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コラム 木内登英のGlobal Economy & Policy Insight

未だ見えない構造改革の成果

2019/09/06

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長期景気回復下でも払拭されない将来不安

9月11日に発表される内閣改造、自民党役員人事に合わせて、過去7年近くに及ぶ安倍政権の経済政策も、総括されることになろう。

長期政権を支えた長期景気回復のもとでは、雇用が大きく拡大するなどのプラス面は確認できている。多くの国民は、もはや失業の心配をせずに暮らせるようになった。

それでも、経済的な不満が解消されていないのはなぜだろう。恐らく、雇用が保証され、失業の心配がないだけでは、将来不安を払拭することができないからではないか。

将来にわたって生活の質を高めていくには、物価上昇を上回る賃金上昇、つまり実質賃金が相応のペースで増加を続けることが必要だ。そして、分配に変化がなければ、この実質賃金上昇率は労働生産性上昇率で決まることになる。雇用情勢が良い中でも、人々の将来不安が解消されないのは、労働生産性上昇率が悪化、あるいは下落を続けているからではないのか。

この点から、労働生産性上昇率を高め、潜在成長率を高めることこそが、社会厚生の観点において最も重要なことだ。しかし、それが実現されていないことが、人々の間でなかなか払拭されない将来不安の原因の一つとなっている。経済政策を通じて、労働生産性上昇率、潜在成長率を高めることを目指すのは、いわゆる構造改革である。この中には、財政健全化政策も含まれる。

成長期待は高まっていない

他方で、多くの財政出動策や金融緩和策は、一時的に将来の需要を前借りするだけで、経済の潜在力を高めることはできない。世界経済の歴史的な長期回復の追い風によって、需要は高まり労働需給はひっ迫したが、それが潜在成長率の上昇にはつながっていない。

日本経済の潜在成長率は現在+0.8%程度で、90年代からほぼ横ばい、あるいは緩やかな低下トレンドにある。現政権も、様々な構造改革、成長戦略を打ち出してきたが、それが、生産性及び潜在成長率全体の上昇につながった明確な証拠は残念ながら見られていない。それは、各種の政策が、企業の先行きの成長期待の上昇をもたらしていないからだろう。

人口対策、教育改革などの構造改革が経済の潜在力向上につながるまでには時間を要するが、それが将来の潜在成長率を高めると企業が考えられるような信頼感の高い政策が打ち出されれば、企業は将来の需要増加に備えて現在の設備投資を増加させる。それが現在の潜在成長率を高めるだろう。つまり、構造改革を通じた経済の潜在力向上は、企業に期待に十分に働きかけることができれば、前倒しで実現するものなのである。

所得再配分政策の問題点

しかし、現政権の経済政策は、構造改革よりも財政出動策や金融緩和策により比重が置かれてきた感がある。さらに、経済全体のパイを広げる構造改革よりも、その分配を変える所得分配政策により力点が置かれてきた感がある。それが、政府による春闘での企業に対する賃上げ要求、最低賃金の急速な引き上げであったりする。

しかし、本当に国民生活の向上のために必要であったのは、経済全体のパイを広げる構造改革、あるいは将来世代へのつけ回しが中長期の成長期待の低下につながりかねない、政府債務の増大に歯止めを掛ける政策であるべきだったのではないか。

日本では、所得格差はむしろ縮小している。また、企業と労働者の間の労働分配率は近年、概ね横ばいだ。輸出型大企業だけ見れば、輸出増加と円安の影響で収益は拡大し、労働分配率は低下しているが、こうした企業はひとたび世界経済が悪化し、輸出減と円高に見舞われれば、収益環境は著しく悪化してしまう。そうした循環的要素を除けば、分配に大きな偏りはないのではないか。格差問題は、かなり過大に議論されてきた感がある。

所得分配に歪みがある場合には、政府は必要最小限で介入が求められるが、過剰に介入すれば、経済の歪みをさらに高め、成長を阻害してしまう。例えば、最低賃金の急速な引き上げは、人件費の増加から、中小零細企業における雇用抑制をもたらし、また事業継続を難しくさせることになる。そうした可能性にも、配慮しなければならない。

所得分配政策が重視される傾向は、海外でも見られる。それは、ポピュリズムと強く結びついていよう。例えば、米中貿易摩擦も、所得を中国から米国内へ移転させる、国際的な所得再分配政策である。

構造改革重視の経済政策運営に期待

一例ではあるが、潜在成長率を高める措置としては、インバウンド需要の有効活用が挙げられるのではないか。人口減少が中長期の成長期待を押し下げている面があるが、インバウンド関連消費は既に年間4兆円を上回る。これは、人口減少による消費削減効果の7倍以上の規模に達しているのである。インバウンド消費が持続的であるとの期待を高めれば、設備投資を促し、人口減少下でも潜在成長率を高めることは可能なのだ。

ところが、現在のインバウンド需要が持続的なものであると企業が考えていない結果、設備投資は増えず、潜在成長率を高めることにつながっていないのが現状ではないか。外国人観光客の宿泊施設、交通手段への需要が高まっても、企業がホテル新設など関連投資に慎重である結果、供給不足が生じ、日本人にとってはなかなか予約がとれないなど、不満ばかりが募ってしまう。インバウンド需要の増加が、国民生活の向上には十分に貢献していないのではないか。

インバウンド需要は持続的なものであるとの企業の期待を高めることは簡単ではないが、日本への旅行拡大を促す近隣諸国への働きかけ、言語の面などでのインバウンドの受け入れ態勢の一層の整備、そして近隣諸国との友好関係を維持する外交努力、などが重要な施策だろう。

安倍政権が総仕上げの局面に入るなか、企業の成長期待を高め、人々の将来展望を明るくすることに寄与する、構造改革に一層力点を置いた経済政策運営に期待したい。

執筆者情報

木内 登英

エグゼクティブ・エコノミスト

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