2024/07/19
野村総合研究所(NRI)コンサルティング事業本部では、年間1500本を超えるプロジェクトを受注し、その4割以上をDX関連が占めている。さらに、引き合いやプロジェクト化しない相談も多く、国内企業が展開しているDXの趨勢をある程度俯瞰的に把握できる立場にある。その経験を基にDXの難易度を評価すると、乱暴ではあるが「極めて難しい」と言わざるを得ないのが実情である。
DXの難しさ
その理由として、技術や市場が激しく変化する環境下で継続的にデータを蓄積・分析しつつ、試行錯誤を繰り返しながら長期にわたって変革に取り組むというDXプロジェクト固有の特性が挙げられる。環境の激しい変化は前提となる条件を常に変化させる。一度の取り組みで望んだ成果にたどり着くことはまれであり、試行錯誤と変革を繰り返しながら心理的安全性の低い環境下で走り続けることを求められる。
われわれの経験では、DXをD(デジタル技術活用)とX(トランスフォーメーション)という2つの側面から見ると、デジタル技術活用ではなく、組織の意識変革がうまく進むかどうかがその成否に強く影響を与える。DXは単なる技術とデータの利活用ではなく、組織全体の文化とプロセスの変革を伴う複雑かつ連続的な変革であり、それに対応する人の問題としての側面が強い。一般的に、短期で具体的な成果を求められ、失敗に対する許容度が低いといわれる日本企業において、DXを継続的に実施することは極めて難しいのである。
DX推進における不易流行
不易流行とは、松尾芭蕉が俳諧の極意書である『去来抄』に記した言葉で、物事には状況に応じて臨機応変に変えるべきもの(流行)と、決して変えてはならないもの(不易)があり、この2つの要素のバランスがことの良しあしを決めると説いている。
各企業において取り組まれているDXでは、「不易」は品質へのこだわり、顧客第一主義、社員の尊重など、企業の有する価値観やビジョンに相当する。一方「流行」は、市場のニーズ、技術の進化、社会のトレンドなど、常に変化する経営環境への対応を意味する。
技術の進化によってできることがどんどん拡大し、顧客の要求もどんどん多様化・高度化する。どんどん蓄積されるデータはさらなるレコメンドを出してくる。変化の激しい現代において、DXの名の下に「流行」をいたずらに追い求めようとすると無期限多頻度の変革を求められ、それを自分事化できない組織は必ず疲弊する。「PoC疲れ」「DX疲れ」と呼ばれる現象はまさにこの状態を表している。そこに秩序と希望を与えるのが「不易」である。企業として大切にしている価値観やビジョンに基づいて、一つひとつの変革の目的を位置づけられれば、いたずらに「流行」を追うのではなく、最終的に目指す姿を実現する手段として変革に意味を持たせることができるのである。
DXを成功させるための経営者の役割
DXは、活用する技術進化のスピードが極めて速いこととともに、何度も変革を繰り返していくという特性から、不易と流行のバランスの維持が難しく、手段の目的化が起こりやすい。だからこそ、不易と流行の視点からプロジェクトや組織に対して、心理的安全性と拠りどころを与えることのできる経営者の果たす役割が極めて重要になる。
具体的には、①不易に基づく長期的ビジョンの提示とそれに紐づいた短期的目標の設定、②長期的ビジョン・短期的目標の現場への浸透と活動内容へのフィードバック、③変化への耐性を持った組織の創出、の3点が挙げられる。
1つ目の役割においては、不易、長期ビジョン、(個々のプロジェクトの)短期的目標の関係性について誰もが理解できる形で提示することがポイントとなる。それにより、従業員一人ひとりの取り組みにおける大義が醸成される。
2つ目については、変革がもたらす利点とその先にある関係者の姿を、腹に落ちるまで繰り返し伝えることが求められる。取り組みの成果についてきめ細かく検証しフィードバックすることも有効である。こういったコミュニケーションが心理的安全性につながり、DXに取り組むモチベーションを高めることにつながる。
3つ目については、従業員の教育とともにエンゲージメントを高めることが具体的活動となる。DXの目的と利点を従業員に理解させ、ポジティブなフィードバックを丁寧に行うことによって高い心理的安全性を確保し、変化への抵抗を最小限に抑えることがポイントとなる。
経営がこれらの役割を果たすためには、経営者一人ひとりが常に学び続け、デジタル技術のもたらす可能性とリスクを深く理解することが求められる。そして、自社が大切にしてきた「不易」の視点から個々の取り組みの優先順位を決定し、いたずらな「流行」の追求に歯止めをかけるという強い意志も必要である。
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特集:生成AI時代における企業変革
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