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コラム 木内登英のGlobal Economy & Policy Insight

日銀はなぜ円高を怖れるのか

2019/08/05

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トランプ大統領にドル安志向

8月1日にトランプ大統領が、中国からの輸入品3,000億ドル相当額以上に10%の関税を課す、対中追加関税第4弾を発動する考えを突如打ち出したことをきっかけに、為替市場では円高・ドル安が進行している。現在、106円台半ばと年初来の水準となっている。

米中貿易戦争がエスカレートすることで、世界経済の下方リスクは高まるが、そうした悪材料に対して、為替市場は通常、円高・ドル安方向に反応する。ただし今回、円高・ドル安への振れが大きくなった背景には、トランプ政権のドル安誘導の意図が意識されたこともあるのではないか。

トランプ大統領がこの追加関税の発動方針を打ち出したのは、進展が見られなかった米中閣僚級貿易協議の直後であったと同時に、米連邦公開市場委員会(FOMC)で0.25%の小幅な利下げ(政策金利引下げ)が決定された直後のことだった。トランプ大統領が米連邦準備制度理事会(FRB)に対して執拗に大幅な利下げを要求してきたのは、景気への好影響を期待するだけでなく、ドル安の効果を期待しているためである。それは、貿易相手国との間で米企業の競争条件を改善させ、米国の貿易赤字縮小に貢献すると考えているためである。

利下げが予想通りに小幅であったこともあり、FOMC後にドル安が進まなかったばかりか幾分ドル高に振れたことを、トランプ大統領は非常に不満に思ったのだろう。そこで、金融緩和を通じたドル安誘導が上手くいかないのであれば、追加関税を導入することで、中国との間における米企業の競争条件を改善させることを狙ったという面があるのではないか。この点から、追加関税はドル安の代替措置という側面があるのではないか。

さらに、トランプ大統領は、ドル安誘導のために単独での為替市場の介入も視野に入れていることを示唆している。このような、トランプ大統領の強いドル安志向を対中追加関税第4弾発動から読み取ったことが、為替市場が円高方向に大きく振れた背景にあるのではないか。

国民の間に広がる過度の円高恐怖症

そして、日本銀行は円高進行を強く警戒し、実際、1ドル100円に接近する円高が生じれば、追加緩和実施の引き金ともなり得よう。日本銀行はFRB、欧州中央銀行(ECB)の利下げに追随することなく、今年12月の決定会合頃までは、様子見姿勢を維持できるのではないかと考えられる。しかし、1ドル100円に接近する円高進行が生じれば、それ以前のタイミングで追加緩和を強いられる可能性もあるだろう。

日本銀行は円高進行を警戒し、それが追加緩和の引き金になり得るのは、国民の間に広がる円高恐怖症がその底流にある。日本銀行が公表している実質実効円レート指数で見ると、現在の円の水準は1973年の変動相場制移行後の平均値を27%も下回っている大幅円安だ。この実質実効円レート指数は、貿易相手国との間のインフレ率の格差を調整したものであり、日本企業の国際競争力を大まかに示している。日本のインフレ率が米国などのインフレ率を一貫して下回っていることから、名目のドル円レートでイメージするよりも、国際競争力の観点からみた現在の円の水準はかなり安いのである。

しかし、一般国民は、実質実効円レート指数を目にすることはなく、名目レート、特にドル円レートで判断する。以前より、国民は、円高進行は景気を悪化させると警戒を強める傾向がある。その一因は、日経平均株価にあるのではないか。日経平均株価には大手輸出企業の株式銘柄が多く含まれるため、円高が進むと、輸出企業の業績悪化を織り込んで、株価が下がりやすい。

実際には、ここに含まれない内需型の小規模企業は多く存在しており、それらは、円高のメリットを受けやすい。つまり、日経平均株価は、日本企業全体を正確に映す指数ではなく、偏った指数となっている。それでも、円高進行は日経平均株価を低下させることから、国民の間では、円高によるマイナスの経済効果のみが注目されやすくなっているのである。

経済的には意味がない1ドル100円が政策を動かす

こうした経緯から、円高、特に1ドル100円に接近する円高進行となれば、国民の間で先行きの経済に対する不安が高まる。さらに国民は、円高進行を止められなければ、それは政府や日本銀行の失策だと考える傾向がある。そのことは政治的にはマイナスであることから、選挙へ悪影響を懸念する政府は円高対策の実施を余儀なくされる。そして、政府が円高進行を警戒することから、日本銀行も政府に配慮して、円高を警戒する姿勢を見せる必要が生じる。このような経路で、円高進行は日本銀行の政策に影響を与えるのである。

特に日本銀行は、10年前のリーマンショック後に急速に円高が進んだ際に、日本銀行が緩和策に消極的であることが円高進行を招いたと政府、あるいは国民から強く批判された経験が一種のトラウマとなっており、そうした事態を再び繰り返すことを回避したいと強く考えているのではないか。

実際には、実質実効円レート指数で見ると、現状はかなり円安水準にある。そして、緩やかな円高であれば、エネルギー関連、食料品を中心に輸入物価を押し下げることで、個人消費にもプラスに働く。しかし、国民、政府の懸念に配慮して、経済的には何ら意味がない1ドル100円という水準を、日本銀行も意識せざるを得ないのである。

過去の経験を振り返ると、国民の間にある円高恐怖症を背景に、日本銀行は、1970年代のニクソンショック後の円高進行時、1980年代のプラザ合意後の円高進行時に、ともに過剰な金融緩和を実施し、バブル形成を招いている。国民の間に染み付いた過剰な円高恐怖症が日本銀行を動かし、結局は、バブル崩壊後の厳しい経済環境を生み出しているのである。この先も、同様なリスクがあるだろう。

国民自身が行き過ぎた円高恐怖症と、円高進行時に政府、日本銀行に安易に円高対策を期待するという政策頼みの姿勢を修正しなければ、こうしたことが今後も繰り返されてしまうだろう。

執筆者情報

木内 登英

エグゼクティブ・エコノミスト

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