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ブレグジットで英国が払う代償

2018/10/30

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ハード・ブレグジットで各種国境管理に支障

英国が欧州連合(EU)からの離脱、いわゆるブレグジットを実行すれば、主要先進国が巨大な自由貿易圏から離脱する、まさに歴史的なイベントとなる。ちなみに米国の場合は、巨大な地域自由貿易協定であるアジア太平洋パートナーシップ協定(TPP)の協議から離脱を決めたに過ぎない。こうしたことが滅多に起こらないのは、一定期間自由貿易圏に属した後にそこから離脱することが、一般的には非常に大きな経済的損失をもたらすためだ。

EUと英国の将来的な貿易関係に関する合意がまとまらないまま、英国がEUを離脱する、いわゆるハード・ブレグジットが現実のものとなれば、英国は世界貿易機関(WTO)が認める最大限の関税率や非関税障壁に直面するおそれがある。

英国政府はEUと良い貿易協定を結ぶ自信があるとし、すでに、合意内容の95%が完成していると説明している。しかし、アイルランド国境問題で英国政府とEUとの対立が続く中、こうした英国政府の説明にも懐疑的な見方が英国内では少なくない。

英会計検査院(NAO)は10月24日に公表した報告書(注1)の中で、安全保障、経済、国際関係上の観点から、国境の管理が非常に重要であることを訴えた。さらに、英国がEUとの離脱合意を結ばずにEUを離脱した場合、新たな国境管理体制を整えるのに十分な時間が確保できないことから、貿易活動を大きく妨げるような混乱が生じ、その代償を企業や個人が払わなければならなくなる、と警鐘を鳴らしている。そうした場合、期日までに複雑な国境での検査体制は整わず、何千もの英輸出業者も新たな国境規制への準備が整えられないだろうとしている。また、犯罪組織が国境の弱点に付け入る可能性があるほか、国境を越える際に長蛇の列や遅延が発生するとも述べている。

ブレグジットの痛みは既にポンド安で生じた

ブレグジットは、英国からEU向けの輸出を関税分割高にするだけでなく、こうした通関業務に関わるコスト分も輸出価格に転嫁され、英国製品の輸出競争力を低下させる。こうした影響を相殺するために、ポンド安が生じるのは自然なことだ。しかし、その分、英国がEUから輸入する製品の価格は上昇してしまう。また、新たに国境規制に関わる追加コストも、輸入業者あるいは消費者などに転嫁され、その分、需要を低下させてしまうのである。

英国はまだブレグジットを実現していないが、市場はそれを先取りしてポンド安が進んでいる。それが、英国経済を悪化させてしまった面があり、英国はすでにブレグジットの代償を払っている、とも言える状況だ。スイスの大手金融グループUBSの分析によると(注2)、英国が国民投票でブレグジットを決めた2016年半ば以降、そうでなかった場合と比べて、英国のGDPは2%程度低下したと試算されている。経済への悪影響は、主としてポンド安によって生じているが、UBSは、国民投票の影響によりポンドの価値は約10%下落したとしている。ブレグジット後にWTOが認める最大限の関税が適用される場合、英国からのEU向け自動車輸出に10%の関税が適用される可能性があるが、その影響はすでにポンド安でちょうど相殺された計算となる。しかし、ポンド安によって英国の消費者は打撃を受けたのである。

調査会社オックスフォード・エコノミクスの推計によると、ハード・ブレグジットの場合には、英国のGDPはさらに追加で2%程度低下するという。それは、関税の影響と様々な非関税障壁のコスト増加の影響が大きい。例えば、EU域内で販売が許可されていた英国製の医薬品も、ブレグジット後には新たな検査や認証が必要とされるようになるとみられる。こうした障壁によって納期が延び、その分、在庫管理などのコストも追加で発生するだろう。

ポンド安などを通じて、英国はブレグジットの痛みを既に感じている。他方、EUにはブレグジットの影響はまだそれほど現れていない。相対的に規模が小さい国のほうが、企業や消費者が巨大市場にアクセスできる自由貿易から得られる見返りが大きく、逆に規模の小さい国が離脱することから生じるデメリットは、残された国にとっては比較的小さいためだ。

こうした点を踏まえると、ブレグジットから生じる英国の経済的な痛みがより顕著になればなるほど、将来、反グローバリズムの流れの中で、自由貿易圏から離脱する国に対して抑止効果を発揮することも確かだろう。

他方、現在までのポンド安の影響だけでは、ブレグジット、特にハード・ブレグジットによって生じる様々なコストという痛みを英国が実感するには未だ十分ではない。それを正しく評価するには、英国国民が想像力を最大限高める努力が求められるだろう。

(注1)" The UK border: preparedness for EU exit", National Audit Office
(注2)"Brexit Provides Early Proof of Deglobalization’s Costs", Greg Ip, Wall Street Journal, October 18, 2018

執筆者情報

  • 木内登英

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部
    エグゼクティブ・エコノミスト

    金融ITイノベーション事業本部 エグゼクティブ・エコノミスト

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