上海自由貿易試験区における金融自由化
人民銀行は、12月2日に「金融の中国(上海)自由貿易試験区建設への支持に関する意見」(以下、意見)を発表した。上海自由貿易試験区の金融面の措置については、9月29日の同区の始動に合わせて、銀行業監督管理委員会、保険監督管理委員会、証券監督管理委員会が通知等を発表済みであり、人民銀行の発表が待たれていた。人民銀行が意見を発表したことで、「一行三会」すべてが基本的な考え方を発表したことになる。ここでは、人民銀行の意見について、主に資本勘定自由化と金利自由化の点から見ることにする。
上海自由貿易区(以下、区と略す場合がある)の金融改革については、以前から区内で金融自由化を先行すると、規制アービトラージが働き、中国国内の金融取引が区内に集中してしまう可能性があるため、一種の「内外」分離策が採られると予想されていた。概念上「中国国内で自由貿易区外」・「中国国内で自由貿易区内」・「海外」と区分し、「国内区内」と「海外」の間は自由化を進め、「国内区外」と「国内区内」の間では制限をかける、つまり第2国境を設けるような措置を採ると見られていた。今回の「意見」はこの考え方に沿っている。
「意見」によれば、区内居住者は「自由貿易口座(人民元、外貨)」を開くことで、分離管理される。一方、非居住者は区内の銀行で「非居住者自由貿易口座」を開く。より具体的には、 ①区内居住者の自由貿易口座と「海外口座・国内区外の非居住者の口座・非居住者自由貿易口座・その他の区内居住者口座」間では自由に資金を移動できる。 ②区内居住者(非金融)の自由貿易口座と同一人のその他銀行決済口座間では、経常勘定業務等の限られた範囲で資金を移動できる。 但し、③区内居住者の自由貿易口座と国内区外の銀行の決算口座間は、クロスボーダー業務とみなされる。
対内・対外投資の自由化については以下のようである。
(投資)
- 直接投資については、区内からの海外直接投資は、従来の認可手続きを踏むことなく直接、銀行でクロスボーダーの支払・受取・両替業務ができる。また、直接投資の関する登録手続きの簡素化等もある。直接投資をしやすくする意図がうかがえる。
- 対外投資については、区内で就業しており条件を満たす個人は証券投資を含む対外投資が可能になる。
- 一方、対内投資については、区内で就業しており条件を満たす海外個人は「非居住者国内投資専門口座」を開き、証券投資を含む各種対内投資が可能になる。また、区内の金融機関と企業は上海地区の証券・先物取引所で投資・取引ができる。
これまで対外証券投資はQDII(適格国内機関投資家)制度、対内証券投資はQFII(適格外国機関投資家)制度の下で、認可された投資家が限度枠内で投資可能というように制限されていたが、これが緩められる。但し、「就業の内容、条件」はまだ示されておらず、細則の発表待ちとなる。
- さらに、区内企業の海外親会社は国内資本市場で人民元債券を発行できる。これは、いわゆるパンダ債(日本における円建て外債=サムライ債に相当)で、これまでは国際機関や日本のメガバンクといった一部の機関しか発行していなかったものである。
(海外からの融資)
一方、対外資金調達については、区内に登録している中国資本企業・外資企業・非銀行金融機関・その他経済組織(以上、区内機関とする)は、経営面での必要に基づき、海外から資金(人民元・外貨)を借入れできる。現状では、海外調達の方が金利が安いため、コスト削減に通じる可能性がある一方、裁定取引等に悪用されるリスクには注意が必要である。
(ヘッジ手段・デリバティブ)
区内機関は通貨・期間リスク管理の必要に基づき、区内あるいは海外でリスクヘッジ管理ができる。また、条件を満たす区内企業は、対外証券投資と海外デリバティブ商品投資業務を展開できる。
金利自由化については、「基礎的条件が熟する程度に基づいて、試験区の金利自由化体系の構築を推進する」となっていて、上述の資本自由化の内容に比べると曖昧である。但し、「区内の条件を満たす金融機関は、大口の譲渡可能CDの優先発行機関の範囲に含める」、また、「条件が熟すれば、区内の一般口座の小口外為預金金利の上限を撤廃する」とある。区内では、国内の区外の地域に先行して、金利自由化を進めると見られるが、やはり、大口から小口へ、外貨から人民元へといった従来からの順序に基づくと見られる。
リスク管理も重要である。限定的とは言え、区内の金融機関と企業に国内(上海)の証券市場への投資を認めていることから、ホットマネー等が紛れ込む可能性がある。このため、「意見」では、「状況によっては、区内の短期投機性の資本フローの監督管理を強化し、臨時的な制限措置を採る」とある。リスクをコントロール重視し、自由化を着実に推進するという姿勢が示されている。
なお、報道(3日)によれば、人民銀行の責任者が、今後3ヶ月間で「意見」の内容をほぼ実現し、1年間で他の地域にコピーできる管理方式を作ると発言している。今後は、「意見」の細則の発表と運用、その後の他地域への展開の可能性が注目点となる。
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