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日銀の黒田総裁の記者会見-再検討

2018/06/18

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はじめに

日銀は、今回(6月)の金融政策決定会合(MPM)で、金融政策の現状維持を決定した。また、第1四半期の経済指標が軟化したにも拘らず、今回(6月)の声明文が(足許のインフレ率に関する表現以外は)前回(4月)と全く同じであったことは、少なくとも現時点で景気や物価の基調に変化がないと判断していることを意味する。

一方で、今回の記者会見では、物価形成のメカニズムや米欧での金融政策の「正常化」に伴う影響など、むしろファンダメンタルな視点に基づく議論が目立った。

物価形成のメカニズム

このところ複数のメディアが、物価形成メカニズムについて日銀が近々再検討するとの観測記事を配信している。その理由については、マクロの需給ギャップがプラスに転じ、為替相場やエネルギー価格といった外生要因も良好であったのに、インフレの基調が好転しないという厳しい現実が示唆されている。

日銀はこうした再検討について何らの発表を行っていないが、インフレ率が日銀の想定するメカニズムによって目標へ収斂することにリスクが高まってきた以上、いずれにせよこうした再検討には意味がある。しかも、次回(7月)のMPMでは景気と物価に関する見通しを改訂する必要があるだけに、再検討も少なくとも次回のMPM前に終了することが望まれる。

今回(6月)の記者会見では数名の記者がこの点を取り上げた。黒田総裁は「総括的検証」のような本格的な見直しには懐疑的な見方を示す一方、景気や物価の見通しを改訂する際には、物価形成のメカニズムといった重要な要素も適時見直す必要があるとの見方に賛同した。このため、今回(6月)の記者会見は、これから行う再検討にとって、論点の「前捌き」を行う場ともなった。別の記者は、黒田総裁あるいはMPMメンバーが、インフレ率の改善に向けたモメンタムを信じているか質したのに対し、黒田総裁は自分やMPMメンバーの大多数が信認を維持していると回答した。加えて、黒田総裁はサービス部門の企業について、価格設定行動が変化する兆しもみられたと説明した。

もっとも黒田総裁も、日本の場合は「デフレマインド」の根強さもあって、Philips Curveの位置や傾きに大きな不透明性が残るとした。また、省力化投資の拡大によってマクロ的な労働生産性が改善を続けていることを指摘した上で、潜在成長率の改善には有用だが、短期的には賃金などの上昇が産出価格に転嫁されるのを防ぐ結果、インフレを抑制しうることも確認した。

さらに別な記者は、インフレに対する構造的な下方圧力が、先進諸国共通の課題ではないかと質問した。黒田総裁はこうした仮説に同意した上で、①隠れた余剰労働力の存在、②対新興国企業との厳しい競争、③電子商取引を通じた効率的な取引、④(賃金の下方硬直性の裏返しとしての)賃金の上方硬直性の存在、といった要因が重要との考えを示した。

「量的・質的金融緩和」の持久力

物価上昇に向けたモメンタムが弱いとすれば、インフレ目標の達成に要する時間が長期化するだけに、「量的・質的金融緩和(QQE)」にも持久力が求められる。もちろん、この点を日銀側からみれば、こうした宿題は2016年9月の「総括的検証」と、結果に基づくYCCの導入によって既に対応済ということになる。

別の数名の記者は、黒田総裁に対しQQEの副作用について質問を行った。具体的には、日銀や金融庁の分析が示唆するように、国内銀行の利鞘に対する下方圧力は、既にかなり大きくなったのではないかという懸念を示した。これに対して黒田総裁は、金融緩和を続ける限り、金融機関に対する圧力は累積的に高まるだけに、日銀としては今後も注意深く状況を監視する必要があると回答した。

その上で黒田総裁は、少なくとも現時点では副作用のインパクトはさほど大きくないとの見方を示した。その根拠については、国内金融機関のほとんどが(低利鞘にも拘らず)実際に利益を上げるとともに、商業的な借り手に対する貸出も実際に増えている点を挙げた。

さらに別の記者は、QQEの副作用に関して別の視点から問題を提起した。つまり、日銀によるETFやJ-REITの買入れがクレジット市場全般に悪影響を及ぼしているのではないかとの懸念である。これに対し黒田総裁は、こうした買入れがリスクプレミアムを抑制した点で所期の政策効果を発揮したと説明した。加えて、これらの買入れ規模も、クレジット市場全体に比べれば過大とは言えないとの理解を示した。

FRBとECBによる金融政策の正常化の意味合い

今週は、FRBによる利上げやECBによる量的緩和の停止といった重要な動きが続けて起こっただけに、また、日米欧の中で日本だけが強力な金融緩和を継続することになっただけに、今回(6月)の記者会見で、多くの記者がこの問題を取り上げたのも、もっともなことである。

このうち一部の記者は国際的な視点から懸念を示した。すなわち、米欧の中央銀行が金融政策の「正常化」を進めていくと、アジアだけでなくグローバルにみて多くの新興国にストレスがかかるとの懸念である。これに対して黒田総裁は、特にアジア地域の新興国については、財政や国際収支、物価といったファンダメンタルズの面で、あるいは外貨準備の面で、少なくとも以前に比べれば脆弱性が低いとして、むしろ楽観的な見方を示した。

国内的な視点からは、日本と米欧との金利差が一段と拡大することで明確な円安が実現するとの見方が示されることも多い。しかし黒田総裁は、為替レートは内外の金利差のみで決まるわけではないとして、こうした見方は単純すぎると指摘した。その一方で、一部の記者が、米欧の中央銀行が「正常化」に踏み切った以上、日本も追随すべきとしたのに対しては、各国の中央銀行はあくまでも自国の景気や物価に即して政策を運営すべきとの原則論を確認した。

なお、新たな5年間の任期を展望しても、黒田総裁が任期中に量的緩和の縮小や停止、あるいは利上げに直接関わることができるかどうかについては、少なくとも現時点では大きな不確実性が残されている。

執筆者情報

  • 井上哲也

    井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部
    シニアチーフリサーチャー

    金融デジタルビジネスリサーチ部 シニアチーフリサーチャー

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