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FRBのパウエル議長の記者会見―new forward guidance

2020/09/17

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はじめに

今回(9月)のFOMCは金融政策の現状維持を決定したほか、足許の景気回復が予想より順調である点を反映し、本年の経済見通しを上方修正したが、先行きには慎重な見方を維持した。また、 パウエル議長が先月発表した新たな政策運営方針に沿って、緩やかな「平均インフレ目標」によるフォワードガイダンスを明示した。

景気の判断と見通し

パウエル議長は、冒頭説明で経済活動が前回(6月)の見通しよりも早期に回復している点を指摘しつつ、旅行や宿泊などは依然として深刻な影響を受けている点も指摘した。雇用も失業率が8%台まで低下するなど改善が進んでいるが、恩恵が低所得層やAfrican Americanなどに及んでいないことに留意を示した。

FOMCメンバーによる2020~23年の実質GDP成長率に関する新たな見通しも、▲3.7%→+4.0%→+3.0%→+2.5%と、2020年が前回(▲6.5%)に比べて大きく上方修正されたが、2021年以降は若干ながら下方修正された(前回は+5.0%→+3.5%)。

質疑応答では多くの記者が雇用の課題を取り上げた。このうち複数の記者は、特定の産業や人種にストレスが集中していることに懸念を示し、FRBの対策を質した。これに対しパウエル議長は、そうした問題がマクロ的にも重要である点を認めつつも、直接的には政府が対応すべきであると指摘するとともに、FRBは金融緩和の維持によって貢献する考えを確認した。

また数名の記者が追加経済対策に関する議会での合意が成立しない場合の影響を質した。パウエルl議長は、個々のFOMCメンバーによって評価が異なると説明しつつも、政府の経済対策は雇用や所得を中心にこれまでの景気回復に大きく貢献した点や、民間の経済見通しの殆どが追加経済対策の実施を前提としている点に言及しつつ、議会の対応に期待を示した。

なお、一部の記者がCovid-19に対するワクチンの導入が経済に与える影響を質問したのに対し、パウエル議長は経済見通しがCovid-19の展開に依存する状況に変化がない点を確認しつつも、足許の景気回復は適切な感染防止策の下で経済活動を相応に維持することが可能である点を示唆しているとの理解も示した。

物価の判断と見通し

パウエル議長は、食料品のように供給制約による価格上昇圧力が生じたケースもあるが、全体としてはインフレが抑制されているとの理解を示した。

FOMCメンバーによる2020~23年のPCEインフレ率(コア)に関する新たな見通しは、+1.5%→+1.7%→+1.8%→+2.0%と、2020年が前回(+1.0%)から大きめに引き上げられたほか、その後にも若干上方修正された(前回は+1.5%→+1.7%)。この間、「長期」成長率の見通しが概ね不変であったこと(+1.8%→+1.9%)に加え、質疑応答でも議論がなかったため背景は判然としないが、本年に関しては景気の早期回復が考慮された面があろう。

フォワードガイダンスの変更

今回(9月)のFOMCの焦点は、金融政策の運営に関する新たな長期戦略を実際の政策運営に反映させることにあった。実際、新たな声明文には、インフレ率が目標を下回る状況が続いている下で、平均インフレ率が2%となり、長期のインフレ期待が2%にアンカーされるよう、当面はインフレ率が緩やかに2%を上回ることを目指し、その実現まで金融緩和を続ける方針が明記された。

また、政策金利の運営に関しては、労働市場がFOMCの評価する最大雇用の水準に達し、しかもインフレ率が2%に達するとともに当面は2%を緩やかに超える方向にある状況が実現するまで、現在の(実質ゼロ金利の)水準を維持する考えを明記した。

ただし、こうした声明文の変更には異なる方向から2票の反対票も投じられた。カプラン総裁は、最大雇用とインフレ目標の達成後には政策金利の柔軟性を確保すべきと主張した 。一方、 カシュカリ総裁は、コアインフレ率が持続的に2%に達するまで政策金利を現状維持すべきと主張した。

パウエル議長は、FOMCメンバーも(前月末の)金融政策運営の見直し結果(長期戦略)に全会一致で合意した点を指摘し、その具体化において意見が相違するのはむしろ自然との考えを示した。

記者の中には最大雇用やインフレ率のオーバーシュートの内容を質す向きがみられたが、パウエル議長は、雇用に関しては失業率だけでなく賃金や労働参加率等も含む多様な指標によって判断する考えを確認した。インフレ率に関しても、大幅な上振れを目指す訳ではない点を確認した上で、オーバーシュートの期間や幅に関する特定のルールや計算式は採用しないことを強調した。

別の記者からは、新たな物価見通しが示すように2023年でもインフレ率が2%で利上げができないことは、金融政策の信認を損なうのではないかとの指摘もなされた。実際、新たなdot chartによれば、2023年末にゼロ金利政策が解除されているとの予想は、 FOMCメンバー(17名)の中で4名に過ぎない。

パウエル議長は新たに導入したフォワードガイダンスが長い目で見て強力な緩和効果を発揮するとの考えを強調する一方、景気と物価が回復するには相応の時間を要するとの見方がFOMCとしてのコンセンサスである点も指摘した。

中央銀行は、政策目標を下回るインフレ見通しを公表するのでなく、そうならないように現時点で金融緩和を強化すべきという考え方は、日欧でもこれまでしばしば指摘されてきた。FRBは「平均インフレ目標」を採用したことでこの問題を一層難しくしただけでなく、低インフレの理由が構造的と説明することとの整合性にも課題を抱えたように見える。

このほか、日欧でもおなじみの議論という点では、別の記者から国民は高インフレを望んでいるとは思えないとの指摘もあった。 パウエル議長は低インフレに伴う低金利環境の下での政策運営の難しさを説明したが、この点はパウエル議長の下で継続が予想される国民との直接対話の中で理解を求める必要もあろう。

なお、今回(9月)のFOMCは、今後数か月にわたって資産買入れを現在のペースに維持する方針も決定した。パウエル議長はその目的について、市場の安定とともに、緩和的な金融環境の維持を通じた企業や家計への資金の流れの維持が相対的に重要になっている点を指摘するともに、現在のネットで1200億ドル/月のペースは3月に比べて顕著に小さいが、過去の量的緩和を大きく上回る点を強調した。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融イノベーション研究部

    主席研究員

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