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ECBのラガルド総裁の記者会見-Sustainability

2020/01/24

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はじめに

ECBは、今回(1月)の政策理事会で、事前の予想通りに金融政策の現状維持を決定した。また、既に予告していた通り、金融政策の戦略に関する見直しを、本年末までかけて行うことを決定し、その概要を公表した。

景気と物価の判断

今回(1月)の声明文やラガルド総裁の冒頭説明は、足元の景気が前回(12月)の見通しに沿って推移しているとの見方を確認した。つまり、外需の弱さと海外経済の不透明性が製造業の活動と設備投資を下押ししている一方、良好な雇用と賃金、緩やかな財政の拡大などによって建設やサービスといった内需関連の活動は堅調さを維持していると評価した。

外需に関して記者からは、米中摩擦の第一次合意によって、先行きの不透明性が幾分低下したのではないかとの質問がなされた。これに対しラガルド総裁はそうした面を認めつつも、中国が合意内容を遂行する結果、ユーロ圏に対する需要が影響を受ける可能性がある点も指摘するなど、慎重な見方を示した。

ユーロ圏経済の先行きについてもラガルド総裁は、下方リスクがなお大きい点を確認するとともに、メインシナリオとしても現在と横ばい(因みに、昨年第3四半期の実質GDP成長率は前期比+0.3%)程度の推移に止まるとの見方を示した。

物価に関しても、総合インフレ率は若干回復しているが、基調的インフレ率は依然として弱く、かつ賃金上昇からの波及も弱いと説明した。ただし、期待インフレ率はなお低位であるものの、安定化ないし底打ちの兆しがみられると評価した。先行きについては、景気の緩やかな拡大と賃金上昇からの波及などによって、緩やかに加速するとの見方を維持した。

政策判断

今回(1月)の政策理事会は金融政策の現状維持を決めたが、前回(12月)の議事要旨に示されていたように、当面は9月の金融緩和パッケージの効果を見極めることが適当であろうし、上記のように景気や物価の見通しに慎重さが残る以上、ECBが強調するように緩和的な政策スタンスの維持が必要となる。

これに対し数名の記者からは、スウェーデンのリクスバンクがマイナス金利政策を解除したことにも言及しつつ、長期にわたる低金利の副作用に関する質問がなされた。

ラガルド総裁は、各国の金融経済情勢には違いがあるので、その下で各中央銀行が最適な政策を運営すべきという前提を確認した上で、リクスバンクについても、この間のマイナス金利政策は景気や物価の面で所期の効果を発揮したとの理解を示した。

また、ドイツの家計の資産運用に対する悪影響への懸念に関しても、ECBの金融緩和によって雇用が拡大するなど、全体としてはプラスの面が大きいと主張した。その上で、適切な財政刺激があれば、金融緩和の効果は強まると付言した。

なお、9月の金融緩和パッケージの一環として導入された当座預金の階層構造については、その効果を問う質問もみられた。 ラガルド総裁は、政策理事会内に事前には懐疑的な見方もあったことを認めつつも、銀行のコスト負担の軽減や、短期金融市場の活性化といった点で所期の効果を挙げているとの評価が、今やコンセンサスであると指摘した。

金融政策の戦略の見直し

ECBは今回(1月)、見直しの概要に関する対外発表を行った。

検討対象を、物価安定の定量的な位置づけ、政策手段、金融経済の分析のあり方、コミュニケーションとしたうえで、金融システム安定や雇用、環境のサステナビリティも検討対象となりうるとした。こうした見直しは2020年末までに完了するとされ、その間に徹底した分析と、すべてのステークホルダーと議論を行うとした。

対外発表文に引用されたラガルド総裁のコメントには、(2003年の見直し以降に)ユーロ圏経済が顕著に変化しただけに、ECBの(物価安定の)マンデートを最善に果たすために、金融政策の戦略の見直しを行うべき時期に来ているとの考えが示されている。

見直しに際しては、これまでの政策運営を整理した上で、戦略の変更が必要な個所を検討するとし、物価安定の定量的な位置づけが、達成のための手段のあり方とともに中心的論点になるとの見方を示している。また、最近10年間(つまり、世界金融危機後)の政策手段について、効果と副作用を精査する方針も示している。

今回(1月)の記者会見は、上記のような内容の対外公表直前に行われたこともあり、質問はいくつかの点に集中した。中でも多くの記者が取り上げたのは、見直しの中での気候変動に関する役割の位置づけである。

これに対しラガルド総裁は、ECBが既に職員の年金基金や法定準備金の運用対象を決定する際に、サステナビリティを考慮していることを説明したうえで、欧州委員会によるイニシアティブに対して何ができるか議論することは必要との考えを示し、例えば社債買入れ(CSPP)においてグリーンボンドを対象にするといった案を例示した。

加えて、経済見通しのリスク評価において気候変動を考慮に入れるとか、金融システム安定の観点から、BISが提唱したようにストレステストにこうした要素を加味する可能性も示唆した。

気候変動に関するラガルド総裁の積極姿勢に対しては、一部の記者から、結果的には具体的な対応につながらないのではないかとの懐疑的な見方も示された。これに対しては、物価安定目標の達成に支障にならないか、あるいはそもそも中央銀行のマンデートなのかといった慎重な意見があることは承知しているが、ECBとして何が貢献できるか試みることは必要と反論した。

このほか、一部の記者はコミュニケーションの論点を取り上げ、政策理事会の回数やコンセンサスベースの政策判断の妥当性を質した。ラガルド総裁は、前者の見直しに否定的な考えを示した一方、後者に関してはむしろ意見の相違を重視し、多数決での決定も今後生じうるとの見通しを示した。

最後に別な一部の記者は、今回の見直しが完了するまでは政策変更が困難かどうかを質したが、ラガルド総裁はこうした思惑を否定し、見直しの期間中も、必要に応じて柔軟に政策を運営する方針を示した。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融イノベーション研究部

    主席研究員

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