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木内登英の経済の潮流――「量的引き締めに動く日本銀行」

金融ITイノベーション事業本部  エグゼクティブ・エコノミスト  木内 登英

#木内 登英

#時事解説

2024/07/12

日本銀行は、2024年7月30日、31日に開かれる金融政策決定会合で、国債買い入れ減額の具体策を発表します。日本銀行が、今年3月のマイナス金利政策解除から4カ月後に国債買い入れ減額に動くのは、当初予想されていたよりも速い動きですが、それは円安によって前倒しされた可能性が考えられます。

追加利上げは最短で9月か

日本銀行は、国債買い入れ減額の実施を6月の会合で決め、7月の会合でその具体策を発表するという、2段階方式をとりました。そのようにしたのは、事前に市場関係者の意見を聞いてから慎重に具体策を決めるため、と植田総裁は説明しています。
しかし、「減額は相応の規模になる」などといった総裁の説明は、市場関係者の意見を聞く前に、既に日本銀行が具体的な枠組みを決めているかのような印象を与えます。
7月に具体策を発表するのには、時間稼ぎの狙いもあるように感じられます。時間稼ぎとは、政策を小出しにすることで、円安けん制の効果をできるだけ長く維持することです。
4月の会合では、総裁の発言が円安を容認していると受け止められ、1ドル160円まで円安が進みました。日銀はこれを失敗と捉え、現在では物価高要因となる円安進行をけん制することに重点を置いた金融政策運営を行っているのではないかと思われます。
政策を小出しにすることで円安をけん制することを狙うのであれば、次回7月の会合では、国債買い入れ減額と同時に追加利上げは行わない可能性が考えられます。また、2つの大きな政策変更を同時に行うことで金融市場を混乱させるリスクがあること、春闘を起点とする賃上げの広がり、賃金の物価への波及をデータで確認するには、7月ではまだやや早いことなどを考えれば、追加利上げは最短で9月の会合と予想したいと思います。

日銀流の量的引き締めを模索か

総裁が、「減額は相応の規模になる」ということをかなり強調している点を踏まえると、3月に決めた月間6兆円程度の国債買い入れ額は、3~4兆円程度にまで減額される可能性が考えられます。
月間6兆円程度の国債買い入れ額は、日本銀行が保有している国債の月間の償還額と概ね一致するため、国債保有残高は今まではほぼ横ばいとなっています(図表1)。国債買い入れ額を月間3~4兆円程度まで減額すれば、国債保有残高は明確に減り始めます。これは、いわゆる量的引き締め策(QT)の始まりです。

FRB(米連邦準備制度理事会)が実施した量的引き締めの前例に照らすと、日本銀行が行おうとしている量的引き締めは、以下の3つの点で異なるものであり予想外です(図表2)。
第1に、国債残高削減額の目標、いわゆる「ストック目標」ではなく、国債買い入れ額の目標、いわゆる「フロー目標」にする、と総裁が明言したことです。国債買い入れ額を減額した上で一定水準に維持しても、償還額は日々変化するため、残高削減のペースは一定ではなくなります。量的引き締めの国債市場への影響は、日本銀行が保有する国債の残高の変化で主に決まると考えられることから、このフロー目標が、果たして適切な目標なのか疑問が残ります。
第2に、FRBは、短期金利を一定程度引き上げた後に保有する債券の残高削減、つまり量的引き締めを開始する、との方針でした。しかし日本銀行は、短期金利が0%程度の水準の下で、早くも量的引き締めを開始します。
第3に、総裁は、「超過準備ゼロが望ましいという前提では考えていない」と述べました。これは、国債買い入れの減額を進めた後も、国債の保有残高を相当程度残すことを意味します。国債の残高を相当程度残し、超過準備を維持するのであれば、量的緩和策はずっと続くことになります。
こうした方針には、長期金利の上昇リスクを減らす狙いがあるのかもしれませんが、金融政策の正常化に舵を切ったにも関わらずなぜ量的緩和策(バランスシート政策)を完全に正常化しないのか、不思議です。日本銀行にはこの点について、詳しく説明して欲しいと思います。

国債買い入れ減額が長期金利に与える影響は大きくない

このような形で、7月にも日本銀行が国債買い入れの減額を始めると、長期金利にはどのような影響は及ぶのでしょうか。不確実性はありますが、長期金利は大きな影響を受けないのではないかと考えます。
2013年に、日本銀行は「量的・質的金融緩和」の枠組みのもとで大量の国債買い入れを始めましたが、それによって長期金利は大きくは下がらなかったのです。その政策を始めた時には、既に長期金利が下がる余地はあまり残されていなかったからと言えるでしょう。
日本銀行は、国債買い入れによって長期金利は1%程度押し下げられたと説明していますが、実際にはもっと小さいと思われます。
日本銀行は銀行から国債を買い入れるのと交換にマネー(日銀当座預金)を供給しましたが、金利の水準が十分に低いと、マネーを供給しても金利が下がらずに経済効果も発揮されない、いわゆる「流動性の罠」の状態に、既に陥っていたと考えられます。
そのため、今度は逆に国債買い入れを減額してマネーの供給を減らしても、長期金利はあまり上がらないと考えられます。
この先、長期金利に影響を与え、それが落ち着く均衡水準を決めるのは、量的引き締めではなく、短期金利がどこまで引き上げられるかではないかと思います。

長短金利の上昇幅は大きくなく経済への影響は限定的

(名目)短期金利が経済に対して中立的となる水準は、「自然利子率」と呼ばれる経済に中立的な「実質短期金利」の水準と、「インフレ率の中長期トレンド」の水準の合計で決まると考えられます。自然利子率の水準を正確に計測するのは難しいですが、日本銀行によれば、複数の推計結果が示しているのは+0.5%程度~-1.0%程度のレンジです。そこで、その水準を小幅なマイナスと想定してみましょう。
そのもとで、物価上昇率の中長期のトレンドが、仮に2%の物価目標と一致するのであれば、短期金利の中立水準、そして引き上げの到着点は2%弱となります。
しかし実際には、足もとの物価の上振れは、海外市況の上昇や円安による一時的な輸入物価上昇の影響によるところが大きいと考えられます。食品(除く酒類)・エネルギーを除く基調的な全国消費者物価の上昇率を見ると、既に明確に低下してきており、最新値の5月には前年同月比+1.7%と、物価目標の2%を下回っています。最終的には1%程度の水準に落ち着くものと予想されます。(図表3)
この場合、短期金利の中立水準、到着点は1%弱となり、10年国債利回りの落ち着きどころは1%強程度と現状から大きくは変わらない計算となります。(図表4)
日本銀行が短期金利の引き上げと国債買い入れの減額を同時に進めていっても、短期金利の引き上げ幅は比較的小さく、長期金利の水準も現在と大きく変わらないのであれば、そうした政策が日本経済に与える影響は大きくはならないと考えます。

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プロフィール

木内登英

エグゼクティブ・エコノミスト

木内 登英

経歴

1987年 野村総合研究所に入社
経済研究部・日本経済調査室に配属され、以降、エコノミストとして職歴を重ねる。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の政策委員会審議委員に就任。5年の任期の後、2017年より現職。
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