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ECBの6月政策理事会のAccount-Compliance of PEPP

2020/06/26

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はじめに

ECBが感染症緊急資産買入れ(PEPP)の大規模な拡大を決定した前回(6月)の政策理事会では、景気の先行きに対する厳しい見方はもとより、長期にわたる物価の低迷に関する懸念が共有された。また、PEPPの政策手段の適切さも焦点となったようだ。

金融市場の動向

冒頭の執行部説明でシュナーベル理事は、4月の政策理事会後の金融市場で、ECBや欧州委員会の政策対応によりtail riskが低下したと認識され、広範なリスクプレミアムが縮小した点を説明した。このため、域内国政府による資金調達環境が改善したほか、社債利回りの低下と投資適格債の発行の急増、CP市場のストレスの緩和などが実現したと確認した。

もっとも、これらの金融環境もcovid-19の感染拡大以前の状況には戻っていないほか、域内の国債市場では価格感応度の高い投資家の保有比率が上昇しているため、PEPPをより焦点を絞った柔軟な運営とすることが重要と指摘した。

経済情勢の判断

レーン理事は、執行部の立場から、ユーロ圏経済が製造業と非製造業ともに引続き厳しい状況にあり、家計が予備的な貯蓄を積み上げている点や労働市場の状況が顕著に悪化している点に懸念を示した。また、5月には経済指標に底打ちの兆しもみられるが、景気回復のモメンタムやペースは極めて不透明とした。

理事会メンバーもこうした評価に幅広く(generally)同意し、今後の経済動向はcovid-19の展開やその対応といった経済外の要因に依存する面が大きく、極めて不透明性が高いとの認識を示した。このため、執行部による経済見通しも、メインシナリオだけでなく、"mild"&"severe"の二つのシナリオも併記することが合意された。さらに、すべてのシナリオが2021年中盤に有効な医療対策が得られることを前提としている点に対し、楽観的過ぎるとの指摘もなされた。

また、経済面では不透明性の下での消費や設備投資の行動変化が重要であるとし、一部のメンバーからはpent-up demandの実現に対する過度な期待に懸念が示されたほか、特にサービス部門では長期的な収益や所得への期待の低下が支出行動を抑制するリスクが指摘された。

物価情勢の判断

レーン理事は、同じく執行部の立場から、エネルギー価格を主因にインフレ率が減速している一方、食料品価格は上昇したため家計の物価認識に影響している可能性を指摘した。もっとも、今後については、総需要の弱さによる影響が供給要因を上回る形で低インフレの状況が続くとの見方を示した。

理事会メンバーもこうした評価に幅広く(broadly)合意した。また、一部のメンバーが計量モデルに基づくデフレ確率が2008年12月以来の水準に高まった点に懸念を示し、他のメンバーもデフレはメインシナリオではないとしても、蓋然性の低い事象ではないとして、慎重な監視が必要との厳しい見方が示された。

また、不稼働資源の増加や総需要の低迷と、長期的な供給能力の毀損とのバランスには極めて高い不確実性がある点も指摘された。この点に関しては、経済のデジタル化によってTFPが改善する可能性や各国の雇用対策によって労働市場の実質的なslackが過小評価されている可能性などが指摘されたほか、中期的には、サプライチェーンの毀損や、経済のグローバル化の停滞、 covid-19対策としての規制強化などによって、むしろインフレ圧力が高まるとの見方も示された。

なお、インフレ期待はレーン理事が整理したように、市場ベースでは低迷している一方、サーベイベースでは短期に軟化の兆しがみられ、長期は極めて低位ながら概ね安定している。

政策判断

レーン理事は、物価見通しが顕著に悪化したことと、金融環境が依然としてタイトであることの二点に対応することが必要と指摘し、迅速な措置の重要性を強調した。その上で、既に極めて低位にある政策金利の引下げよりも、PEPPの時限的な強化が有効であるとし、金融市場の分断を防止し、政策の波及メカニズムを維持する効果も期待できるとした。

この点に関してレーン理事は、PEPPがcovid-19による政策の波及メカニズムの毀損とそれに伴うインフレ見通しの深刻な下方リスクに対して導入された経緯を説明し、PEPPが物価安定のリスクに対して均整のとれた(proportionate)な手段であるとの理解を確認した。加えて、PEPPの規模の拡大はあくまでも上限額であり、状況によってすべて実施する訳ではないとした。

理事会メンバーも追加緩和の必要性に全員が同意したほか、多く(generally)のメンバーが、先行きの不透明性を軽減する上で大胆な政策判断が必要との立場を示した。また、物価見通しの急速な悪化に対しては、PEPPの強化が最も効果的で効率的な対応であるとの判断にも、多くの(broadly)メンバーが同意した。

もっとも、レーン理事による政策対応の提案に対しては、PEPPの増加幅(6000億ユーロ)の面で様々な意見が示された。つまり、デフレのリスクを含む経済見通しの不透明性やストレスが金融部門に波及するリスクに対応するため、より大規模な拡大を求める考えと、景気動向や中期的な物価見通しを見極める時間を確保する観点から、より小規模な拡大が適切とする考えとが、各々相応の数のメンバーから指摘された。

また、PEPPの強化を採用することの適切さ自体には理事会メンバーも広く(broadly)合意した一方、物価目標の達成に向けた資産買入れの有効性や効率性に関しては、ECB版の金融政策の見直しの一環としても、より幅広い議論が行われたようだ。

この点は興味深い内容を含むので機会を改めて検討することにするが、資産買入れに限らずあらゆる政策手段に関して、政策目 的 の 達 成 へ の 貢 献 度 と そ れ に 伴 う 副 作 用 と の 均 整(proportionality)を評価すべきとの主張は、レーン理事による上記の整理(および用語の選択)とも併せて、先般のドイツ憲法裁判所の判断による間接的な影響も示唆する面がある。

理事会メンバーは、従来のPSPPが市場金利の広範な引下げや銀行貸出の促進、インフレ期待の支持といった面で所期の効果を発揮したことを確認したが、資産買入れの常態化に伴う副作用も徐々に論点として意識されつつあるようだ。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融イノベーション研究部

    主席研究員

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