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新通貨・リブラが促す中銀デジタル通貨と通貨主権の侵害

2019/07/03

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中銀デジタル通貨発行議論の背景に犯罪対策

フェイスブックによる新通貨・リブラの発行計画は、各国中央銀行が独自の中銀デジタル通貨発行を急ぐべき、との議論を急速に呼び起こしている。そこで、まず、中銀デジタル通貨発行議論の背景を確認しておきたい。近年、中銀デジタル通貨発行の議論が高まった背景には以下の4点があった。

第1は、スウェーデンなど北欧諸国では、現金の利用が急速に低下するなか、銀行預金を持たないことなどから民間銀行が主導するモバイル決済制度を利用できない人を救済するために、中央銀行が自ら中銀デジタル通貨を発行することが議論されている。これは、いわゆる金融排除への対応であり、金融包摂の観点からの施策であると言える。

第2は、政府・中央銀行による情報管理強化の観点である。匿名性が高い現金決済のもとでは、脱税・避税行為が広まりやすい。また、現金決済は、マネーロンダリング(資金洗浄)などの犯罪にも利用されやすい。そこで、現金決済をデジタル決済に置き換え、さらにその運営を公的部門が担って取引情報を管理することで、こうした問題を解決できる。

中国の中央銀行である中国人民銀行が、中銀デジタル通貨の発行を検討している主な理由はこの点にあるだろう。仮に、すべての人が中銀デジタル通貨の口座を中央銀行に保有する形となれば、すべての取引情報は中央銀行によって捕捉、管理されることになる。

仮想通貨は金融システムの安定にとって脅威

第3は、民間発行のデジタル通貨、いわゆる仮想通貨の利用が広がると、中央銀行の業務に支障が生じる。とりわけ金融政策の有効性が低下する可能性がある。

仮想通貨による決済が現金決済を代替していけば、現金発行が減少していく。その場合、中央銀行の負債で利払い負担が生じない現金の比率が低下し、利払い負担が生じる中銀準備預金の比率が高まることで、中央銀行の業務執行を支える利子所得(シニョレッジ:通貨発行益)が減少してしまう。

また、仮想通貨が民間銀行預金を代替していけば、貸出原資の減少から銀行の貸出が抑制され、経済に悪影響が及ぶ可能性がある。それに加えて、金融政策、金融調節を通じて民間銀行の資金調達コストを操作し、民間銀行の預金金利や貸出金利に影響を与えることを通じて経済活動をコントロールするという、伝統的な金融政策の波及経路が遮断されてしまう。

他方、中央銀行自らが中銀デジタル通貨を発行し、そこに金利を付す場合、その金利を調整することで金融政策の効果を高めることができる。マイナス金利政策の有効性を高めることも可能となるのである。

第4は、仮想通貨が銀行システムを不安定にする可能性への対応だ。銀行経営不安などが生じた場合、利用者が預金を一気に仮想通貨にシフトすれば、銀行破綻リスクが高まる事態が生じ得る。

中銀デジタル通貨の場合には、中央銀行が銀行預金の金利と中銀デジタル通貨の金利とを調整することなどで、資金シフトをコントロールすることが可能となる。

仮想通貨の利用拡大観測は低下

民間が発行する仮想通貨の場合には、以上述べてきたような、金融排除・包摂、マネーロンダリング(資金洗浄)など犯罪、金融政策の有効性、銀行システムの安定性といった諸問題を引き起こし、社会厚生を低下させてしまうことが懸念された。他方、仕組みは似ていても、中銀デジタル通貨の場合には、こうした各種の問題に十分に配慮した形で設計できるだろう。

こうした背景のもと、ビットコインなど仮想通貨が広まったことを受けて、多くの中央銀行で中銀デジタル通貨の検討が開始されたのである。ところが、程なくして、このような心配は杞憂であるとの見方も浮上してきた。それは、仮想通貨がその価格のボラティティ(変動率)の高さゆえに、決済手段としての利用は限られる、ということが明らかになっていったためだ。

そこで、仮想通貨がマネーロンダリングなどの犯罪に利用されにくいよう、本人確認を強化することや、仮想通貨の流出事件による消費者(投資家)保護の強化が、金融当局の主な関心となっていった。また、金融当局は、決済の利用が限られる仮想通貨を暗号資産(Crypt Asset)と呼んで、通貨でないことを強調したのである。

BISが中銀デジタル通貨に前向きに転じる

ところが、フェイスブックが新通貨・リブラの発行計画を公表すると、事態は一気に変わり、再び上記のような諸問題への懸念が再燃したのである。特に、デジタル・プラットフォーマーであるフェイスブックが発行する新通貨ということもあり、プラットフォーマーに関わる問題、例えば、独占的地位、情報の独占、個人情報漏洩リスクなどが強く意識されたのである。

そして、こうした問題への対応という観点から、中銀デジタル通貨発行の議論が高まることになった。国際決済銀行(BIS)のアグスティン・カルステンス総支配人は、「想定しているよりも早く、我々は中銀デジタル通貨を作らなければならなくなるかもしれない」とフィナンシャル・タイムズのインタビューに答えている(注1) 。今年3月に同氏は、「中銀デジタル通貨を作ることは急務ではなく、その技術は十分に試験されていないため、慎重に取り組むことを望む」、「中央銀行も現在のところ、中銀デジタル通貨の発行という未知の領域に足を踏み入れるだけの価値を見出していない」と述べていた。

こうした発言からわずか数か月で、同氏は中銀デジタル通貨を作ることに一気に前向きに転じたのである。それほどまでに、新通貨・リブラの衝撃は大きかったということだろう。

リブラは国の通貨主権も脅かす

リブラが他の仮想通貨と大きく異なるのは、決済手段としての利用を促すために、主要な法定通貨のバスケットに価値を連動させる設計となっているところだ。その結果、リブラは疑似外貨となる。それが国内で広範囲に利用されること自体、各国の通貨主権が侵害されるという側面を持つだろう。

とりわけ、自国通貨の信用力が低い国では、自国法定通貨の利用がリブラの利用に急速に取って代わられ、疑似外貨によって通貨主権が大きく脅かされる事態となりやすい点に留意したい。

これは、自国の法定通貨がドルなどの信用力の高い外貨に事実上置き換えられていく、いわゆる「ドル化」という形で、現在でも起こり得ることだ。しかし、ドルなどの外貨が非公式にあるいは違法に国内で利用される場合とは異なり、リブラが国内で広範囲に、仮想通貨と同様に合法的に使用できるようになれば、そうしたプロセスがより急速に進みやすいのである。加えて、ネット上の簡単な手続きで完結することから、リブラが法定自国通貨を代替する動きは、より迅速に進みやすいだろう。

さらに、自国法定通貨の信用力が低い国でリブラが普及すると、既に述べたような現金及び銀行預金の代替がとりわけ急速に進んでしまう。それは、国内銀行システムの安定に大きな打撃となろう。

また、個人が自国法定通貨を大量に売却することでドルなどの主要外貨を手に入れ、それをリブラに交換することになれば、自国通貨の価値が大幅に下落し、生活コストの上昇などから経済は大きく混乱するだろう。そうした自国通貨の下落が、リブラへの資金シフトを促すという循環が生じるのである。

こうした点を踏まえると、自国通貨の信用力の低い国では、自国法定通貨がリブラにとって代わられる事態を回避し、通貨主権を守るためには、自国法定通貨とリブラを構成する信用力の高い通貨バスケットとの交換レートを安定化させることが求められる。そのため、金融政策がその目的に充てられるようになるだろう。これは、自国の経済政策の自主性が大きく制約を受けることを意味しよう。

このように、グローバル通貨として設計されるリブラは、各国の通貨主権、経済主権を大きく脅かしてしまう可能性を秘めているのである。

(注1)"BIS hones for focus on digital currencies", Financial Times, July 1, 2019

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