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新千スイスフラン札と高額紙幣の問題

2019/03/11

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千スイスフラン札を守るスイス国立銀行

スイスで、新しい千スイスフラン(約11万円)札が発行された。スイスでは20年毎に新札が発行されている。2016年から、50フラン、20フラン、10フランと順にスイスフラン札が新調されていき、このほど千スイスフラン札も新調された。この千スイスフラン札は、世界で最も高額な紙幣とされる。

他方、世界では高額紙幣は次々に廃止されている。欧州中央銀行(ECB)は2016年5月の理事会で500ユーロ紙幣の発行を停止することを決め、2019年初めに実際に発行を停止した。また、2013年末にはデンマークが、高額紙幣である1,000クローネ紙幣の発行停止を行っている。米国では1969年に500ドル、千ドル、5千ドル、1万ドル紙幣の発行が取りやめられた。シンガポールでも2014年に、当時世界最高額だった1万シンガポールドル紙幣(現在の為替レートで約85万円)の発行を取りやめた。

このように、世界で高額紙幣が次々と廃止されている背景には、高額紙幣には、高額を簡単に持ち運びすることができるがゆえに、麻薬取引などの犯罪、マネーロンダリング(資金洗浄)、脱税などに利用されやすいことがある。

スイスの千スイスフラン札についても、同様な観点からその廃止を主張する声は常にある。しかし、そうした批判を撥ねつけて、千スイスフラン札を維持してきたのは、スイス国立銀行(中央銀行)だ。実際、千スイスフラン札の需要は強い。それは、10年前のリーマンショック、欧州債務危機、スイス中央銀行による2014年のマイナス金利政策導入後に需要はさらに高まっている。

スイス国立銀行は、「スイスの高額紙幣とりわけ千スイスフラン札が、犯罪目的に多く利用される傾向は見られない」と説明している。また、スイスの高い物価、高い賃金を踏まえれば、高額紙幣の発行は妥当としている。スイス国立銀行の調査によれば、過去2年の間に千スイスフラン札を手にしたとの国民の回答は、40%に達している。

しかし、こうしたスイス国立銀行の説明にも関わらず、千スイスフラン札を維持することへの批判は根強い。その代表的な論者が、ハーバード大学のケネス・ロゴフ教授だ。同氏は、千スイスフラン札に需要があり、実際、スイス国内で広く使われているのは、脱税と犯罪の目的によるものが多いはずだ、としている。

高額紙幣への批判は日本にも

高額紙幣への批判の矛先は、日本に向けられる可能性もあるだろう。ロゴフ教授は、かつて、日本経済新聞のインタビュー(注1)で、マネーロンダリング、脱税、収賄などの犯罪行為に高額紙幣が利用されているとして、1万円札と5千円札の廃止を提案している。

しかし、日本における現金流通水準の高さや高額紙幣の利用度の高さを、こうした犯罪行為の証拠と考えているとすれば、それは誤解であろう。ドル紙幣やユーロ紙幣については、仮にそのような指摘は当たっているとしても、日本については当てはまらない。

現金発行残高全体に占める1万円札の比率は、金額ベースで9割を超えており、スイスと並んで、最高額面紙幣の構成比率としては主要国の中で突出している。ロゴフ教授は、これをもって、日本においても高額紙幣の多くが非合法な経済活動に使われていると考えている模様だ。

かつて、マイナンバー制度の導入と時期を併せて、日銀券発行増加ペースが一時的に高まったことを踏まえると、税務当局に保有資産を捕捉されたくないとの考えが、現金保有の誘因になっている可能性は否定できないところだ。しかし、それが実際の避税行為、脱税行為と結びついている比率が高いことを示す証拠はない。ましてや、現金がその他の犯罪行為に利用されている比率は、日本ではかなり低いと考えられる。

高額紙幣批判は、それぞれの国の事情などにも十分に配慮して、慎重に行われるべきだろう。

(注1)「日本は1万円札を廃止せよ」日本経済新聞、2017年8月1日付

執筆者情報

  • 木内登英

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部
    エグゼクティブ・エコノミスト

    金融ITイノベーション事業本部 エグゼクティブ・エコノミスト

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