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人事権行使で金融政策に介入するトランプ政権

2019/04/09

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トランプ大統領は利下げを要求

トランプ大統領は、米連邦準備制度理事会(FRB)の金融政策に対する露骨な批判、介入を繰り広げている。4月5日に発表された3月の米雇用統計で、非農業部門雇用者増加数は著しく縮小した2月から再び拡大に転じ、市場予想を上回った。しかし、その後にトランプ大統領は記者団に対して、「FRBは利下げすべきだ。FRBが経済を減速させたのは間違いない。インフレはない」と発言している。また、「利下げに加えて、市場に出回るお金の量を増やす量的緩和も進めるべきだ」と主張したのである。

ウォール・ストリート・ジャーナル紙によると、トランプ大統領は、最近、共和党の上院議員らに対して、FRBの利上げがなければ成長率や株価はもっと高い水準となり、政府の財政赤字は膨らまなかった、などと述べたという。さらに、FRBのパウエル議長のことを、「ムニューシン財務長官がよこしたのは、こんなやつだった」とも述べたという。2日の同紙電子版は、3月8日にトランプ大統領がパウエル議長に電話をし、「あなたとは(離れたくても)離れられないようだ」と述べ、金融政策への不満を伝えたとも報じている。これは、トランプ大統領がパウエル議長の解任を検討したものの、それが法的に難しいことを理解したことを踏まえての発言だろう。

人事を通じた金融政策への介入手法

FRBの金融政策に対する口先介入が期待した程の効果を挙げていない、と考える一方、パウエル議長の解任もまた難しいことを悟ったトランプ大統領が、次に画策したのが、FRBの金融政策運営に批判的で金融緩和を志向する人物を、新たに理事に指名することのようだ。人事権を利用して、政府が独立機関の政策、運営に影響を与えようとするこうした手法から、近年の日本の状況を想起する向きもあるかもしれない。

FRBの議長・副議長を含む理事7人のうち、現在2人が空席であるが、トランプ大統領は4日に、2012年の大統領選で共和党の候補者指名獲得レースに出馬したハーマン・ケイン氏を指名する意向を表明した。同氏はピザチェーンの経営者を務めたこともあり、トランプを支持する政治活動にも関わったとされている。トランプ大統領はもう一つの空きポストには、2016年の大統領選で自身の経済顧問を務めたスティーブン・ムーア氏を指名する考えで、これも「論功行賞」的な人選だ。

両者の理事就任には、上院の承認が必要であることから、就任は確実とまでは言えない。また、米公開市場委員会(FOMC)で投票権を持つ現在の10人のメンバーに両氏が加わるだけで、政策決定が一気に変わる訳ではないだろう。しかし、FRBの金融政策は、既にトランプ政権の影響をかなり受けていると見られるなか、こうした新たな人事によってその影響力は一段と強まろう。

物価に過度に結びついた金融政策運営は危険

既にみたように、トランプ大統領はFRBの金融引き締め策が米国経済を減速させたと批判しているが、これは誤りだ。現在、米国経済に部分的に見られる弱さは、概ね海外経済の減速を反映したものだろう。逆に、中国や欧州を中心に米国以外の経済が顕著に減速するなかでは、米国経済は驚くほどの安定性を維持している状況とも言える。しかし、その背景にある過度の財政拡張策は、双子の赤字をより深刻化させ、それはドル安や長期金利上昇といった形で金融市場が不安定化するリスクを高めているのではないか。

他方、インフレはないことを理由に金融緩和を求めるトランプ大統領の主張点は、FRBにとってはより反論するのが難しいともいえる。しかし、物価動向に過度に結びついた金融政策運営をすれば、それは、長い目で見て経済・金融の安定性を損ねてしまうリスクがある。

一般に、中央銀行が物価動向に注目し、また物価目標を掲げその達成を目指して金融政策運営を行うのは、物価動向が将来の経済の不安定化のリスクに繋がるような「経済の不均衡」を示すシグナルを発している、との考えに基づいている。ただし、「金融市場の不均衡」については、物価はシグナルを発しないのである。物価が安定している、あるいは目標値を下回るからと言って、金融緩和にバイアスがかかった金融政策運営を長く続けていると、資産市場、金融市場のバブル生成とバブル崩壊を招き、経済の安定を長期間に渡って損ねることにもなりかねない。これは、まさに、80年代後半以降に日本銀行が経験した失敗だ。

政府からの介入を許す中央銀行は国民からの信頼を失う

実際の物価上昇率が2%の物価目標に達しない中で、FRBは金融政策の正常化を相応に進めてきた。この点から、今までの政策は、物価動向・目標に過度にとらわれない、総合判断に基づいた柔軟な政策運営をしてきたものと評価できる。

しかし、政府からの強い介入を受けて、今後は、物価動向に縛られた、緩和方向へのバイアスが強い政策を強いられるのではないか。これは、金融市場の不均衡蓄積を促し、長い目で見た経済・金融の安定を損ねる、あるいは長期金利上昇やドル安のリスクを高めることになることが懸念される。

独立した機関である中央銀行に政府が介入しようとした場合、国民がそれを批判すれば介入は防がれる。しかし、現状では、トランプ政権によるFRBへの露骨な介入を受けても、それを強く批判する米国民の声は多く聞かれない。

他方で、政府の介入を受け入れて、中央銀行の政策が政府寄りに偏ると、いずれそれを批判する世論が高まる恐れがあるのである。日本銀行の「生活意識調査(2019年1月)」で、日本銀行を信頼していない理由として、「中立の立場で政策が行われていると思わないから」との選択肢を選択(2つまでの複数回答)した比率が51.0%と最大であることは、その好例なのではないか。

こうした経緯を通じて、中央銀行に対する国民の信頼が低下すれば、それが、政策効果を弱める、あるいは通貨価値の信認低下から経済・金融を不安定にさせるなどの弊害を生じさせる可能性がある。

執筆者情報

  • 木内登英

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部
    エグゼクティブ・エコノミスト

    金融ITイノベーション事業本部 エグゼクティブ・エコノミスト

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