事解説

2024/06/14

中国経済の減速傾向が顕著になっています。2023年の実質GDP成長率は、ゼロコロナ政策の 影響から大きく落ち込んだ前年の反動で、+5.2%と政府目標の5%前後を達成しました。しかし2024年には、再び+5%を下回る可能性があります。足元で中国の成長率を押し下げている要因には、ゼロコロナ政策の影響に加えて、2022年頃から深刻化し始めた不動産不況の影響もあります。加えて、10年以上も前から始まっている農村部の余剰労働力の枯渇や、それに伴う賃金の上昇が、昨今の成長率低下の構造的な要因になっているのです。

中国経済の「奇跡の高成長」は過去のものに

中国経済のつまずきは、近年のゼロコロナ政策の影響や不動産不況の影響によるものだけではありません。中国は1970年代末から約30年間に亘って平均10%程度の実質GDPの高成長を続けてきました。いわゆる「奇跡の高成長」です。しかし2010年頃から、成長率のトレンドは下向きに転じていきました。成長率の下振れは、10年以上も前に既に始まっていたのです。
成長率低下の背景にある主な要因の一つは、農村部の余剰労働力の枯渇やそれに伴う賃金の上昇です。それによって、海外企業が中国の沿岸部で投資を拡大させ、安価な労働力を用いて生産を拡大し、輸出主導で高成長をする、「世界の工場」という中国のビジネスモデルが次第に成り立たなくなっていきました。
さらに、2018年以降は米国との貿易摩擦が激化し、米国など先進国市場から中国製品が次第に締め出されていること、そうした中、中国政府は国内経済対策よりも米国に対抗する安全保障政策をより重視していること、なども経済の低迷を助長している面があるでしょう。
IMF(国際通貨基金)の最新見通し(2024年4月)では、2029年の中国の実質GDP成長率は+3.3%と、もはや新興国でなく成熟国並みの水準まで低下することが見込まれています。

変化する米国と中国の経済バランス

こうした中国経済の減速は、世界経済における米国と中国とのバランスの見通しに、大きな修正を迫っています。中国経済の先行きについて悲観的な見通しが強まっているのとは対照的に、世界の中で米国経済の強さがより際立っているのが現状です。
中国の名目GDP(ドル建て)は、2020年代の終わりまでには米国を追い抜き、世界一になるとの見通しが、比較的最近までは広く共有されていました。ところが、昨年来の中国経済の失速を受けて、中国が経済規模で米国を追い抜くとの見通しは、今ではかなり後退してしまったのです。
世界の名目GDP(ドル建て)に占める中国の比率は、2021年に18.3%と米国の24.3%に6.0%ポイントまで接近しました(図表1)。
しかし、その後米中の差は再び開き、IMFの最新の見通しでは、2029年時点でも、世界の名目GDPに占める米国と中国の比率の差は、7.3%ポイント開いたままです。そして米国は、その時点でなお世界経済の4分の1の規模を維持する見通しです。

中国は人口減が成長の逆風に

中国の中長期の成長率見通しを厳しくしているのは、労働供給の減少です。中国は、2016年に一人っ子政策を廃止しましたが、それ以降も想定以上のペースで少子化が進んでおり、2022年にはついに人口は減り始めたのです。
IMFによる向こう5年間の各国・地域の雇用者増加率の見通しを見ると、中国は年平均-0.56%とほかの国・地域と比べてかなり低くなっています(図表2)。これは、人口増加率の低下の影響に加えて、女性の労働参加率(15歳から64歳までの生産年齢人口に占める労働力人口(就業者+失業者)の割合)が低下する見通しであることが影響しています。
世界銀行によると、中国での女性の労働参加率は2019年に60.6%と、世界平均の40%台後半と比べてかなり高かったのです。これは、社会主義国であることが影響しているでしょう。政府は、男女平等を重要なイデオロギーとして重視し、雇用均等などの関連政策を推進してきました。
しかし中国の女性の労働参加率は、この20年間のうちに10%ポイント程度も低下しているのです。国有企業の改革による雇用形態の変化、新卒の学生に対する国による就職先決定の制度の廃止、などの影響によると見られます。中国社会が先進国型に近づいていく過程で、女性の労働参加率も先進国並みに低下してきたのです。
移民や外国人材の受け入れに制限がある中国では、こうした女性の労働参加率低下が、潜在成長力の低下に直結しやすくなっています。

移民の増加が米国の成長を支える

こうした中国とは対照的に、米国では今後も+2%強の潜在成長率が維持される見通しです。そして2022年以降、FRB(米連邦準備制度理事会)が大幅な利上げ(政策金利引き上げ)を進めてきたにも関わらず、米国経済はなお失速を免れ、世界経済の中で一人勝ちの状況を続けています。
利上げが思ったほどに景気抑制効果を発揮していないのは不思議ですが、新型コロナウイルス問題を受けた積極的な財政政策、積極的な金融政策が実施されたことが、その理由の一つと考えられます。巨額の給付金やゼロ金利のもと、経済規模と比べてマネーの供給は急増し、景気を刺激し続けたのです(図表3)。
コロナ対策が一巡してからは、大幅な利上げが進められていく中で、そうしたいわば過剰流動性は、昨年末頃には概ね解消されたと考えられます。

それでも、米国経済はなお堅調を維持しています。その背景には、移民の急増の影響がある、とする議論が盛んになっています(図表4)。新型コロナウイルス問題は、一時的に移民の流入を大幅に減少させましたが、感染リスクの低下と移民に寛容なバイデン政権の発足によって移民の流入が再び高まり、これが現在の米国の経済成長を支えている可能性は高いでしょう。
米国生まれの人の数は減っていますが、移民の流入が続いているため、人口全体は増加を続けています。2023年の外国人人口の増加率は前年比+3.3%に達しましたが、それによって2023年の実質GDP成長率は、直接的に+0.33%押し上げられた計算となります。
FRBも、移民の増加が労働市場の逼迫(ひっぱく)を緩和する役目を果たし、堅調な成長とインフレ率の低下の両立を可能にしていると考えています。
このような米国での実態を見ると、移民など、海外からの人材受け入れを積極化させることが、少子高齢化、人口減少が進む中で、国が高い経済成長を維持できる手段の一つになることが理解できます。この点に、日本への示唆もあるのではないかと思います。
米中経済のパワーバランスの将来展望を足元で大きく修正させている要因の一つは、移民を含む両国間での労働供給見通しの違いでしょう。

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デジタル人民元

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世界金融の覇権を狙う中国

プロフィール

木内登英

エグゼクティブ・エコノミスト

木内 登英

経歴

1987年 野村総合研究所に入社
経済研究部・日本経済調査室に配属され、以降、エコノミストとして職歴を重ねる。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の政策委員会審議委員に就任。5年の任期の後、2017年より現職。
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