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日銀の黒田総裁の記者会見-No hesitation

2019/06/21

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はじめに

今回(6月)のMPMは金融政策の現状維持を決定した。もっとも、記者会見で黒田総裁は、海外経済に関する下方リスクが拡大したとの認識を示すとともに、2%目標に向けた物価のモメンタムが低下した場合には躊躇無く追加緩和に踏み切る姿勢を明示した。この結果、日米欧の中央銀行の当面の政策スタンスは収斂することになった。

景気と物価の判断

黒田総裁は、景気の先行きに関して、緩やかな拡大の継続をメインシナリオとして維持したと説明した。こうしたシナリオは、関係国の政策対応もあって、年後半には海外経済の回復が明確になるという見方に依存している。

この点に関して、黒田総裁は、4月のIMF総会の時点に比べて、6月のG20財務相・中央銀行総裁会議における議論からは、若干明るい印象を得たことを示唆した。その背景に関しては、米欧中ともに第1四半期の実質GDP成長率が持ち直し、それまでの減速傾向に歯止めがかかったことや、米国による対メキシコ関税が延期されたことなどを挙げた。

もっとも黒田総裁も、日本経済の先行きにとって海外経済の下方リスクがむしろ高まったとの認識を示した。この点に関しては、上記の二時点間の比較でみても、米中間の貿易摩擦については対立が深刻化した印象を受けたことを示唆した。

実際、今回の声明文にも、輸出や生産の下押しが長引くことへの懸念が示されている。加えて、海外経済を巡る下振れリスクが大きいとの評価も示されており、そのことが家計や企業のマインドに与える影響を注視すべきとの判断が記されている。

物価に関しても、黒田総裁は、2%目標に向かって緩やかに加速するとの見方をメインシナリオとして維持したことを説明した。こうしたシナリオについては、それ自体の蓋然性はともかく、景気に関して上記のように緩やかな拡大をメインシナリオとして維持する以上、景気との整合性は維持されている。このためか、今回の会見では物価見通し自体に関する議論はほとんどなかった。

海外中央銀行の政策対応による意味合い

日本時間で半日近く先行して行われたパウエル議長による記者会見を受けて、国内外の国債利回りや円相場が相応の反応を見せたこともあって、数名の記者がこの問題を取り上げた。

実際、国際金融市場では、日米欧を比較した場合に日銀が金融政策の発動余地が最も乏しいとの見方が支配的になっている。この点は、日米欧が金融緩和による通貨安競争を展開した場合、日銀が最も苦しい立場に追い込まれるという推論に繋がっており、この間の円高進行の背景となった面もある。

これに対し黒田総裁は、各中央銀行には自国の経済と物価の安定のために適切な政策運営を行うことが求められるという原則を強調した。また、ファンダメンタルズから見れば、米欧の中央銀行が金融緩和を進める結果、景気回復が強まれば、上記のような海外経済の下振れリスクを抑制する。さらに、そもそも年後半に海外経済が回復というメインシナリオの重要な前提自体が、海外での政策対応に依存しているのは上に見た通りである。

その一方で、米欧の金融緩和の「副作用」としての円高が、ペースが速いとか、高水準に達するといった事態になれば、日本の経済や物価に対する影響も無視し得なくなることも明らかである。

政策運営の方針

黒田総裁は、当然にこうした問題を認識しており、だからこそ日銀が有効な政策手段を有していることを強調したのであろう。具体的には、①O/Nの政策金利の引下げ、②10年国債の目標利回りの引下げ、③資産買入れの拡大、④マネタリーベースの増加といった手段、あるいはその組み合わせを活用しうるし、その用意があることを説明した。

この点自体はG20財務相・中央銀行総裁会議のインタビュー内容と同じであったが、黒田総裁は、今回の記者会見では他にもいくつか興味深いコメントを残した。

第一に、イールドカーブ・コントロール(YCC)の下での10年国債の目標利回りは、あくまで「目標」であり、柔軟に運営しうることを示唆した。

このコメントは、1)日銀が今後に目標利回りのレンジをさらに拡大しうることを示唆したのか、2)10年国債金利が現在のレンジの下限(-0.2%)を下回ることを容認しうるとの考えを示したのか、必ずしも明確でない。ただし、いずれにせよ国債の利回りは記者会見中にさらに下落した。

第二に、日銀による金融政策と政府による経済政策が協調することは、むしろ日本銀行法の規定に即していると指摘した。その上で、YCCの下でも日銀と政府は「協力」しうるとした。

このコメントについても、「協力」が具体的に何を指すかは必ずしも明確ではない。ただ、文脈から言えば、日銀の国債買入れによって、財政資金の調達コスト(つまり国債の発行コスト)が抑制される効果を指したものと理解できる。

この点は、国内の市場参加者にとっては周知の事実であるし、結果として生じていると理解されている。しかし、中央銀行が仮にそうした効果を意図して長期金利をコントロールするようであれば、文字通りのmonetizationになってしまう。

第三に、追加緩和の副作用に否定的な見方を示した。つまり、黒田総裁は、政策判断を下す場合は常に経済や物価に加えて金融情勢に配慮している点を確認するとともに、これまでは金融仲介や市場機能の面での副作用は抑制されているとの評価を示した。

これらのコメント全体に共通する意図は、日銀にも追加緩和の余地が残されている点を強調することであり、実際、黒田総裁は物価のインフレ目標に収斂するモメンタムが低下すれば、躊躇なく、追加緩和に踏み切る方針を確認した。

追加緩和のタイミングに関しては、黒田総裁も今後の経済指標次第との原則を確認するとともに、米欧の利下げを市場が先に織り込めば、実際の決定に伴う追加的なインパクトは小さくなる可能性を示唆した。もっとも金融市場では、四半期ごとの景気や物価の見通しの改訂に当たることも踏まえて、次回(7月)のMPMが節目になるとの見方が強まっているようだ。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融ITイノベーション研究部

    主席研究員

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