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人的資本経営を実現する「内部労働市場の再構築」

NRI 経営コンサルティング部 松岡 佐知、岩田 紗季、吉原 環
早稲田大学商学学術院 教授 久保 克行

#経営

2024/07/02

2020年9月に「人材版伊藤レポート」、2022年8月に「人的資本可視化指針」が公表されてから、日本企業の人的資本経営への取り組みが本格化しました。2023年5月には「三位一体の労働市場改革の指針」が公表され、リスキリングやジョブ型雇用、個人のキャリア主体性にも注目が集まっていますが、量的な人材不足に加えて、質的な人材不足(スキル不足、挑戦意欲の不足など)をどのように解決していくか、は多くの企業にとって悩ましい問題であり続けています。
野村総合研究所(NRI)と早稲田大学は共同研究により「日英の人的資本経営とキャリア主体性に関する大企業調査」(日英の大企業ビジネスパーソン各2,060人対象)を実施し、同調査から、独自の「キャリア主体性」測定指標を定義した上で、日本の大企業社員のスキルとエンゲージメントを高めるための糸口を発見しました。本テーマに詳しい経営コンサルティング部の松岡 佐知、岩田 紗季、吉原 環と、早稲田大学商学学術院の久保 克行教授に、調査結果と日本企業がとるべき人材戦略について聞きました。

自分のキャリアを自分で決められない「日本型雇用システム」

日本企業で働く人材はどのようなキャリアを望み、どのような課題を抱えているのでしょうか。調査結果によると「5年後にどのような仕事/ポジションにつきたいかが明確か」という設問に肯定的な回答をした人の割合(肯定率)は、日本で5割未満であるのに対し、英国では7割を超えました。日本の人材は、自分のキャリアを自分で決められない傾向にあるようです。
「今後獲得したい仕事/ポジションを獲得するための取り組みの実施率」についても、すべての項目で日本が英国を下回りました。英国では9割近くの人材がスキル習得に取り組んでいるのに対して、日本では取り組んでいない割合が5割を超えています。日本では社員個人によるスキルレベルの現状やスキルの習得方法の把握、今後のキャリアを見据えた取り組みが十分に行われていない現状が明らかになりました。

労働政策研究・研修機構(JILPT)のとりまとめた勤続年数に関する統計データによると、勤続10年以上の雇用者割合について、日本は46%と英国の31%より15ポイント高く、日本では同じ企業に長く勤める傾向があります。一方で、今回の調査における「所属企業で今後3年以上働き続けたいか(継続勤務意向)」という設問に対する肯定率は、日本が69%に対し、英国が84%と、反対に英国が日本を15ポイント上回りました。日本の人材が同じ企業に長くいるのは、必ずしも前向きに働き続けたい理由があるからとは限らないようです。
さらに、日本では40代以上でなければ管理職(課長以上)は増えませんが、英国では年齢に関わらず管理職に就いています。特に日本では20代・30代で管理職に就いている割合がそれぞれ1.0%・9.5%であるのに対して、英国では50%近くになっています。日本の年功序列構造があらためて可視化された形です。
また、日本企業では同じ組織内で職種間の賃金差をつけることが少なく、人材個人がスキル向上に取り組んでも賃金増加やキャリアアップにつながりにくく、報われない構造があります。さらに大企業では、キャリアが会社主導で決まりやすい傾向があります。自分でキャリアを決められないから、スキル向上にも積極的になれない、日本の人材からは、そんな「キャリア主体性」の低さがうかがえます。

自分を「〇〇の専門家」と定義する人は意欲が高い

調査結果から、独自の「キャリア主体性」測定指標を定義し、日本の大企業社員のスキルとエンゲージメントを高めるための糸口を発見しました。

「キャリア主体性」測定指標は「キャリアの自己決定性」と「スキル専門性による自己定義」により構成されます。このふたつの要素を軸に対象者を6つに分け、キャリア主体性についてのさらなる分析を行いました。まず、自分でキャリアを決め、自分を「〇〇の専門家だ」と定義している人を『高キャリア主体性』とします。一方で、キャリアを自ら決定してはいないが、自分を「〇〇の専門家だ」と定義している人を『偶発的専門家』としました。
自分を所属企業の一員と定義する「就社」人材は、2種類に分けられます。キャリアを自分で決めている『積極的就社』と、そうではない『消極的就社』です。そして、キャリアを自分で決めているものの、自分をどう定義すればいいかわからない人は『キャリア形成予備軍』、それ以外を『その他』としました。

英国では20代・30代の39%が自分を「〇〇の専門家だ」と定義しているほか、『偶発的専門家』の発生率も日本より多く、ジョブ型雇用システムの影響が見られました。注目したいのは、日英ともに就社人材が半数程度いることです。それにも関わらず、スキル習得時間、企業推奨度(所属している企業に入社したいという人がいたら、推奨するか否か)、挑戦意欲(自分が今後したい仕事/ポジションを獲得するためにリスクがあっても挑戦したいか否か)ともに日本のほうが低くなりました。会社にアイデンティティを感じる就社のあり方は、本来は悪いことではありませんが、日本の人材のスキル習得や企業推奨度、挑戦意欲が低いことは課題です。

一方で継続勤務意向については、日英ともに就社人材において高い水準でした。しかし、スキル習得意欲が低いまま長く勤務している状態は、人材にとっても企業にとっても幸せではありません。企業が求めるスキルや能力を明示し、自ら手をあげて仕事/ポジションを獲得すれば処遇が上がるといったインセンティブ構造をつくる必要があります。現在のスキルの評価・フィードバックを行う、実力主義で人材配置を行うなどの施策を行うことで、就社人材のキャリア主体性向上が期待できます。

人事の役割は「中央集権」から「市場の番人」へ

調査結果からわかったのは、「キャリアの自己決定性」と「スキル専門性による自己定義」が人材のスキル習得意欲やエンゲージメントを高めるということです。日本企業には『高キャリア主体性』の人材を増やすほか、就社人材に、第一に、自己の職務経歴書を作成するなどの取り組みを通じ、専門性による自己定義に向けた意識を高めること、第二に、社内公募などを通じて自ら挑戦する機会を提供すること、挑戦意欲が高く成長を続ける人材には報いる一方で、挑戦意欲が低く、スキル・エンゲージメントの低い人材には逆のインセンティブを設定するなど、キャリア主体性を高める働きかけが必要になるでしょう。そのためには、会社と人材の関係を、安定雇用を約束する代わりに会社の意向に従う人材を取引するという姿勢を改め、成長機会とスキルを互いに提供し合う、互いにとってより良い関係へと変わっていかなければなりません。

以上のような会社と人材の関係性の変化を実現するため、内部労働市場の再構築が求められます。社内にスキルベースで市場原理を導入し、企業は市場機会を提供する。人材はその中で自ら挑戦し、チャンスを獲得して成長していく。こうした関係のもとで、人事部門は、その役割は「中央集権」から「市場の番人」へと変え、市場に委ねる部分とそうでない部分を取捨選択しながら人材を育てていくことが求められます。その結果、内部労働市場において、自分の力でキャリアを築ける人が増え、人材に厚みが出ると考えています。

人材不足が進行し、人材確保が企業にとって経営課題となる一方で、経営環境の変化が大きくなっており、企業は、求められるスキルや活躍の内容について、会社の要請を受動的に待つ人材に、雇用やキャリアパスを提供することが難しくなっています。キャリアや働き方が多様化しており、人材もそれを望んでいません。
スキルとエンゲージメントを介して会社と人材が互いに選び選ばれ合うという、会社と人材の関係の変化は、会社にとっても人材にとっても望ましいことだと考えます。質の高い内部労働市場を再構築することが、スキルやエンゲージメントの高い人材を中長期的に確保し、組織としての成長の可能性を高め、人的資本経営の重要な要素であると考えています。

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株式会社野村総合研究所
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E-mail: kouhou@nri.co.jp

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