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金融危機の再燃を予想するマービン・キングの警告

2019/10/21

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財政・金融政策では世界経済は救えない

10月20日(米国時間)までワシントンで開かれていた国際通貨基金(IMF)・世界銀行年次総会の関連会議に参加していた筆者が、10月19日午後(米国時間)のセッションで聞いた、元イングランド銀行総裁のマービン・キング氏の講演(注1)は、非常に印象的だった。

「世界経済の上下の変動、混乱時の経済政策」という名のセッションで、マービン・キング氏は、世界経済低迷の原因、金融・財政政策の有効性、中央銀行の危機対応への準備、などについて自説を展開した。

キング氏は、2018年のリーマンショック(グローバル金融危機)から10年以上が経過したが、その間の経済の回復ペースは当初の想定よりもかなり弱く、1930年代の世界恐慌後の経済の回復ペースをも下回ることをまず指摘する。この点は近年、ハーバード大学教授のサマーズ氏によって長期停滞(secular stagnation)と呼ばれるようになったが、その原因を需要の弱さに求めるのは正しくないとキング氏は説く。需要が弱いのであれば、伝統的な財政・金融政策で対応できる面があるが、そうではないという。

長期停滞については、サマーズ氏のようにその原因を需要側に求める議論と供給側に求める議論とがあるが、キング氏は後者だ。産業間での資源配分の失敗をその原因に挙げる。従って、それに対する適切な対応策は、需要全体の押し上げを狙う伝統的な財政拡張策、金融緩和策ではなく、ミクロの産業政策となろう。

生産効率の低い産業に金と人が過剰に集まれば、それは生産性上昇率全体の低下の原因となる。例えば、不動産価格の過剰な上昇によって、不動産業に過剰な資金が流れ込めば、それは不良債権問題など金融面での問題を生むことになる。こうした点から、現在の弱い経済と将来の金融危機のリスクとは結びついていることになるのだろう。

従って、金融危機を伴う深刻な景気後退は、1930年代の大恐慌時のようにブームのような強い成長の後に生じるとは限らない。10年前のリーマンショックの時は、息が長いが弱い回復の後に、金融危機を伴う深刻な景気後退が生じた。次の世界の景気後退も、そうした姿になるのではないか。つまり、「山高ければ谷深し」とはならずに、「山低けれど谷深し」になる可能性がある。そうしたもとで、いつ起きるかは分からないが、深刻な金融危機がいずれ起こるとキング氏は考えているのである。

次の金融危機に十分な備えを

国際通貨基金(IMF)・世界銀行年次総会の関連会議や、それに合わせて開かれたG20(主要20か国・地域、財務相・中央銀行総裁会議)でも、財政出動への期待が高まっているが、これについてキング氏は、金融緩和策に対する期待の低下がその背景にあると説明する。最近までは、他に打つ手がないからしかたなく金融緩和に対する期待が世界的に高まっていた(いわゆるonly game in town)が、金融緩和の効果に対する懐疑的な見方が広がり、また金融緩和の余地が限られているとの見方が世界的に広がったことから、消去法的に財政政策への期待が高まっている、との説明だ。当然ながら、キング氏は財政拡張策の効果にも懐疑的だ。

金融危機が生じた場合には、通常の金融緩和策は有効でないとしても、金融システムの崩壊を避けるために、流動性供給などで各国中央銀行が連携して対応する必要が出てくる。しかし、キング氏はこの連携が十分でないという。リーマンショック後は、先進国で構成されるG7(主要7カ国、財務相・中央銀行総裁会議)だけでは景気悪化や金融危機に対応できず、G20にその役割のバトンが託された。しかし、G20も機能せず、再びバトンはG7に戻ってきたが、G7も国際協調の場としては十分に機能してないという。キング氏は将来のグローバルな金融危機に備えて、新たな国際協調の枠組みを早急に作る必要があるとする。

10年前のリーマンショックの時は、国民の税金を投入する銀行救済策を巡って米国議会は紛糾したが、その後、この銀行救済が国民から強く批判されたことを踏まえると、銀行救済策のハードルは一段と上がっているだろう。その結果、次に金融危機が生じた場合、その危機への対応が遅れてしまうリスクがある。これは、米国のみならず他の国でも同様だろう。そのため、危機が起こる前に、金融当局と政府、議会が危機時の対応策についてしっかりと議論をしておくことが重要だ、とキング氏は言う。

リーマンショック後の世界の危機対応、いわば火消し役を担ったキング氏は、再び次の金融危機の発生リスクや対応の遅れを強く懸念しているのである。その言葉は非常に重いものがある。

(注1)https://twitter.com/i/broadcasts/1MYxNPenaaOGw

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