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NRI トップ NRI JOURNAL 木内登英の経済の潮流――「東京一極集中の是正と成長戦略の大結集」

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木内登英の経済の潮流――「東京一極集中の是正と成長戦略の大結集」

金融ITイノベーション事業本部  エグゼクティブ・エコノミスト  木内 登英

#木内 登英

#時事解説

2024/11/08

2024年10月27日に行われた衆議院選挙で、与党は過半数の議席を失う大敗を喫しました。政権の枠組みを維持するためには、一部の野党の協力が必要となります。協力を得るのと引き換えに、与党は野党が掲げる経済政策を部分的に受け入れることを余儀なくされる可能性が高い状況です。野党は減税策や給付拡大等を中心に据えた物価高対策、個人消費喚起策を掲げています。そうした政策を政府が実施する場合、財政環境が一段と悪化する可能性があります。

石破政権は岸田政権の成長戦略を継承

減税や給付拡大は一時的に個人消費を押し上げますが、増加率への影響は持続的ではないと考えられます。個人が将来に明るい展望を持つようになるためには、実質賃金の上昇率が先行き高まっていくとの期待を強めることが重要です。そのためには、労働生産性を高め、経済の潜在力を高めることが求められます。それを実現する政策は、成長戦略、構造改革でしょう。石破政権は、岸田政権の成長戦略を引き継ぐ考えを表明しましたが、それをぶれずに進めることが重要だと考えます。
石破首相は、成長戦略の一つに位置付けられる地方創生への取り組みを前進させる考えを打ち出しています。
自民党の選挙公約の6つの柱の一つにこの地方創生が据えられ、その冒頭では「『地方創生2.0』を始動させます。地方創生の交付金の倍増を目指すとともに、政府に『新しい地方経済・生活環境創生本部』を創設します。」と謳いました。これらは、いずれも石破首相の肝いりの政策です。
この「地方創生」と「東京一極集中の是正」とを一体で進めることは、非常に重要な成長戦略となります。また石破首相は、女性を地方に呼び戻すことで「少子化対策」とする考えも示しています。岸田政権から継承する3つの成長戦略を一体で進める考えでしょう。それが、日本経済全体の生産性を高め、成長力を高めることに繋がることを期待したいと思います。

東京への過度な人口集中が生産性向上の妨げに

東京への過度な人口集中は、日本経済全体の効率を押し下げているのではないかと思われます。各国首都の人口当たりGDP、つまり生産性が、国全体の平均と比べてどの程度の水準になるかを計算すると、2015年時点で東京都の人口当たりGDPは全国平均の1.13倍と、ニューヨークの1.37倍、ロンドンの1.74倍、パリの1.68倍などと比べてかなり低い水準にとどまっています(図表1)。

一般に、都市部に人口が集中していく過程では、経済の効率化が進んで生産性が大きく高まる傾向があります。ところが人口集中がさらに進むと、インフラ不足、生活環境の低下などが生じ、それらが生産性上昇率の妨げとなると考えられます。東京都では、既にそうした臨界点を超えて人口が過度に集中してしまったのではないでしょうか。
東京都とその他都道府県について、県内総生産と都道府県人口統計から、それぞれの人口当たり総生産、すなわち生産性を算出してみました。そして、その上昇率の推移を見ると、東京都の生産性上昇率は、2014年以降は一貫してその他都道府県の生産性上昇率を下回っています(図表2)。

2020年に浮上した新型コロナウイルス問題とその後のリモートワークの定着、ワーケーションの広がりなどを受けて、東京からの人口流出が見られましたが、それは一時的な現象に終わってしまった感があります。過度な人口集中が是正されない中で、東京都の生産性上昇率は、他の都道府県の平均を持続的に下回るようになったのです。
2021年までの5年間の年平均値で見ると、他の都道府県の生産性上昇率は+0.5%であったのに対して、東京都は-0.7%とマイナスに沈みました。

社会資本の偏在という問題

東京都の生産性上昇率が下振れている理由の一つに、社会資本の不足があると考えられます。社会資本には、道路、上下水道、航空、港湾、公園、学校、治山・治水、国有林などがあり、産業活動や国民生活に欠かせない公共インフラとなっています。
高度成長期には、地方部でも積極的な公共投資が行われ、社会資本の充実が図られました。しかしその後、地方部から都市部への人口移動が加速する中で、一人が使うことができる社会資本が地方部では膨らみ、社会資本の余剰傾向が強まっていった。反面、人口が増加する東京都などの大都市部では社会資本の不足傾向が強まり、これが、生産性向上の妨げとなっていったと考えられます。
1960年以降の人口当たり社会資本ストック金額を、東京都とその他都道府県とで比較してみると、1995年頃までは両者とも概ね同じ程度の水準で、肩を並べて増加していました。しかしそれ以降は、東京都での人口当たり社会資本ストック金額は低下傾向を辿り、社会資本の不足傾向が強まっていると考えられます。
さらに、2015年から2020年の5年の間に、両地域間の格差は急拡大し、2020年時点で、東京都以外の都道府県の人口当たり社会資本ストック金額は、東京都の1.78倍にまで達しているのです(図表3)。

インバウンド需要を地方経済活性化の起爆剤に

過度に東京に集中してしまった人口、企業を地方部へと移し、人口当たりの社会資本ストックを平準化していけば、地方で過剰となっている社会資本の有効利用が進み、また都市部での社会資本不足が緩和されることで、日本経済全体の効率を高めることができるのではないかと思います。
政府が長らく掲げてきた省庁の地方移転は十分に進まず、「東京一極集中の是正」策は、現状では目立った成果を挙げていません。この先何も対策を講じなければ、東京一極集中はさらに進む可能性があるでしょう。
そこで、地方経済を活性化し、地方創生を進めることを、東京一極集中の是正に繋げていく取り組みが重要となります。そして、地方経済活性化の起爆剤の一つになることが期待されるのが、インバウンド需要の地方への誘導でしょう。
2023年の名目GDPは、インバウンド需要によって0.79%押し上げられた計算です。インバウンド需要は、非常に大きな経済的影響力を持っているのです。
インバウンド需要の誘導で観光関連のビジネスを拡大させることができれば、地方が、東京など大都市部から人や企業を吸収するようになるのではないでしょうか。
それを実現するためには、地方にある観光資源をもっと海外にアピールする取り組みを進め、また、オーバーツーリズム対策、外国語への対応、宿泊施設での人材確保などをもっと積極的に進めていく必要があるでしょう。
また、地方の観光業で外国人材をもっと活用すれば、外国人観光客への対応と人手不足への対応を同時に進めることもできるでしょう。
そのために、外国人の特定技能制度の見直しなども検討課題となるのではないかと思います。
石破首相には、「地方創生」、「東京一極集中の是正」、「少子化対策」、「インバウンド戦略」、「外国人材活用」など成長戦略を大結集させて、日本経済の活性化を強く推進していって欲しいと思います。

木内登英の近著

デジタル人民元

決定版 デジタル人民元

世界金融の覇権を狙う中国

プロフィール

木内登英

エグゼクティブ・エコノミスト

木内 登英

経歴

1987年 野村総合研究所に入社
経済研究部・日本経済調査室に配属され、以降、エコノミストとして職歴を重ねる。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の政策委員会審議委員に就任。5年の任期の後、2017年より現職。
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株式会社野村総合研究所
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E-mail: kouhou@nri.co.jp

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