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多様化する一帯一路構想の狙い

2019/05/09

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マレーシアとの劇的な和解

中国企業による一帯一路参加国への直接投資額は、2013年~2018年の6年間で900億ドル、日本円にして約10兆円以上に達したという。その資金は、中国の国有銀行や中国政府が一帯一路のために設立した「シルクロード基金」などから主に調達されている。この規模は、この間の中国の対外直接投資額全体の1割程度(筆者推定)、日本の2017年の対外直接投資額15.8兆円の6割以上と、相応の規模に達していると言えるだろう。

ところが過去1~2年は、中国から一帯一路参加国への直接投資の増加ペースが鈍っていると推察される。米国の「債務のわな」批判の影響もあって、参加国が投資受入れに慎重になっているためだ。さらに、国内企業の過剰な債務増加、国内銀行の過剰な貸出増加への対応から、中国政府が対外直接投資全体を抑制している影響もあるかもしれない。

一帯一路参加国の中で、中国の「債務のわな」を強く警戒する、いわば急先鋒であったのが、2018年5月に15年ぶりに首相の座に返り咲いた、マレーシアのマハティール首相だ。就任直後にマハティール首相は、中国と既に合意していた中国南部の昆明とシンガポールを高速鉄道でつなぐ計画を、「返せないほどの借金をしなければならない事業は必要ない」として、2年延期することを決めた。また、2018年8月の中国訪問時にマハティール首相は、中国主導で進んでいるパイプライン事業など、一帯一路関連のプロジェクト3件を中止することを表明した。マハティール首相は訪中時に、「新たな植民地主義は望ましくない。貧しい国々は豊かな国々と競争することができない」と痛烈に中国を批判した。

中国は、マラッカ海峡に面するマレーシアを一帯一路構想の拠点の一つと位置づけており、同国内の各地でも港湾も建設している。この点から、マハティール首相の新たな方針は、一帯一路構想全体に大きな障害となったのである。

ところが、マハティール首相は先月下旬に開かれた第2回一帯一路国際フォーラムに参加した。さらに、人民大会堂で習国家主席に迎えられたマハティール首相は、「一帯一路は偉大なイニシアチブだ」などと持ち上げた。

鉄道建設計画については、その規模を縮小するように、マハティール首相は中国側と粘り強く交渉を重ねてきた。当初は契約違反として賠償金を請求していた中国側は、最終的にはマハティール首相に歩み寄り、鉄道はルートを変えて短縮することに合意した。その結果、当初の建設費の3割が削減されたのである。

マハティール首相は、「中国がマレーシア側に歩み寄れば、一帯一路構想は中国が参加国をいじめ、搾取するものではなく、参加国を助けるものだ、との良いイメージを対外的に発信することができる」、との誘いをかけ、中国からの譲歩を引き出すことに成功した。マハティール首相はフォーラム直前にこの事業の再開を発表し、その上でフォーラムに臨んだのである。

一帯一路構想に込めた中国の狙い

一帯一路批判の急先鋒であったマハティール首相が、鉄道建設計画で中国側と合意をし、一帯一路構想を強く支持する姿勢へと一気に転じたことは、一帯一路参加国の中国に対する警戒心を和らげることに大きく貢献した可能性がある。

さらに、この先、世界経済が後退局面に陥る場合、一帯一路参加国は、国内インフラ投資で中国資金への依存を警戒するどころか、その依存度を一気に高めることも予想されるところだ。ファーウェイの5G関連機器と同様に、安価で比較的良質な中国企業によるインフラ関連の建設へと回帰する動きが強まるのではないか。

習国家主席は、2013年秋に一帯一路構想を打ち出した。中国政府は、それを緩やかな経済協力関係を構築するものと説明してきた。しかし、海外からは中国に大きな利益をもたらすもの、との見方は根強い。

2017年10月の共産党大会で習国家主席は、海洋強国の建設を加速させる、と明言している。これは、米国などからの干渉を受けずに、中国に天然資源を運び入れるための海路を確保することを意味するものだろう。一帯一路構想は、中国が海外から安定的に資源を調達する環境を整える、という目的もまた担っていると考えられる。そして、それは、海路の安全を確保するための軍事力強化という目的とも一体であろう。この点を米国は強く警戒している。

また純粋に経済的側面に限定した場合、一帯一路構想を通じて中国政府が目指していることの一つが、国内での過剰生産能力の緩和であることは、当初から指摘されていた点だ。こうした中国の戦略を、過去の帝国主義になぞらえる向きもある。ロシアの革命家ウラジミール・レーニンは、「資本主義の国家が国内に過剰な資本と生産能力を抱えた際、それが国内経済に深刻な影響を与えることを回避するために、国外に市場や投資機会を見出そうとする。その試みが帝国主義へとつながるのだ」と指摘している。

中国では、リーマン・ショック後に実施した4兆元の大規模景気対策などが、鉄鋼、石炭、コンクリートなどの分野で過剰な投資と過剰な生産能力を生み出してしまった。そこで、国内での構造改革と並行して海外の一帯一路地域でのインフラ投資を促し、当地向けに過剰となった設備や過剰な鉄鋼、コンクリート等の建設資材の輸出を拡大することを通じて、国内の過剰生産能力の緩和を図っていると考えられる。

米中貿易摩擦後の起死回生策

米国との間で貿易摩擦が激化する中、中国は今後、米国向け輸出の大幅削減を強いられることになるだろう。さらに、ファーウェイの5G関連機器などハイテク製品については、米国の友好国向けの輸出環境も厳しさを増していく可能性がある。このように、中国経済の高成長を支えてきた輸出環境が急速に悪化する中で、中国経済が成長を維持するためには、新たな輸出先を開拓する必要がある。新たな輸出先として期待されるのが、一帯一路参加国なのである。このように、一帯一路構想が中国にもたらす経済的なメリットは、米中貿易摩擦が強まったことで、構想の開始当時と比べて各段に大きくなったと言える。

実際のところ、中国と一帯一路参加国との間の経済関係は強まっている。双方間での輸出入総額は2018年に1.3兆ドルと、前年同期比16.3%増となった。これは輸出入全体の増加率を3.7%ポイント上回っている。

さらに、米中貿易摩擦で輸出環境が急速に悪化するなか、中国では内需の掘り起しも急務となっている。その際に、一つの課題になるのは沿海部などと比較して発展に遅れがある内陸部の開発だ。そこで、一帯一路構想を内陸部の開発に活用することも中国政府は狙っており、それは実際に成果を挙げているようだ。

長江上流の四川盆地東部に位置する政府直轄地である重慶市の輸出入総額は、2019年第1四半期、前年同期比21.9%増加したが、そのうち、一帯一路参加国との輸出入総額は合計34.6%増加している。湖南省でも、2018年の一帯一路参加国との輸出入総額は合計36.5%増加した。

中国と一帯一路参加国との経済貿易交流は規模、質、共に向上する情勢にあり、質の高いプロジェクトにけん引され、経済・貿易協力は新しい段階に入った、と中国メディアは伝えている。

米中貿易摩擦激化によって従来の経済成長モデルに大きな狂いが生じた中国にとって、一帯一路構想は一種の起死回生策とも言えるだろう。

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