EV普及に向けたより良い充電体験の共創 ― 国と企業間の連携で解決すべき課題
2024/11/01
グローバルの電気自動車(BEV)市場は、その成長に一時的な陰りが見えていますが、今後も拡大していくことは確実視されています。一方、日本のBEV市場は他国に比べて成長が遅れており、このままでは国内市場が欧州や中国のメーカーによって席巻される危機にあります。
日本市場の課題として、充電インフラの不足とユーザビリティの低さが挙げられ、これらを解決することが市場の成長に不可欠です。BEV市場の発展を加速するために必要な取り組みについて、野村総合研究所(NRI)の松原輝王、細川済弘、森成弥に聞きました。
BEV市場拡大の遅れが招く、海外勢による国内市場の席巻リスク
――まず、グローバルにおけるBEV市場の動向についてお聞かせください。
細川:近年、世界各国でBEV市場が急速に拡大しています。特に欧州や中国は、国家戦略としてBEVの普及を積極的に推進しており、これに伴い大規模な補助金や税制優遇が導入され、充電インフラの整備にも多額の投資が行われています。現在は一時的なキャズムの状態にありますが、今後も重要性が増していくカーボンニュートラルやエネルギーセキュリティの観点から、グローバルでのBEV市場の拡大は今後も続くでしょう。一方、日本のBEV市場はこの流れに乗り遅れ、キャズム以前の状況にとどまっています。
――なぜ日本のBEV市場は成長が遅れているのでしょうか?
細川:日本市場の遅れにはいくつかの理由があります。まず、日本の自動車メーカーがハイブリッド車で成功を収めたことで、BEV市場への進出に慎重な姿勢を示していることが挙げられます。さらに、日本政府の政策支援が他国に比べて限定的であることも成長の妨げとなっています。欧州や中国では、政府が大規模な補助金を投入して市場の成長を後押ししていますが、日本ではそうした支援策が不足しており、結果として市場の停滞を招いています。また、日本の消費者の特性も要因の一つとして挙げられます。日本の消費者は、新しい技術に対して慎重で、特に高額な商品や新しいテクノロジーに対しては、購入に至るまでに時間をかけて検討するレイトマジョリティ層が多いのです。
――このままでは、どのようなリスクが考えられますか?
細川:日本市場でBEVの普及が遅れると、欧州や中国のメーカーが自国での成功を背景に進出してきた際、日本の自動車産業が不利な立場に追い込まれる可能性があります。カーボンニュートラルの課題は今後も続くため、BEV化は進むと考えられますが、外資が本格参入した際に日本の自動車メーカーや関連サプライチェーンがその競争に耐えられるかは疑問です。結果として、日本の自動車産業全体が大きな影響を受けるリスクが高まり、日本の産業全体にとって深刻な問題となるでしょう。こうした事態を避けるためにも、健全な形で国内のBEV市場を拡大させる必要があります。
BEV市場拡大に向け、充電体験の向上がカギ
――BEV市場を成長させるために改善すべき課題は何でしょうか?
細川:BEV市場を健全に成長させるためには、車両自体の魅力向上はもちろんですが、それ以上に充電体験の改善が重要な課題です。現在の日本では、充電インフラの不十分さやユーザビリティの低さが大きな障壁となっています。充電インフラについては、例えば国内の急速充電器の「数」自体は現状のBEV普及台数比でみれば少なくないものの、高出力の急速充電器の割合が他国と比較して低く、充電インフラの「質」の面での整備が不十分な状況があります。このような背景もあって、充電体験が向上しない中でユーザーは充電に対する不安を抱えており、それがEVの普及を妨げている大きな要因であると考えます。
松原:充電インフラの拡充に向けては、充電ビジネスが利益を上げにくいという構造的な問題もあります。BEVは家庭で安価に充電できるということが前提にあるため、高い充電価格を正当化することが難しく、事業としての利益を確保するのが難しいのです。結果として、充電事業者(CPO:チャージポイントオペレーター)の事業性が低く、EV普及自体が本業の儲けに繋がる電力会社などを除いては魅力度の低い事業となってしまっていることが、充電ビジネスへの参入プレイヤーを限定してしまっており、充電インフラの整備が進まないという状況にあります。
森:充電スタンドのユーザビリティの低さも深刻です。日本の充電規格は安全性が高いことで知られていますが、その反面、ケーブルが重い、充電時間が長い、決済手続きが複雑などの問題を抱えています。これに対して、テスラが採用している「NACS」規格は、充電から決済に至るまでの一連の体験が非常にスムーズで、ユーザビリティに優れています。日本の規格も、利用者視点での改善が必要です。
国と企業が連携し、充電プラットフォームの共創を目指すべき
――これらの課題を解決するためには、どのような取り組みが必要でしょうか?
細川:日本のEV市場を健全に成長させるためには、充電インフラの整備とユーザビリティの向上が不可欠です。これを実現するためには、国や企業が協力し、包括的な取り組みを行うことが必要であり、特に2つのアプローチが重要だと考えています。
第一に、業界横断の企業間連携を通じた新たなビジネスモデルの構築です。現状では、充電インフラ自体での収益化は難しいため、他の収益源と結びつけた新しいビジネスモデルを構築することが不可欠です。例えば、充電スタンドを商業施設や宿泊施設、コンビニエンスストアなどに設置し、顧客が買い物や滞在をしている間に充電が完了するモデルが考えられます。これにより、充電インフラはエネルギー供給手段としてだけでなく、顧客サービスや新たな収益機会としての役割を果たします。最終的にBEVの普及が進めば、充電事業単体の収益性も改善し得るでしょう。
松原:もう一つは、国や企業間の連携を通じた充電プラットフォームの共創です。従来の車のガソリン充填とEV充電の違いの一つとして、EV充電はユーザビリティの向上にハード・ソフト・インフラの連携が不可欠であることが挙げられます。ガソリン車の場合は車両の給油口とガソリンスタンドのノズルの形状が概ね合っていれば充填が可能ですが、EV充電の場合には電子的な通信が車両とスタンドの間に必要で、そこにはプラグの形状や通信プロトコルなどを規定するいくつかの充電規格が存在します。また、充電スタンドの空き情報を確認したり予約したりする機能や、プラグアンドチャージ(PnC)と呼ばれる決済を簡便にする機能などのユーザビリティ向上のための機能を実現するには、そのためのアプリケーションやITインフラが必要となります。こうした基本機能は各企業が独自に開発してユーザビリティを追求するのではなく、統一されたプラットフォームを構築し、それに各社の充電スタンドや車両を接続して基本機能を賄う方が、消費者の利便性や事業者の収益性の観点で望ましいと考えています。プラットフォームの基本機能を多くの消費者を使ってもらう中で、データやフィードバックを収集し、集中的に投資を行って基本機能を磨き上げていくことで、ユーザビリティの向上が可能になるはずです。また、空き状況の確認や予約が事業者横断で可能になれば、充電インフラの稼働率も高まり、充電ビジネスの収入増加につながります。さらに、基本機能を共通のプラットフォームによって賄う協調領域として捉えることは、重複する開発コストの削減にもなり、充電ビジネスの収益性向上になるでしょう。
森:また、国が方針を打ち出すことも非常に重要です。現在、国でも充電インフラに関する検討会が行われていますが、ハード面に偏っており、ソフト面やユーザーの充電体験といった点が十分に議論されていません。国はステークホルダーを巻き込んで新しいコンソーシアムや会議体を設立するなど、各業界を一枚岩にしていく仕組みを作るべきだと考えます。
細川:最も大切なことは、BEVの充電にまつわる一連のユーザー体験全体を改善することです。そのためには、各企業が個別の利益だけを追求するのではなく、ユーザー第一の考えに立脚しながら協調領域と競争領域を正しく見極めたうえで、企業間での協調もいとわないことが重要だと考えます。その意味で、充電インフラは協調領域であるはずであり、より使いやすい充電インフラを、より設置しやすくするために、企業が協力し合う必要があります。こうした企業間の協調のために、国としてもコンソーシアム等を通して中立的な協議の場を設けるとともに、現在ユーザー第一に設計されているとは言えない規格や法制度を見直す必要があるとも考えています。例えば、電圧を上げて充電速度を上げていく際に、現状の法制度では充電ケーブルが太く重たくなってしまう側面があります。これは安全性を考慮した結果だと思うのですが、充電規格上で安全性を担保しているため、もう少しユーザーの利便性に立脚した法制度の見直しが必要だと考えます。また、現状日本で普及している充電規格の「CHAdeMO」規格をとっても、先に述べたようにまだまだ他国の充電規格に比べるとユーザビリティで劣る部分が多々あり、各社の協力の下で改善が必要と考えます。NRIとしても、このような取り組みに積極的に関与し、国や企業との連携を通じて日本のBEV市場の未来を支える活動を推進していきたいと考えています。
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