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クラウドの潮流――進化するクラウド・サービスと変化する企業の意識

AI時代における企業の器

社長 柳澤 花芽

#AI

#経営

2024/08/20

昨年度、最低賃金時間額の全国平均は1000円を超えた。今年の春闘では、多くの大手企業において高い水準での賃上げが妥結された。資源高騰からやや遅れて、価格転嫁や労働分配率の上昇も少しずつ進んできているようだ。現在の人材不足時代において、これらの動きは、企業経営を活性化させる有効な手段になると考えられる。

AIと共に進化する「仕事のやりがい」

ただし、注意も必要だ。社員エンゲージメント向上策としての処遇改善は、長期的に持続できるものではない。処遇を上げれば、就職活動者から選ばれ、社員が働き続ける可能性は短期的に上がるだろう。しかし、当然ながら収益が一定であれば、賃金の引き上げは企業の成長投資とのトレードオフになる。また、処遇アップを続けることが社員のリテンションにつながるかについても不確かな側面がある。一定水準を超えると、処遇を上げ続けたところで満足度はさして上がらない、いわゆる「幸せのパラドックス」に陥る可能性もある。したがって、企業としては、処遇以外の対価、たとえば、やりがい、仕事を通じた自己実現、成長機会などを社員に与え続けること、そしてそのことによって社員一人ひとりがその持つ能力を最大限発揮できる状態を形成することが必要となる。

ただ、この「仕事のやりがい」などの価値さえも不要になるかもしれない時代が見えてきている。AIによる仕事の代替だ。将来、汎用的な仕事はもちろん、複雑系の仕事についてもAIに取って代わられるだろう。人間が介入する業務は最終工程の判断・意思決定や、運ぶ・動かすなどにおける繊細な人力に依存する仕事、あるいは芸術など人間の感情に訴える仕事、など一部に限られる可能性がある。このようなAI全盛の時代は遠くない未来に現れるだろうが、その頃には、報酬ややりがいを会社に求める考え方や、あるいは企業という器の存在意義そのものも変わるかもしれない。

「仕事」を通して得られる人生の豊かさ

SF小説『タイタン』(野﨑まど著、講談社)では、AIが「仕事」のすべてを代替した世界を描いている。この物語の舞台となっている23世紀では、一般市民はAIが自律的に生産・提供するあり余るモノやサービスを好きなだけ享受しながら、気の向くままに好きなことだけをする生活を送っている。一見、理想的な世界とも捉えられるが、果たしてそうだろうか。筆者は、会社という存在があるからこそ、あるいは会社という場で「仕事」ができるからこそ得られる人生の豊かさがあると考える。
NRI(野村総合研究所)が近年エンゲージメント促進策として導入した新人事制度では、その基本方針の一つに「キャリア自律とセレンディピティ(偶然の幸運)の両立」を掲げた。このセレンディピティを盛り込んだのは、仕事においては思いがけない異動や必ずしも本意ではないアサインメントなどが大きな学びにつながったり、素晴らしい出会いをもたらしてくれたりすることが多々あるという経験則に基づいている。
近年はキャリア自律が強調され、社員は自身のキャリアを自ら考え、選択をしていくべきとされる。これはこれで重要であり、特に長年メンバーシップ型の人事制度を採ってきた日本企業においては不足してきた考え方ともいえる。が、果たして個々人の考え・意思のみで経験や出会いは十分に広がるだろうか。仕事を通じて「必ずしも本意ではない出来事」を経験できるからこそ、より豊かな人生を送れるのではないだろうか。
『タイタン』で描かれている世界では、仕事とともに企業も消滅してしまっている。しかし、そのような世界であっても、これまで企業が担ってきた「強制力をもって仕事を与える」役割は必要となろう。少し大げさにいえば、そういう機能を保持する器がなくなってしまっては人類の進化は止まってしまうのではとも感じるのである。そして、この「強制力をもって仕事を与える」役割を会社が担い続ける場合、エンゲージメント向上策の考え方も変わってくるであろう。
従来は、そもそも「仕事」を「やらずに済むのであればしたくないもの」というある種の共通認識の下、経営は、「せめて社員にとってのデメリットをできるだけ少なく、メリットをできるだけ多くする」という文脈でエンゲージメント向上策を考えてきた。一方、「強制力をもって仕事を与える」ことが社員の世界を広げるのだとするならば、本人が意図しない配置転換や登用など、いわば攻めの施策を織り交ぜた方が、企業にとっての競争力向上、社員にとっての豊かな人生につながる可能性がある。
デジタル時代に突入し、仕事の中身や求められるスキル、また社員の就業価値観は年々変化している。筆者としては、処遇改善や働きやすさの向上、また多様化する価値観にも呼応しながらも、社員にとって豊かな人生の一助となるような、よい意味での「強制力をもった場」としての会社づくりに努めていきたい。

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