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FRBの緊急利下げ(第2弾)-Effective lower bound

2020/03/16

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はじめに

FRBは臨時のFOMCを15日に再び開催し、大幅な利下げとフォワードガイダンスの強化、国債やMBSの大規模な買入れの再開、 Discount Window金利の大幅な条件緩和、主要6中銀による米ドルスワップの強化などからなる金融緩和パッケージを決定した。内容を概観するとともに、意味合いを検討したい。

コロナウイルス問題の影響に対する認識

今回臨時に開催された記者会見の冒頭説明で、パウエル議長は、米国経済は2月までは緩やかな拡大を維持していた点を確認した上で、コロナウイルス問題が経済に深刻な課題を突き付けているとの認識を示した。

具体的には、①運輸、旅行、宿泊業界の活動は既に急激に低下、 ②多くの海外諸国での経済活動の低下を通じて米国のサプライチェーンを困難化するとともに米国の輸出を抑制、③原油価格の大幅下落によりエネルギー業界を圧迫、④金融環境が顕著にタイト化し、金融市場のボラティリティが上昇、といった形で表れていると整理した。

政策決定の内容

今回決定した金融緩和パッケージの概要は以下の通りである。

第一にFFレートの大幅な引下げとフォワードガイダンスの強化である。FFレートの誘導目標を0~25bp、IOERを10bpとし、事実上のゼロ金利政策に戻ることになった。しかも、米国経済が今回の問題を乗り越えたと確信できるまで、これらを維持するとした。

第二に国債とMBSの大規模な買入れの再開である。今後数か月の間に、少なくとも、国債は5000億ドル、MBSは2000億ドル、各々保有残高を積み増すとした。同時に、MBSの償還分の国債への乗り換えを停止し、MBSへの再投資を再開することとした。

第三にDiscount Windowの条件の大幅な緩和である。各連銀が域内の金融機関に提供しているこのファシリティについて、 primary creditの適用金利を150bp引き下げて25bpとした―このうち100bpは利下げに伴う分で、50bpが実質的なスプレッドの縮小分-ことに加えて、原則としてO/Nのみであったものを90日まで利用可能とした。

同時に3月26日に始まる準備期間からは預金準備率をゼロに引き下げるほか、各連銀が提供するIntraday creditの活用を金融機関に促した。

第四に、主要6中銀(FRBのほか、BOC、ECB、BOE、SNBと日銀)が連携して提供している米ドルスワップの条件緩和である。適用金利を25bp引き下げて、OIS金利+25bpとしたほか、既存の1週間ものに加えて、84日物を提供するとした。

政策決定の意図

声明文やパウエル議長の冒頭説明では、必ずしも直接的な説明はなされていないが、大幅利下げは、金融環境のタイト化を抑制することで、経済活動の低下を防ぐとともに、コロナウイルス問題に伴う影響が解消していく際に、経済を元の成長軌道に対して力強く回帰するよう支援することが意図されているのであろう。

これに対し、大規模な資産買入れの再開には詳細な説明が加えられている。まず、米国債市場は世界の金融システムの基盤であるほか、家計や企業にとっての安全資産でもあって、市場のストレスは実体経済に波及するとの認識を示した。このため、大規模な買入れによる市場機能の安定が必要との判断を示した。また、MBS市場は国債との密接な連関があるだけでなく、家計による住宅借入を支持する役割を果たしており、大規模な買入れによる市場機能の安定と、金融緩和の波及効果の確保が必要とした。

これに対し、Discount Windowの大幅な条件緩和などについては、金融機関を通じた家計や企業に対する与信の維持を図ることを第一義的な目的として掲げ、金融機関が顧客からの想定外の借り入れ需要に直面した際にも、一連の措置を活用して対応するように求めた。

最後に、米ドルスワップに関しては、グローバルな資金調達におけるストレスを緩和する上でのバックストップとして位置づけており、米国内および海外において家計や企業に対する与信が滞る事態を回避する意図を示した。

政策判断の評価

FRBは世界金融危機の教訓や金融政策の見直しに関する議論の結果として、金融経済が大きなショックに見舞われた際には、迅速で大幅な金融緩和を講ずることが重要との考えを強く信奉しており、その意味で、今回の大幅利下げだけでなく前回の緊急利下げも含めて、こうした考え方に整合的な対応になっている。

しかも、同じく金融政策の見直しを巡る議論のなかで、政策金利がゼロに達しても、量的緩和とフォワードガイダンスの組み合わせによって、金融緩和の効果を維持しうるという意見が支配的であった点も、こうした判断を導いているのであろう。

一方、資産買入れのうちで国債については、市場機能の維持に重点が置かれ、長期金利の引下げとは言っていないことも注目される。先週には長期金利が不安定化するとともに、大手金融機関が市場機能の低下に懸念を表明しただけに、こうした対策には意味があるが、市場関係者がどのような意味合いを読み取るかには不透明な面も残るし、停止条件の難しさも残っている。

Discount Windowの条件の大幅緩和などの一連の措置も、今回の問題で苦境に陥った家計や企業に対する与信の維持の点で意味があり、既にBOEやECBが決定した措置と同様な発想である。ただし、特定の地域における経済への影響が深刻化していった場合に、こうした制度を活用しようとする金融機関にstigmaの問題が生じないようにする工夫も必要になるかもしれない。

BOEやECBと同じという点では、実はFRBも金融機関に対して、自己資本や流動性のバッファーを活用するよう促す声明を行っている。しかし、米国では、規制上の比率をFRBだけで変更することができないだけに、具体性を欠いたものになっている。今回の局面でのマクロ・プルーデンス政策の発動の適否は別として、予て指摘されている機動性の確保の課題が浮き彫りになった。

いずれにしても、マイナス金利政策を強く否定するFRBにとっては、想定外に早く日欧と同じELB近傍に戻ることになった。市場が過度な悲観に陥らないように、今後の政策の発動余地についても丁寧な説明が求められる。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融イノベーション研究部

    主席研究員

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