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BOEのベイリー総裁の記者会見―リスクマネジメント

2020/11/09

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はじめに

BOEは今回(11月)のMPCで資産買入れ残高の上限引上げ(7250億ポンド→8750億ポンド)を決定した。金融政策レポート(MPR)では、Covid-19感染者の増加に対応した経済活動の抑制による景気回復への打撃に加えて、主として供給面での構造変化等を通じた中期的な影響にも懸念を示した。

新たな経済見通し

BOEの場合は、MPCの声明文と同時に議事要旨も公表される。その中では、個人消費が景気回復の主役であった点を確認した(9月の小売売上は昨年第4四半期比+5.3%)一方、既に高頻度データが消費関連施設の訪問者数の減速を示し、今後の外出制限が新たな打撃をもたらす恐れを指摘した。

しかも、設備投資の回復は、GDP統計が示すように消費に比べて力強さを欠き、サーベイ調査の結果をもとに今後も慎重さが維持されるとした。この点に関してはBrexitの先行きに関する不透明性も当然に影響しているほか、ユーロ圏の経済見通しが悪化していることも、外需を通じたインパクトを拡大する恐れがあろう。

これらを踏まえ、今回(11月)のMPRによれば、実質GDP成長率の2020~23年の新たな見通し(毎年第4四半期の前年比)は▲11.0%→+11%→+3.1%→+1.6%となった。前回(8月:2022年まで)は▲5.4%→+6.2%→+2.3%であったので、秋以降の経済のパスに関する予想が大きく下振れしたことを意味する。

同じくMPRによれば、BOEはCovid-19の収束とともに、景気が緩やかに回復するシナリオは維持した一方、依然として下方リスクが相対的に大きいとの判断も維持した。この点は上記の2022年以降の成長率見通しが示唆する通りである。

もっとも、ベイリー総裁も記者会見で認めたように、MPRはCovid-19問題が中期的影響を残すリスクにも懸念を示し、消費パターンの変化に対応するための資本や労働の再配分や過剰設備の廃棄が総供給を抑制する可能性を指摘した。また、そうした構造変化が最終的に生産性向上につながるとの期待を示す一方、在宅勤務は生産性に好悪双方の効果を持ちうるとも指摘している。

新たな物価見通し

MPRによれば、2020~23年のマクロの需要超過(GDPギャップ)の見通しは▲2.25%→▲0.25%→+0.25%→+0.25%となった。前回(8月:2022年まで)に比べ、2020年は不変だが、2021~22年が各々0.25ppと0.5ppづつといった小幅な下方修正に止まった点は、上記のような供給面への中期的な影響に関する想定と整合的である。

労働市場について議事要旨は、Covid-19感染者の拡大に伴う経済活動の抑制策と、政府の経済対策の強化(休業補償等)といった硬軟両材料を挙げ、失業率が緩やかに上昇し2021年第2四半期に7.75%付近でピークを打つとの見方を示した。この間、賃金は8月まで横ばい圏内にあり、上記のような経済対策の効果に加え、低賃金雇用が喪失した結果である可能性も示唆した。

その上で、2020~23年のCPIインフレ率(毎年第4四半期の前年比)の新たな見通しは+0.6%→+2.1%→+2.0%→+2.1%となった。同じく前回(8月:2022年まで)は+0.3%→+1.8%→+2.1%であったので、見通しの前半が上方修正された。この点に関し議事要旨には、ケータリング価格の上昇や政府の飲食補助スキームの終了(8月)による影響などが指摘されている。

MPRは、既往のエネルギー価格の下落や経済対策に伴うVAT減税の影響が来年には剥落するとともに、上記のように過剰供給も抑制されることで、インフレ率が比較的早期に目標へ収斂するとの見通しを示した。また、物価については、先行きのリスクが上下双方にバランスしているとした。

今回は焦点になってはいないが、Brexitの今後の展開等によって為替が減価すれば、さらにインフレ率を押し上げる可能性も残っている。このように、英国の物価を巡る環境はユーロ圏とは相応に異なるように見える。

金融環境

政策判断に関する議論に入る前に、英国の金融環境についても触れておきたい。

議事要旨は、住宅貸付の需要が強く、10月に貸出金利が上昇した点を指摘し、MPCメンバーからは経済活動の再開に加え、政策対応(登録印紙税の減税)による効果が指摘されたとしている。同時に銀行は、信用リスク上昇への懸念を背景に、特に高水準のLTVに対する貸出を慎重化しているとの指摘も示している。

この間、企業向け貸出は顕著に減速し、9月のネットの資金調達がほぼゼロになった点も記述している。背景については、新株発行の増加によって代替された可能性が指摘されているほか、企業別の動きが異なる点も指摘されている。

つまり、大企業は9月には銀行借入れを返済した(60億ポンド)が、小企業は銀行借入れをさらに増やした(16億ポンド)と指摘するとともに、BOEによる第3四半期の銀行貸出サーベイが、大企業と中堅企業による資金需要の減少と、小企業による資金需要の増加という二極化の動きを示唆している点も指摘した。

政策判断

今回(11月)のMPCは、上記のように経済の下方リスクを警戒する必要がある点を強調し、金融環境のタイト化によって景気後退が深刻化する事態を避ける観点から、資産買入れの残高上限を1500億ポンド引上げ、8750億ポンドとすることを全会一致で決定した。記者会見の質疑では、一部の記者から追加緩和の規模の妥当性に対する質問もあったが、ベイリー総裁は今後も必要に応じて柔軟に対応する姿勢を示した。

別の複数の記者はマイナス金利政策の導入可能性を質した。こうした思惑の発端は、前回(8月)のMPRでの分析だが、BOEの幹部はその後に総じて慎重なスタンスを示唆してきた。もっとも、短期先物金利が示唆するように、市場にはBOEが来年中に政策金利を小幅にマイナス化するとの見方も根強い。

ベイリー総裁は、当面は資産買入れとフォワードガイダンスの組み合わせを活用する方針を説明したほか、緩和の強化に備えて政策手段の選択を予め決めている訳ではないとの原則を確認した。その上で、マイナス金利政策は有効性に疑問が残るが、技術面を含む検討を続けるとも付言した。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融イノベーション研究部

    主席研究員

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