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金融市場は新型肺炎拡大をパンデミックと認識

2020/02/26

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WHOは未だ「パンデミック」でないとしているが

世界保健機関(WHO)は、新型コロナウイルス感染拡大について、「パンデミック(世界的な大流行)」と宣言するのは時期尚早、WHOの基準に照らすとその状態にはまだ至っていない、との認識を示している。

WHOが2009年に示した感染症拡大の「パンデミック・フェーズ(フェーズ6)」の基準は、発生源となった地域で、少なくとも2つの国でウイルスのヒトからヒトへの感染拡大があること、発生源とは異なる地域で、少なくとも1つの国で市中レベルでのアウトブレイクがあること、としている。アジア地域のみならず、イタリアやイランでも感染者が拡大している現状は、この条件を満たしているようにも見える。

他方、金融市場では世界同時株安が続いており、ここでは既にパンデミックが見られている。さらに株安の背景には、新型コロナウイルス感染のパンデミックが、世界経済に深刻な打撃を与える、との観測がある。

世界銀行パンデミック債の仕組み

金融市場が新型コロナウイルス感染のパンデミックのリスクについて、どのように評価しているのか、その一端を示す金融商品が、世界銀行が2017年に発行した「パンデミック債」である。

パンデミック債は、感染症が拡大した際に、世界銀行が新興国を迅速に救済することを狙って発行したものだ。これは、異常気象、地震、感染症の世界的流行といった災害が生じた際に、保険会社が大損害を被らないように、リスクを分散する目的で発行する「大災害債(CAT債)」の一種である。

世界銀行のパンデミック債は、投資家に高い利回りを約束する一方、ひとたびパンデミックが発生したと認定されると、その元本は部分的、あるいはすべて毀損され、新興国での感染症対策に充てられる仕組みとなっている。世界銀行のパンデミック債で、パンデミックと認定されたことは未だない。

このパンデミック債は、リスクに応じて2つのトランシェ(部分)から成っている。トランシェAは、相対的にリスクが低いもので、利回り(クーポン)は6か月LIBOR(ロンドン銀行間取引金利)+6.5%、発行額は2億2,500万ドルである。トランシェBは、よりリスクが高いもので、利回りは6か月LIBOR+11.1%、発行額は9,500万ドルである。

利回りが信じられないくらい高いことから、パンデミック債には投資家からの強い需要があった。この債券を購入した投資家は、地域別に、欧州がトランシェAで全体の72%、トランシェBで83%、米国がそれぞれ28%、15%と、欧米が中心である。日本の投資家は、トランシェAの0.2%分を購入した。

市場はパンデミック認定と元本毀損を織り込む

このパンデミック債の価格に変調が見られ始めたのは、2月中旬以降のことだ。よりリスクの高いトランシェBでは、パンデミックの条件(トリガー)がいずれ満たされると市場で認識され、元本が毀損される可能性が明確に織り込まれ始めたのである。

フィナンシャル・タイムズ紙(2月25日)によれば、トランシェBについては、額面1ドル当たりの市場価格が平均で57セント程度になっているという。これは、元本が100%毀損される可能性が4割以上の確率で織り込まれていることを意味している。他方、よりリスクが低いトランシェAについては、額面に近い価格で取引されており、元本毀損の可能性はほぼ織り込まれていない。

トランシェBで元本毀損となる幾つかの条件のうちの一つは、感染症による死傷者数が、発生国以外で20人に達することだ。新型コロナウイルスによる死者数は、中国本土以外ではフィリピン、香港、日本、フランス、台湾、韓国、イタリア、イラン、クルーズ船の乗客でそれぞれ確認されており、2月26日時点で合計30人を超えた。既に、死者数でみた条件は満たされている。

ちなみに、額面価格がほぼ維持されているトランシェAでは、元本毀損となる死者数の条件は、発生国以外で2,500人である。さすがにここまで事態は悪化しない、というのが金融市場の見立てなのだろう。

パンデミック債は「too little, too late」か

世界銀行のパンデミック債は、感染症が拡大した際のリスクを投資家に分散し、当該国で迅速に必要な対応策がとれるように支援する仕組みである。しかし今回は、新型コロナウイルスの感染が世界規模で急速に拡大する中でも、未だパンデミックと認定されていない。

実は、パンデミックの認定を下すには、基準となった時点から12週間が経過することも、その条件になっているという。世界銀行はその基準を、中国で死者が250人に達した2月2日としている。そこから12週間後だと4月26日となってしまう。それではあまりにも遅すぎるのではないか。

世界銀行のパンデミック債には、感染症対策の支援の仕組みとしてはスピードが遅すぎる、あるいは、規模が小さすぎる、つまり「too little, too late」との厳しい批判が出ている。パンデミックの発生後に支援する枠組みよりも、パンデミックを防ぐために、感染症拡大の初期段階に迅速かつ十分な支援ができる仕組みの構築の方が、より重要なのではないか。

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