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BOEのカーニー総裁の記者会見-Monetary Policy Report

2019/11/11

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はじめに

今回(11月)のMPCでBOEは金融政策の現状維持を決定した。カーニー総裁は、英国のEUからの合意なき離脱のリスクが顕著に低下したことを歓迎した一方、経済が別な問題に直面しつつあることも示唆した。Inflation Report(IR)から衣替えしたMonetary Policy Report(MPR)の特徴とともに内容を検討したい。

景気の見通し

新たなMPRに示された2019~22年の実質GDP成長率(各第4四半期の前年比)の見通しは+1.0%→+1.6%→+1.8%→+2.1%となった。カーニー総裁も、今年は低成長に止まるが、その後はBrexitに関する不透明性の低下や財政支出の拡大、海外経済の緩やかな回復を背景に成長を回復するとの見方を示した。

これを前回(8月)の見通しと比較する際には注意が必要である。前回は金融市場でのno-dealの懸念と、円滑なBrexitの下での経済活動という非整合的な想定に基づいていたからである。

そこで、MPRが示した修正後の前回(8月)見通しと比べると、 2019~20年は各々0.3pp、0.1ppの上方修正、その後は各々0.4pp、0.2ppの下方修正となった。つまり、足許については見方が改善したが、回復ペースの予想は緩やかなものに変わったことを意味する。

その理由は、MPRの内容によれば二点が考えられる。一つは、貿易摩擦の深刻化や主要な新興国の景気の停滞によって、海外経済の回復が、以前の想定よりも遅延するとの見方である。

もう一つは、個人消費の見方が慎重化したことである。Brexitを巡る不透明性が低下したのに奇妙かもしれないが、MPRは金融危機後の生産性の伸びの低下が、設備投資の低迷やBrexit後の英国経済の開放度の低下もあって長期化するという想定を示し、結果的に賃金上昇を抑制すると説明している。

物価の見通し

一方、MPRに示された2019~22年のCPIインフレ率(各第4四半期の前年比)の見通しは+1.4%→+1.5%→+2.0%→+2.2%となった。修正後の前回(8月)の見通しと比較すると、経済見通しと対照的に、2019~20年は各々0.1pp、0.3ppの下方修正となったが、その後は各0.1ppと僅かながら上方修正になった。

カーニー総裁は、見通し期間の前半は潜在成長率を下回る結果、マクロ的にexcess supplyが生ずるが、その後は緩やかな景気拡大とともに、マクロ的にexcess demandに転じ、その幅が徐々に拡大すると説明し、この点がインフレの基調を左右するとの見方を示唆した(MPRによれば2019~22年のexcess demand<潜在成長率対比>は-0.75%→0%→+0.75%→+1.25%を予想している )。

この間、生産性の伸びの低迷が継続する以上、供給側の成長も抑制されることになる。実際、MPRは、金融危機前には2.25%程度あった生産性の上昇が、見通し期間には0.75%から1%へと回復するに止まるとしており、これに労働供給の伸び率(0.5%)を加えても、総供給の伸び率は1.25%~1.5%で推移することになる。

この結果、少なくとも当面は、比較的低い経済成長率でもマクロのexcess demandが生じ、結果としてインフレの基調を押し上げることになる。MPRが景気回復のペースが緩やかとみている割に、インフレ見通しが見通し期間の後半にかけて高めに維持さているのは、このような理解によるものである。

インフレになりやすいことは、ユーロ圏や日本から見れば羨ましく思えるかもしれないが、英国にとって必ずしも望ましいことではない。なぜなら、根源的な問題が生産性上昇の鈍化に基づく供給側の低成長にあるからである。この点は企業の期待成長率を押し下げ、設備投資を抑制することで悪循環に陥るリスクもある。

しかも、MPRも示唆するように、企業が賃金上昇を生産性上昇の範囲内に抑えようとすれば、賃金上昇率も抑制される。この点は、インフレ率の上昇とともに家計の実質購買力を抑制するだけでなく、企業の場合と同じく期待成長率を押し下げ、住宅購入や耐久財の消費を下押しする一方、予備的動機による貯蓄を押し上げることに繋がりうる。

カーニー総裁は、記者会見の中で、経済見通しの中心シナリオの下では、緩やかで限定的な利上げという方針が維持されることを確認し、それがBrexitを巡る不透明性の低下という支援材料を得たことは事実である。

しかし、こうした不透明性の低下が英国経済が構造的に抱えている問題にむしろ目を向けさせ、それは危機対策のような短期的な対応では解決し得ないとすれば、BOEの金融政策を巡る環境やインフレを巡るトレードオフも好転したとは言い切れないように見える。

Monetary Policy Report

IRから衣替えされたMPRは名称が変更されただけでなく、構成や内容も大きく変更された。

前者に関しては、IRは、「海外経済とfinancial condition」、「需要と生産」、「供給と労働市場」といった物価の決定要因をカテゴリー別に検討し、最後に物価の現状評価と将来見通しを導く構成になっていた。つまり、MPCでの物価見通しを巡る議論の過程を素直に反映する印象を与えるものであった。

これに対し今回(11月)のMPRは、冒頭の「経済見通し」で景気と物価の見通しやその背景を説明したあと、「現在の経済状況」のパートで、海外経済やfinancial condition、国内の総需要と総供給に関する説明がなされている。結論とそれに直接関わる要素を先に持ってくることで、メッセージの明確化の意図が推察される。

内容面では、MPRには新たにトピック分析のパートが加えられた(今回は「保護主義と世界経済見通し」および「不透明性とBrexit」の二本立て)。IRにあったようなBOXも残されており、その意味で執行部による分析的な内容の強化が図られた訳である。

このように、IRは物価見通しとその合理性を示すことに特化したものであったのに対し、少なくとも今回(11月)のMPRは、より広範な要素に関する議論に目を向けるとともに、物価見通しだけでなく、経済見通しにも大きなウエイトを付与する印象を与えている。 BOEの政策目標が物価のみであるという枠組み自体には、もちろん変更はないが、MPRは実際の政策運営における「flexible target」に照らして、より親和性が高いように見える。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融ITイノベーション研究部

    主席研究員

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