SWIFTと米国の金融覇権に挑戦するデジタル人民元
SWIFTを通じて米国が世界の資金の流れを握る
中国が発行を準備している中銀デジタル通貨、いわゆるデジタル人民元は、米国の通貨・金融分野での覇権に対する挑戦であり、そこに風穴を開けることを狙っている。一帯一路周辺国など中国との経済関係が比較的密接な国々との間の貿易取引を人民元建てへ置き換えていく、いわゆる人民元の国際化を前進させるために、デジタル人民元をその起爆剤とすることを中国は目指しているのではないか。
貿易などで人民元がより多く利用されるようになれば、国際決済通貨として圧倒的な影響力を持つドルの牙城を、いずれは崩していくことも可能になるかもしれない。ただし、人民元の国際化は、単なる国の威信をかけた目標にとどまらず、中国にとってはまさに死活問題でもあり、迅速に進めることが求められる。
国境を越えた資金決済の4割は、ドルで行われている。例えば、ロシア企業が中国企業から通信機器を購入し、ロシア企業が代金をルーブルで支払い、中国企業が代金を人民元で受取る場合でも、ルーブルと人民元が直接交換されるのではなくドルが仲介通貨となる、つまり「ルーブル➡ドル➡人民元」となることが多い。その方が、ルーブルと人民元を直接交換するよりも手数料が概して安くなる。
そのため、ロシア企業と中国企業の間の決済ではあるが、米銀がそれに関与する。さらに国際間ドル決済の大半に用いられるSWIFT(国際銀行間通信協会)も関与するのである。その結果、SWIFTあるいは米銀を通じて、世界の資金決済、世界の資金の流れの相当部分についての情報を、米国当局が握っているとされる。これは、米国との覇権争いを進める中国にとっては、非常に大きな脅威なのである。
米国は経済・金融制裁にSWIFTを最大限活用
SWIFTとは、ベルギーに本部を置く銀行間の国際的な決済ネットワークである。
SWIFTには200以上の国や地域の金融機関1万1千社以上が参加しており、そのネットワークを経由しないと送金情報を伝えられず、国際送金ができない。決済額は1日あたりおよそ5兆~6兆ドル(約550兆~660兆円)に上るとされ、事実上の国際標準となっている。
中国を含め、米国と対立する多くの国々にとって大きな脅威であるのは、米国が経済制裁の実効性を高めるため、しばしばこのSWIFTを利用するということだ。例えば、米国の経済制裁の対象となった国で、企業が制裁逃れを図って海外企業と貿易を行おうとしても、その国の銀行がSWIFTのネットワークから外されれば、資金決済ができないため貿易は難しくなる。
また、米国によってSWIFTのネットワークから外され、SWIFTの利用をできなくされることを怖れて、米国の経済制裁対象国以外の国の企業や銀行も、経済制裁に協力せざるを得なくなり、それが米国の経済制裁の実効性を高めることを助けるという側面もある。
SWIFT自身が制裁を恐れ米国に協力
最近の米国による経済・金融制裁の例に、イランがある。イランは2012年にも米欧から経済・金融制裁を受けたが、その際にはイランの銀行はSWIFTから排除された。その後2015年7月に成立した、イランと6か国との間のイラン核合意では、イランが核開発を大幅に制限する見返りに、米欧が金融制裁や原油取引制限などの制裁を緩和することが決まった。
ところがトランプ政権は、2018年5月にイラン核合意から離脱し、イランへの経済制裁を再び強化していったのである。その後、ムニューシン米財務長官は、SWIFTに対して、イランの銀行を再び排除することを要求した。それは米国が、イランへの資金の抜け道を塞いで、ミサイル開発やテロ支援の資金を断つことで、イランへの経済制裁の効果を高める目的であった。
11月5日に、SWIFTは複数のイランの銀行を、SWIFTの国際送金網から遮断すると発表した。トランプ政権がイランに対する経済制裁を再発動したまさにその日のことだった。SWIFTは声明で、世界の金融システムの「安定性と統合性の利益を守る」ための措置とだけ説明したが、トランプ政権からの強い圧力に屈したことは、誰の目にも明らかだった。
SWIFTは、仮に米国政府の要請を拒んだ場合には、SWIFT自身が米国の制裁の対象となってしまうことを強く恐れている、と言われている。それほどまでに、米国はSWIFT、そして国際決済システムを牛耳っているのである。
デジタル人民元には米国からの支配を脱する狙い
仮に将来、中国が米国の経済制裁の対象となり、中国の銀行がSWIFTから外されるようなことがあれば、ドル建ての決済比率が高い中国の海外との貿易は成り立たなくなり、中国経済は壊滅的な打撃を受けることになるだろう。この点が、米国と覇権争いを繰り広げていく中で、中国の最大の弱点と言えるのではないか。
中国がデジタル人民元の発行を準備する背景にはこうした点があり、国際決済において、米国の支配から脱することが強く意図されている。デジタル人民元にはブロックチェーン技術が用いられることから、SWIFTの銀行国際送金ネットワークとは無縁の存在となるのである。
中国の貿易でデジタル人民元の利用が拡大していけば、資金の流れを米国に捕捉されるリスクが低下し、仮に米国から経済・金融制裁をかけられたとしても、その実効性を低下させることができる。
中国は独自の国際決済システムも構築
米国が牛耳る銀行国際送金のネットワークから脱するもう一つの手段が、中国による独自の銀行国際決済システムの構築である。2015年10月に中国は、人民元の国際決済システム、国際銀行間決済システム(CIPS)を導入した。ロシア、トルコなど米国が経済制裁の対象とした国々の銀行が、このCIPSに多く参加している。
日本経済新聞社の調査によると、2019年4月時点でCIPSへの参加は89か国・地域の865行に広がっていた。参加銀行数を国ごとに見ると、第1が日本、第2位がロシア、第3位が台湾だ。
CIPSの参加国には、一帯一路の参加国など、中国がインフラ事業や資源開発で影響力を強める国々の銀行も多く含まれている。マレーシアなどアジアの新興国に加えて、南アフリカ、ケニアなどアフリカの国の銀行も参加している。
一帯一路構想の中国関連事業では、依然として人民元決済の比率は小さい模様だが、将来的には一帯一路周辺国に「中国経済圏」は一段と拡大していく一方、そこでの取引に人民元が多く使用される、つまり「人民元圏」も拡大させていくことを中国は視野に入れているだろう。その際には、デジタル人民元と並んで、このCIPSが、同地域での国際決済の中核を担っていくのではないか。
グロ―バル・デジタル通貨の拡大は米国の覇権を崩す
2018年にトランプ政権がイラン核合意から離脱し、イランへの経済制裁を強化するとともに、欧州など他国にも経済制裁強化を呼び掛けた際には、制裁緩和を含んだイラン核合意にとどまる欧州諸国は、欧州企業に対してイランとの貿易継続を促そうとした。しかし、米国によってSWIFTのネットワークから外されることを警戒する欧州の銀行や企業は、米国の制裁強化をしぶしぶ受け入れる動きを見せたのである。
その際には、中国と同様に、欧州諸国の政府の間でも、SWIFTとは異なる国際決済システムの構築を模索する動きが見られた。イランと欧州の中央銀行間に直接のリンクを創設してユーロを行き来させ、イランの国際決済を助ける案も議論された。またドイツの外相は、米国が牛耳るSWIFTに代わる、欧州版SWIFTを創設するという考えを示していた。
このように米国に敵対して金融制裁を受けるリスクがある国々や中国だけではなく、欧州諸国もまた、米国がSWIFTを利用して国際金融取引の情報をほぼ独占し、また実効性の高い経済・金融制裁を他国に課している状況を問題視し始めているのである。
欧州中央銀行(ECB)が中銀デジタル通貨、いわゆるデジタル・ユーロの議論を始めた背景には、リブラやデジタル人民元への対抗ばかりでなく、米国の通貨覇権、そして国際決済での覇権を修正するという狙いもあるのではないか。
そして米国にとっては、リブラも中銀デジタル通貨も、米国の国際決済でのこうした覇権を揺るがし、ひいては安全保障上の戦略にも狂いを生じさせかねない大きな脅威なのである。米国が自ら中銀デジタル通貨、いわゆるデジタルドルを発行すれば、それが米国の国際決済での覇権を揺るがし、まさに自分の首を絞めてしまう可能性もあるだろう。
米国当局が頑なに中銀デジタル通貨の発行を否定する背景には、こうした点もあるはずだ。
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