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ECBの9月の政策理事会のAccounts―Free hand

2020/10/09

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はじめに

ECBの9月の政策理事会は、ユーロ圏経済の回復を確認しつつも、そのペースが鈍化する兆しに懸念を示した。また、総需要の停滞やユーロ高等によるインフレの低迷や、政府の経済対策の終了に伴う失業や企業破綻の増加といったリスクも踏まえ、今後も必要に応じて追加緩和を行う姿勢を確認した。

景気の評価と見通し

レーン理事は、執行部の立場から、足許のデータが景気回復の継続を示唆しているが、サービスに対する消費支出を中心にペースが鈍化し、企業行動の慎重化を通じて設備投資の抑制につながっているとした。雇用も域内国政府の支援策によって維持されているが、労働時間の短縮が続いていると指摘した。

理事会メンバーもこうした評価に概ね(generally)合意し、足許の景気回復が前回(6月)の見通しに沿った動きを示しているが、緩和的な金融環境や域内国政府の拡張的な財政政策、海外経済の回復といった、主として外生的な要因で支えられているとの理解を示した。また、景気回復には国によるばらつきが大きい点に懸念を示し、Covid-19の展開や財政政策の対応、経済構造のあり方などに関する違いを背景として指摘した。

先行きに関して理事会メンバーは、不必要に悲観的ないし楽観的になることを回避すべきとした上で、前回(6月)に想定したリスクシナリオの蓋然性は低下したが、2020年の成長率見通しの上方修正はこの間の政策対応の効果を新たに加味した結果に過ぎないとして、景気回復の持続性に注意を示した。

また、今後の不確実性は依然として高いとして、Covid-19感染の第二波が生ずる可能性を指摘し、実際に一部の国で増加しつつある感染が他国に拡散するリスクを指摘した。一方で、感染が拡大しても経済活動の強力な封鎖は生じない可能性や、家計が積み上げた貯蓄がバッファーとして機能する可能性も指摘したほか、域内国政府による追加経済対策への期待も表明した。

物価の評価と見通し

レーン理事は、HICP総合インフレ率が総需要の停滞に加え、エネルギー価格の既往の低下とドイツのVAT減税もあって、当面マイナス圏内で推移するとの見方を示した。コアインフレ率についても、サービス価格が軟調である点に懸念を示した。

また、域内国政府の雇用支援策を映じて、1人当たり賃金と時間当たり賃金に乖離が生じた点を説明しつつ、契約部分の賃金の減少は抑制されているが、絶対水準は前年を下回ると指摘した。インフレ期待も、市場ベースでは改善が進んでいるが、その水準はサーベイベースも含めてなお低位である点に懸念を示した。

理事会メンバーもこうした評価に幅広く(broadly)合意し、総需要や賃金の停滞、ユーロ高等が足許の物価を抑制している一方、中期的には緩和的な金融政策に支えられた景気拡大によってインフレ率が高まるとの見方を維持した。

こうした見通しに関しては、GDPギャップや労働投入を用いて推計したPhilips Curveからみて過度に楽観的であり、特にサービス価格への下落圧力が強いとの指摘がなされた。一方で、域内国政府による追加経済対策は見通しに反映されていないとして、今後の上方修正要因になるとの指摘もあった。

インフレ期待も、ECBのSPF(エコノミスト予想)がユーロ圏発足以来の低水準となるなど、総じて低位であることに懸念が示された一方、市場ベースのインフレ期待は徐々に改善し、デフレリスクへの意識も後退しているとの見方も示された。

ユーロ高に関する議論

ユーロ高については、9月の政策理事会でも様々な議論が行われた。シュナーベル理事は、執行部の立場から、ユーロの名目実効レートの増価における対ドルレートの寄与の大きさを指摘した上で、米国での実質金利の低下と結果としての米ドルに対する「質への逃避」の巻き戻し、米欧間での政策金利低下の相対的な違いなどを要因として指摘した。

理事会メンバーは、投資家のリスク選好の改善と、ユーロ圏経済の回復期待といった要因も併せて指摘した一方、ユーロ高については名目実効レートで2018年の水準を超えたことよりも、そのペースの速さを懸念すべきとの理解を示した。

その上で、ユーロ圏経済の対外開放性の高さを踏まえると、ユーロ高は景気と物価の双方の点でリスクをもたらすとの主張がみられた一方、既に経済見通しに織り込まれ追加的リスクではないことや、水準調整であれば物価水準に影響を与える点、経済への影響はユーロ高の理由によって異なり得る点なども指摘された。

金融環境に関する議論

シュナーベル理事は、ユーロ圏の緊急環境が様々な金融資産のリスクプレミアムやボラティリティからみて、以前に服していないものの改善している点を確認した。ただし、ユーロ圏の株価指数の上昇率が米国等の主要国に比べて小幅である点も指摘し、テクノロジー部門のウエイトの相対的な低さや、リスクプレミアムの改善の遅れなどを理由として挙げた。

理事会メンバーもそうした評価に幅広く(broadly)合意した上で、ユーロ高が金融環境の緩和を抑制している点や、株価の一部に過剰評価の恐れを指摘した。また、企業の負債が高水準である下で、域内国政府の財政や金融監督面での措置が終了することによって「debt deflation」を招き、銀行の不良債権の増加を通じて実体経済と金融の悪循環を招くリスクにも懸念を示した。

政策判断

こうした議論をもとに9月の政策理事会は金融緩和の現状維持を決定した一方、今後のユーロ相場を含む金融経済状況を踏まえて、必要な場合には適切な政策対応を行う「free hand」の状況を維持することの重要性も確認した。

PEPPに関しては、経済の先行きが極めて不透明な下でも物価のパスを安定させる上で重要な手段と位置付けた。また、市場の予想に整合的な形で、設定した上限まで買入れを行う可能性が高い点を確認しつつ、市場のストレスが低下した場合、今後の対応余地を残すためにも買入れペースを減速しうる点を指摘した。

また、今後に追加緩和を行う場合には、PEPPが主たる手段であるとしつつも、政策金利の更なる引き下げやTLTRO IIIの条件緩和も手段となりうるとの指摘もなされた。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融イノベーション研究部

    主席研究員

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