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ECBのラガルド総裁の記者会見-Strategic review

2019/12/13

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はじめに

ECBによる今回(12月)の政策理事会は、事前の予想通りに金融政策の現状維持を決定したほか、執行部による景気や物価の新たな見通しも前回(9月)対比で小幅な修正に止まった。一方でラガルド新総裁が、記者会見の冒頭説明で、金融政策の戦略見直しについて概要に言及したため、その展望に関して質疑の多くが集中することとなった。

景気と物価の見通し

戦略見直しに関する議論に入る前に、経済情勢に関する判断をみておくと、今回(12月)の声明文は前回(10月)の表現を概ね踏襲している一方で、景気減速に対する安定化の兆しやコアインフレ率の緩やかな上昇の兆しが見られ始めたといった、若干前向きの評価も加えている。

その根拠についてラガルド総裁は、景気に関しては貿易摩擦やBrexitを巡る不透明性が前回(10月)に比べて深刻度合いが低下した(less pronounced)ことを挙げた。物価に関しては、賃金上昇の継続や海外経済の緩やかな回復によるとの見方を示した。

実際、執行部が今回(12月)改訂した経済見通しによれば、2020~21年の実質GDP成長率は+1.1%→+1.4%と、前回(9月)の+1.2%→+1.4%とほぼ不変に維持された。同じく2020~21年のHICPインフレ率も+1.1%→+1.4%と、前回(9月)の+1.0%→+1.5%からは微修正に止まった。

経済見通しの下方修正が予て続いていた点を考えると、そうした負のスパイラルが一旦止まったこと自体は望ましい動きである。それでも、ユーロ圏経済が見通し通りに推移しても、2022年には経済成長率が+1.4%と潜在成長率を下回り、HICPインフレ率も+1.6%と目標には及ばない。ラガルド総裁も質疑の中でこの点には懸念を示し、財政政策や構造改革も動員する必要があるとの考えを強調した。 一部の記者は、中央銀行が財政当局と接近しすぎることによって独立性が損なわれるリスクを指摘したが、ラガルド総裁は、独立性の重要さを確認しつつも、異なる政策当局が与えられた役割を果たす上で連携することはpolicy mixの本質であるとして、そうした懸念は当たらないとの考えを示唆した。

金融政策の戦略見直し

ラガルド総裁は、冒頭説明を終えて質疑応答に入る前に、戦略見直しの概要を自ら進んで説明した。

つまり、①前回(2003年)から長期間が経過したので見直しは当然である、②2020年1月から年内一杯かけて包括的な見直しを行う、③欧州議会や学界、市民といった外部の意見も聴取する、 ④現時点で特定の結論を想定している訳ではない、といった基本線を示した。また、そうした検討に際しては、イノベーションや気候変動、経済格差の拡大といった新たな動きの意味合いを取り込む方針を併せて示した。

これに対しては、インフレ目標自体も見直しの対象になりうるかどうかを質す向きがみられた。ラガルド総裁は、ECBにとって物価安定が政策目標であること自体は尊重するとしつつ、明確な回答は避けたが、結果的には対象に含まれるとの印象を与えた。

その上で、質疑応答では政策手段に関する質問がより多く示され、なかでもマイナス金利については、副作用の問題やリバーサルレートとの関係が取り上げられた。ラガルド総裁も副作用に対する懸念に同意し、域内の中央銀行による様々な推計を集約していると説明した一方、政策金利の引下げは金融環境の緩和を通じて物価目標の達成に有効であるとの考えも確認した。また、現在のユーロ圏では企業向けや家計向けの銀行貸出が増加している以上、政策金利はリバーサルレートに達した訳ではないとの理解を示し、いずれにしても副作用と政策効果のバランスが重要であることを確認した。

9月の緩和パッケージにおいて反対の多かった資産買入れについても、記者からは、他の手段との対比での相対的な有効性や量的な限界に関する質問が示された。

このうち前者に関してラガルド総裁は、イールドカーブを念頭に置いた場合、マイナス金利は短期、フォワードガイダンスは中期、資産買入れは長期の各ゾーンに働きかけるものであり、相互に補完性をもつので、個々に取り出して議論すべきでないとの考えを示した。一方、後者に関しては、今回の政策理事会ではそうした議論はなかったとの説明に止めた。

さらに別の記者が、今回の見直しではECBが過去に活用した手段だけを対象にするのか、それとも、株式の買入れや「ヘリコプターマネー」のような新たな手段も検討するのかを質したのに対し、総裁は、特定の手段への言及は避けたが、過去に活用していない手段も検討対象として排除しない方針を示唆した。

なお、戦略見直しの内容に関する質問とは必ずしも言えないが、この記者は、ECBによるデジタル通貨の検討状況についても質した。これに対してラガルド総裁は、域内の中央銀行で様々な研究や実験が行われてきたことを踏まえて、そうした専門家によるタスクフォースを立ち上げ、技術動向に限らず幅広い視点での検討を始めたことを説明した。併せて、ユーロ圏には資金決済のデジタルネットワークが既に存在することも指摘し、その有効活用も重要であるとの考えを示した。

コミュニケーション

ラガルド総裁は、金融政策の戦略見直しに関する説明の直前に、コミュニケーションのあり方についても自ら進んで説明した。ポイントは、①個々人によって異なるスタイルがあり、ラガルド総裁も自分流のやり方で対応する、②発言の深読みや過去の総裁との比較は止めて欲しい、③聴衆の特性を踏まえて、異なるアプローチを取る、といった点であった。

少なくとも今回(12月)の記者会見では、個々の質問に時間をかけて丁寧に説明する姿勢が目立った。その結果、ラガルド総裁の考えはより明確に伝わった印象を受けたが、戦略見直しの対象としてインフレ目標自体や過去に活用したことのない政策手段も含まれる印象を与えた点は、政策理事会での議論の進捗度合いに照らして心配な面もある。

なお、戦略見直しの一環として市民の意見を聴取する方針は、 BOEやFRBによる類似の取り組みも踏まえると、中央銀行のコミュニケーションにおける一つの流れになってきた印象を受ける。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融ITイノベーション研究部

    主席研究員

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