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政府は景気後退の判断を示すか

2020/02/19

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個人消費の落ち込みは前回消費増税後よりも小さい

内閣府が17日に公表した2019年10-12月期GDP統計(一次速報)で、実質GDPは前期比-1.6%、年率換算-6.3%と予想外の大幅マイナスとなった。次の2020年1-3月期GDPには、新型肺炎が経済に悪影響を与えることは確実である。そこで、実質GDPが2四半期連続でマイナスとなり日本経済は景気後退に陥るとの観測が、国内外で広がってきた。しかし実際には、その判断を下すのはまだ早いだろう。

10-12月期の実質個人消費は前期比-2.9%の大幅マイナスとなり、消費税率引き上げの影響が確かに表れた。しかしこれは、前回の消費税率引き上げ後の2014年4-6月期の同-4.9%と比べると、6割程度の落ち込みにとどまっている。

各種アンケート調査では、前回の消費税率引き上げ時と比べて今回は、駆け込み購入や買い控えの行動はかなり小さいことが示されている。また、1月景気ウォッチャー調査は、消費関係の企業の景況感が、消費税率引き上げの影響から着実に持ち直してきていることを示している。

こうした点を踏まえると、消費税率引き上げが引き金となって国内景気が本格的な後退局面に陥ったと考えるのは、正しくないだろう。

GDP統計の歪みと振れの大きさに注意

2019年10-12月期GDP統計では、実質設備投資が前期比-3.7%と大幅に下落したこともまた予想外だった。そもそも、法人企業統計が基礎統計に入っていない一次速報段階の設備投資は、数字の信頼感は低い。それに加えて、消費税率の変更が、GDP統計の設備投資の数値を歪めている可能性もあるのではないか。

前回の消費税率引き上げ後の2014年4-6月期の実質設備投資は、一次速報で今回と同様に前期比-3.7%、2次速報で同-5.1%とマイナス幅を拡大させたが、最新時点では-1.9%とかなり上方修正された。GDP年間確報値が推計され、統計の精度が高められていく中で、2014年4-6月期の実質設備投資の当初の数字は、大幅に修正されたのである。

このように、消費税率変更やその他の要因によって、GDP統計はかなり歪められている。取分け、当初発表された数値の精度には大きな問題があると言える。

2019年10-12月期GDP統計(一次速報)での実質GDP成長率の大幅な落ち込みも、統計の歪みによるところが小さくなく、実勢を反映したものではないと思われる。

実質GDPはそれ以前に、4四半期連続で前期比増加していた。世界経済に悪化懸念が広がり、輸出環境の悪化を起点に国内経済が減速していた同時期に、振れの大きいこのGDP統計で、前期比プラス成長が4四半期も続いたことに、そもそも違和感がある。

また、季節調整の歪みが反映されない前年同期比で実質GDPの成長率を見ると、2018年10-12月期の-0.9%から、2019年7-9月期には+2.3%まで加速を続けていた。2019年7-9月期の数字は、消費税率引き上げ前の駆け込み購入の影響を受けたとはいえ、日本経済の実力である潜在成長率が年率+0.6%程度と考えられる中で、その4倍にも達する高成長となったことには違和感がある。

ちなみに、2019年10-12月期の実質GDP成長率は、前期比で大幅減少とはなったが、前年同期比では+0.9%となお比較的高めの水準である。

このように考えると、2019年10-12月期の大幅マイナス成長は、GDP統計の歪みによって実勢よりも上振れていた成長率の反動によってもたらされた側面が小さくないのではないか。そうであれば、2020年1-3月期の成長率には、その逆の反動で、実勢以上に上振れる傾向が生じやすい。

2四半期連続のマイナス成長は確定ではない

新型肺炎が発生する前の段階では、年明け後の日本経済は、米国並びに中国向け輸出の増加に牽引される形で、持ち直し傾向を強める方向にあったと考えられる。新型肺炎が米国経済に与える影響は、当面のところは限られると考えることから、輸出主導での景気持ち直しという流れは今でも途絶えてはいない

2020年1-3月期の成長率は、この①景気持ち直しの流れ、②2019年10-12月期の大幅マイナス成長の反動増、というプラス要因と、③新型肺炎の悪影響というマイナス要因の3つの合計で主に決まると考えられる。

③新型肺炎の悪影響については、インバウンド需要の減少と中国向け輸出の鈍化の2つの経路が重要だ。現時点で考えれば、インバウンド需要の減少は2020年1-3月期のGDPを0.5%程度押し下げ、中国経済減速による中国向け輸出の鈍化は、同期のGDPを0.1%程度押し下げると推察される。合計で前期比0.6%程度、年率換算では2%台半ば程度だ。

他方、①、②のプラス効果の合計は、微妙なところではあるものの、③のマイナス効果をやや上回っているのではないかと考える。少なくとも現時点で、1-3月期の成長率もマイナスになる、と決めつけるのは早計ではないか。

新型肺炎の悪影響は4-6月期には徐々に薄れていき、日本経済は緩やかながらも持ち直し傾向を辿る、というのが現時点でのメインシナリオである。

政府は景気判断を維持

ところで政府は、2月20日に公表する月例経済報告で、景気は「緩やかに回復している」との基調判断を維持する見込みだ。既に見たように、GDP統計は振れが大きい統計であることから、それが1四半期大幅マイナス成長となったことだけを受けて、景気後退と判断するのは正しくない。

さらに、2四半期連続でGDPが前期比マイナス成長を記録すると、簡易的に景気後退と判断する国もあるが、日本はそうした判断手法を採用していない。この点からも、2四半期連続のマイナス成長を予想して、現時点で景気後退と判断するのも当然のことながら正しくない。

日本では、景気一致指数の構成系列の動きを踏まえて、機械的にではなく人の判断に基づいて、景気局面が決定される仕組みである。景気一致指数に基づく機械的な判断では、2019年12月分で既に5か月連続で景気後退を示唆する「悪化を示している」との基調判断がなされている。景気一致指数に基づけば、昨年夏に、あるいはさらに遡って2018年年末に、国内景気は既に後退局面に陥っていたと、後に判断される可能性はあるだろう。

しかし、世界経済が後退局面に陥っていない現状では、仮に国内経済が後退局面と判断されるとしても、不況感が強まるような本格的な景気後退とは異なるものだ。

新型肺炎の影響で、世界経済が後退局面に陥る場合、あるいは国内での新型肺炎の拡大を恐れて、個人が外出を極度に控えるなどして、GDPの57%を占める個人消費が冷え込む場合にのみ、日本経済は本格的な景気後退局面に陥るだろう。現状では、それは未だリスクシナリオの位置づけにとどまる。

政府は今後景気後退の判断も

今回の月例経済報告では、政府は景気の基調判断を変えない見通しだが、新型肺炎が景気の下振れリスクであることは明示するという。これは、今後の情勢次第では、政府が景気後退の判断を示すための布石、との見方も出ている。

現時点で政府が景気後退の判断を示せば、政府が決めた政策である消費税率引き上げが景気後退の引き金を引いたとして、大きな政治的失点となるだろう。他方で、中国初の一種の災害とも言える新型肺炎の影響が今後より明確となり、それによって景気が後退局面に陥ったのだと説明すれば、政治的な失点は小さくできるだろう。

こうした点を踏まえて政府は、景気後退の判断を示しても、政治的な失点が最も小さいタイミングを慎重に見計らっていることも考えられる。

ただし、政府が景気後退の判断を示すか否か、あるいはそのタイミングがいつであるかよりも、日本経済が今後本格的な景気後退に陥るか否かという点が、国民生活や企業経営の観点からは最も重要である。

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