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ECBのラガルド総裁の記者会見-Effective backstop

2020/03/13

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はじめに

ECBは今回の政策理事会で、銀行に対する流動性供給と資産買入れの強化からなる金融緩和策を決定した。ECBの銀行監督部門も、自己資本比率規制と流動性比率規制の一時的緩和を決定した。ラガルド総裁の記者会見を参照しつつ、政策決定の考え方や内容を検討したい。

政策決定の考え方

今回の声明文は、新型肺炎の拡大によってユーロ圏経済に一時的だが重大なショックが生じているとし、特にサプライチェーンの毀損、感染抑制策に伴う内外需要の低迷、先行きの不透明化を背景とする家計や企業の支出抑制が深刻との理解を示した。

その上でラガルド総裁は、ECBが対応すべき問題は、経済活動に必要な流動性の維持、銀行による金融仲介の維持、市場の過度な反応の抑制の三点であるとし、これらの目的に最も効率的かつ焦点を絞った政策対応を決定したと説明した。また、声明文だけでなく質疑応答でも、域内国政府による「大胆で協調的」な財政出動が必要との主張を繰り返し、特に供給側の問題には財政が率先して取り組むべきとの考えを強調した。

今回の政策理事会は執行部による経済見通しの定例見直しのタイミングであるが、ラガルド総裁は新型肺炎の影響を一部しか織り込んでおらず、今後に修正が必要と説明した(このため本コラムも触れない)。また、影響が収束するめどについては、ラガルド総裁は遅くとも2021年の後半には回復が明確になるとした上で、具体的な回復時期は域内の政策当局の協調如何によると指摘した。

政策決定の内容

今回決定した金融緩和策は三本柱からなる。

第一にLTROの機動的運営である。TLTROの強化は今年の6月実行分から適用されるので、その間をブリッジすることを目的に、3月16日から毎週LTROを実施し、全ての満期を6月のTLTRO実行日(6月24日)に合わせた。これらの利率は預金ファシリティと同じ(-0.5%)である。

第二にTLTROの強化である。利率のベースをMROの利回りよりも-0.25%引き下げ、貸出残高を維持しただけで利率を預金ファシリティの利回りよりも-0.25%引き下げることにした(これまでは、利率のベースがMRO利回りで、貸出が2.5%以上増加した場合に利率を預金ファシリティと同じまで引下げ)。また、利用限度額も、基準時(2019年2月末)の貸出残高の50%へ引上げた(従来は30%)。

第三に資産買入れの強化である。これまでの毎月200億ユーロ増に上乗せして、本年末までに1200億ユーロの買増しを行うとした。増加分は主としてCSPP(社債買入れ)に振り向けるほか、ラガルド総裁は一定のペースでの買い増しでなく、状況に応じて機動的に運営する方針を示唆した。

一方、市場が予想していたマイナス金利の深堀りは見送られた。記者会見ではこの点に多くの質問が集中したが、ラガルド総裁は、ECBが対応すべき問題は先に見た三つであり、それらに即した政策を全会一致で決定したことを説明するとともに、今回の金融緩和策は十分に強力な対策であり、銀行監督面からの対応(後述)も講じられているとして、BOEやFRBに比べて政策対応が相対的に弱いとの見方を否定した。

さらに、利下げの見送りは為替切下げ競争の回避が目的ではないかとの記者の指摘も否定し、ECBにとって為替レートは政策目標ではないとの考えを確認したほか、ユーロ圏の銀行貸出がプラスの伸びを維持していることを根拠に、政策金利が既にリバーサルレートに達したとの懸念も否定した。

その上で、ドラギ前総裁のように「whatever it takes」の状況とは異なるとしつつも、ラガルド総裁は、今後の状況次第で全ての政策手段を活用する用意があるとの方針を確認し、マイナス金利の深堀りを含めた追加緩和の余地を示唆した。

一方、資産買入れについては、別の多くの記者から国債買入れに関する制約(保有比率の上限やcapital keyによる配分ルール)に抵触する恐れや対応策に対する質問が提示された。

これに対しラガルド総裁は、①資産買入れの上乗せ分は主として社債買入れに振り向ける、②域内各国が財政支出を増やすことで国債発行が増加するため、国債買入れに関する制約も幾分緩和する、③ECBはこれまでと同じく資産買入れに関する柔軟性を最大限活用する、といった点を挙げて懸念を否定した。

さらに、新型肺炎の影響が深刻なイタリアの国債利回りが上昇し、ドイツ国債とのスプレッドが拡大した場合の対応についても数名の記者が取り上げたが、ラガルド総裁は、今回の対応によってイタリアの家計や企業、金融機関は十分恩恵を受けるとし、スプレッドの拡大阻止はECBの役割ではないとした。

銀行監督面の対応

ECBは、SSMによる直接的な監督下にある銀行に対して、P2GとCCBによる自己資本比率とLCRによる流動性比率を一時的に割り込むことを容認するとした。また、個別の金融機関ベースで、オンサイトの検査や不良資産を含む計数の徴求等で柔軟な扱いをすることも通知した。

これらは、昨日のBOEによる決定と同じく、銀行が新型肺炎による経済や市場のストレスの下でも、企業や家計に対する与信を維持するよう促す措置である。ただ、ユーロ圏の場合、これらの措置はあくまで直接の監督下にある大手銀行のみが対象であり、中小企業を主たる顧客とする中小銀行については、各国当局の扱いに委ねられる。また、CCyBもECBでなく各国当局が判断することになる。

政策判断の評価

欧州市場は、マイナス金利の深堀りがなかった点に失望したようだが、ECBにとっての現在の三つの問題に対応する上では、今回の三本柱には合理性があり、また相応の強度もある。ただし、市場の過度な反応の抑制という問題への対応は、一部の記者からも指摘されたように、G7の直後でもよかったかもしれない。

一方、マクロプルーデンス政策との連動も、昨日のBOEと同じく合理的であり、相応のインパクトを持ちうる。ただし、監督当局は自己資本比率の低下を受け入れつつ与信を維持しようとする銀行にstigmaが生じないよう、慎重なフォローアップも必要となる。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融イノベーション研究部

    主席研究員

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