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FRBのパウエル議長の記者会見―Substantial progress

2020/12/17

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はじめに

FRBは今回(12月)のFOMCで、物価や雇用の動きが目標に向けて「さらに顕著に前進(substantial further progress)」するまで、資産買入れを現状のペース(国債は800億ドル/月、MBSは400億ドル/月)で継続することを新たに明記した。もっとも、パウエル議長は記者会見で経済に関する前向きな見方を示唆した。

経済情勢の評価

パウエル議長は、Covid-19の感染拡大と経済活動の抑制によって第4四半期の経済活動が減速している点を認めつつ、家計の財消費や住宅投資と企業の設備投資がともに底堅いとの見方を示した。一方で、雇用の改善には領域によるばらつきが大きく、インフレ率の改善も頭打ちになった点を確認した。

FOMCが新たに示した実質GDP成長率見通しは、2020~23年にかけて▲2.4%→+4.2%→+3.2%→+2.4%と、前回(9月)に比べて2020年が1.2ppの上方修正となったほか、2021~22年が各々0.2ppの上方修正、2023年は0.1ppの下方修正となった。

2020年の低下幅を縮小した上、それ以降の成長率を小幅だが引き上げたので、予想パス全体を上方に引き上げたことになる。しかも、今回から政策決定直後に公表するようになったFOMCメンバーのリスク評価も、上下に概ねバランスとの見方に改善した。

記者会見では、Covid-19の感染拡大を踏まえ、一部の記者が景気判断の妥当性を質した。パウエル議長は、今後数カ月はCovid-19の感染で深刻な状況が続くが、来年の第2~第3四半期にはワクチンの普及とともにマインドが改善するとの見方を示すとともに、来年後半に本格的な景気回復が実現するとの期待を示した。

一方、FOMCが新たに示したコアPCEインフレ率見通しは、2020~23年にかけて+1.4% → +1.8% → +1.9% → +2.0%と、前回(9月)に比べて2020年が0.1ppの下方修正、2021~22年が各々0.1ppの上方修正と、概ね不変に維持された。FOMCメンバーのリスク評価も下方リスクが大きいとする人数は若干減少したが、バランスは依然として下方に傾いている。

記者会見では、飲食、宿泊、旅行にもペントアップ需要が大きいので、Covid-19の抑制後に需要増による価格上昇が生ずるのではないかとの指摘があった。パウエル議長はそうした可能性を認めつつ、一部の価格水準の調整が全般的なインフレ加速を招く可能性は低いとの見方を示し、理由としてインフレ期待が弱い点と総需要に対するインフレの感応度の低下を挙げた。

政策判断

上記のように今回(12月)のFOMCは、資産買入れの「フォワードガイダンス」を明確化したが、11月FOMCの議事要旨で示唆されていただけに、概ね予想通りの決定でもあった。これに対し、記者会見では異なる方向からの質問が示された。

一部の記者は、FOMCが景気見通しを上方修正したことを捉え、 2021年中に新たなフォワードガイダンスの条件が満たされるのではないかと指摘した。パウエル議長は、具体的な時期に言及しない方針を確認する一方、物価や雇用が資産買入れを開始する前と同じ程度に十分改善することが重要との考えを示した。

別の一部の記者からは、足許の景気減速を踏まえ、過剰な金融緩和のリスクより金融緩和の不足のリスクが大きいとして、追加緩和の必要性に関する質問が示された。その手段としては、残存期間の長い国債の買入れを増やすべきとの指摘も散見された。

パウエル議長は、中小企業の救済や社会的弱者の雇用維持といった喫緊の課題には、議会で検討が進む経済対策の実現に強い期待を示した一方、金融緩和の効果の波及には時間のラグがあることを指摘し、今後数カ月の景気の下押しへの対応としては不適切との考えを示唆した。

併せて、FRBの役割は緩和的な金融環境の維持にあるとの考えを確認し、9月に導入した緩やかな「平均インフレ目標」と今回の資産買入れに関する「フォワードガイダンス」がそうした効果を発揮するとの考えを説明した。その上でパウエル議長は、現在の金融緩和が適切と判断しているが、金融環境の推移を見ながら必要な場合は全ての手段を行使する用意がある点も確認した。

さらに別の記者はインフレ目標の早期の達成に向けて追加緩和が必要ではないかと指摘した。パウエル議長は低インフレは世界的な現象であり、米国でも過去数年の長期にわたる景気拡大の下でもインフレ目標の安定的な達成はできなかった点を指摘し、今後もその達成にはなお時間を要するとの見方を確認した。

なお、パウエル議長は冒頭説明で、本年末で終了する企業や家計向けの金融支援策にも言及し、連邦準備法に規定された例外的な条件の下での措置であり、FRBの役割はあくまで流動性供給(lending)である点を確認した。

一部の記者は、議会の経済対策が合意した場合に金融支援策が復活する可能性を質したが、パウエル議長は明言を避けた。もっとも、財務省によるエクイティ資金の供給がなくても金融支援策の復活は可能かとの質問に対しては、現時点で具体的な計画はないが、連邦準備法による財務省の合意は(エクイティ資金の供与なしでも)可能との理解を示した。

もっともパウエル議長も、金融支援策が年末で終了することで大きな影響が及ぶとの懸念には否定的な見方を示すとともに、政府の経済対策に期待を示した。

金融緩和の副作用

記者会見では、一部の記者から資産価格インフレへの懸念も示された。このうち住宅価格についてパウエル議長は、ペントアップを含む実需に裏打ちされた動きと評価したほか、株価もPERは高いが、イールドプレミアムが過度に小さい訳ではないとして、低金利環境での一定の合理性を示唆した。また、家計のバランスシートは健全である一方、事業法人の債務残高は大きいが、低金利により返済負担は小さいとするなど、金融システムの安定を巡る状況は区々(mixed)であると評価した。

最後に一部の記者が財政リスクを質したのに対し、パウエル議長は景気回復と財政の持続性はともに重要であり、政府債務のGDP比は高いが、国債費は抑制されているとして、今後数年に財政リスクが顕在化する可能性を否定した。また、債務負担の増加に伴って、議会が低金利政策の維持を求める可能性についても、現在は「財政抑圧」の状況には至っておらず、FRBは物価と雇用の政策目標の達成に注力することが可能と指摘した。

執筆者情報

  • 井上 哲也

    金融イノベーション研究部

    主席研究員

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