フリーワード検索


タグ検索

  • 注目キーワード
    業種
    目的・課題
    専門家
    国・地域

NRI トップ ナレッジ・インサイト コラム コラム一覧 ECBのドラギ総裁の記者会見-Readiness to act

ECBのドラギ総裁の記者会見-Readiness to act

2019/06/07

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

はじめに

今回(6月)の政策理事会は、宿題となっていたTLTRO IIIの金利条件を決定したほか、政策金利に関するforward guidanceも強化した。しかし、ユーロ相場はドラギ総裁の会見中に強含む動きを見せた。その理由も考えつつ、記者会見の内容を検討したい。

新たな経済見通し

政策判断について検討する前に、その前提となる経済情勢の評価をみておきたい。

ドラギ総裁は、冒頭説明の中で、足許の経済指標やsoft dataを見る限り、ユーロ圏の経済成長率が第2四半期以降に減速する可能性が高いことを認めた。もっとも、雇用の拡大や賃金の上昇、域内国の財政政策などによって、ユーロ圏経済のresiliencyは維持されるとの見方も確認した。

今回改訂された執行部見通しでも、2019~21年の実質GDP成長率を1.2%→1.4%→1.4%とみており、前回(3月)に比べて、2019年は0.1ppの小幅な上方修正(第1四半期の伸びを考慮)、2020年と2021年は各々0.2ppと0.1ppの小幅な下方修正に止まった。また、2020年以降は潜在成長率近辺で推移すると予想していることも意味する。

物価に関しても、ドラギ総裁は、5月のHICPインフレ率の顕著な減速がエネルギーやサービス関連の価格動向による面が大きいとし、当面は下押し圧力が強いとしつつも、年末にかけては賃金上昇などを背景にモメンタムを回復するとの期待を維持した。

これまで下方修正が目立った執行部見通しも、2019~21年のHICPインフレ率を1.3%→1.4%→1.6%とみており、前回(3月)に比べて、2019年は0.1ppの小幅な上方修正、2020年は0.1ppの小幅な下方修正に止まった。

これに対し記者からは反論が示され、特に景気に関して悲観的な見方を示す向きが目立った。これに対しドラギ総裁は、政策理事会ではメインシナリオに関する信認が維持されている点を強調する一方、以前に比べると通商摩擦やBrexitに関する不確実性が上昇し、問題が長期化するリスクが高まったことも認め、これが今回の政策決定の背景であると説明した。

物価に関しても、複数の記者が市場ベースのインフレ期待の低下を取り上げ、アンカーが崩れる事態への懸念を示した。しかしドラギ総裁は、サーベイベースの長期インフレ期待は安定を維持していると反論したほか、市場でもデフレや景気後退の蓋然性を意識する向きは少ないと指摘した。

その上で、景気と物価の双方に関わる問題として、一部の記者が通商摩擦が冷戦のように定着するリスクを挙げたのに対し、ドラギ総裁も、金融市場が経済指標が示唆する以上に不安定化している背景として、単なる通商摩擦を超える事態を意識している可能性を認めつつも、個人的にはそうした見方に同意しないとの立場を示した。

政策決定

今回の決定内容のうち、まずTLTRO IIIに関しては、適用金利をMROレート(現在は0%)+10bpを原則とし、貸出を増加させた銀行への最優遇金利は預金ファシリティのレート(現在は-0.4%)+10bpとすることになった。

ドラギ総裁は、政策理事会がこうした決定を下す上で重視した点が、①TLTRO IIIはあくまでもbackstopであること、②銀行にcarry tradeのインセンティブを与えないようにすること、の二点であると説明した。つまり、①は既存の債券の償還や規制対応のために、銀行の金融仲介が阻害されないようにすることが目的であり、②はTLTRO IIIを利用した銀行が国債保有を増やす事態を避けたいということである(この点が+10bpというスプレッドの導入に繋がったとみられる)。

政策決定のもう一つの柱は、forward guidanceの強化である。政策金利の現状維持について、これまでは「少なくとも本年末まで」としていたのに対し、今回(6月)の政策理事会では「少なくとも来年前半まで」とし、半年先送りした訳である。

この点にも記者からの批判的なコメントが目立った。特に、市場が既に来年の利下げを織り込む中で、今回の政策決定の効果に疑問を示す向きがみられた。

これに対しドラギ総裁は、経済のメインシナリオは維持しつつ、不透明性の高まりに対処する上では、forward guidanceの強化が最適な対応であるとし、全会一致の決定であった点を強調した。加えて、forward guidanceの期間が終了しても利上げに踏み切るとは限らない点も強調し、今後の政策の方向には柔軟に対応する考えを示した。

それでも記者からは、FRBが利下げを示唆する状況にある中でECBの政策決定の適切さを問う意見がみられた。ドラギ総裁は、中央銀行はあくまで自分の経済地域の動向に即して政策を運営すべきとの原則論を説明し、例えばBOEは利上げの可能性を示唆する状況にある点を指摘した。

もっとも、ドラギ総裁も、FRBによる利上げの示唆が今回の政策決定に与えた影響に関しては極力回答を避けた様子が感じられ、結果としては、むしろ影響の存在を印象付けることにもなった。

追加緩和

今回(6月)の記者会見では追加緩和についての質問も少なくなかった。ドラギ総裁も、今回(6月)の政策理事会で本件に関する議論を始めたことを認めたが、発動の条件や政策手段は課題であるとして、今後の議論を市場と適切に共有することを約束した。

その上で、手段としては資産買入れと政策金利の引下げを念頭に置いていることも示唆し、forward guidanceも、政策反応関数を市場と共有する点で有効であるとの評価を確認した。また、ドラギ総裁は政策金利として預金ファシリティのレートを念頭に置いていると説明し、つまりマイナス金利政策の強化を意識していることも明らかになった。

この政策の副作用に関しては、今回(6月)の政策理事会で議論し、現時点では金融仲介を阻害していないとの結論を得たようだ。もっとも、ドラギ総裁も状況が変われば、副作用の軽減も必要になりうると付言した。

いずれにせよ、ECBにとって今回の局面で金融政策を「正常化」する展望は大きく後退したようだ。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融ITイノベーション研究部

    主席研究員

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

新着コンテンツ