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米国での緊急利下げ実施と今後の日欧の政策対応

2020/03/04

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サプライズ戦略が裏目に

米連邦公開市場委員会(FOMC)は3月3日に臨時会合を開き、全会一致で0.5%の大幅な政策金利引下げ(利下げ)を決めた。金融市場は3月17・18日の次回FOMCで0.25%~0.5%の利下げを事前に織り込んでいたが、こうした市場の期待に先手を打つ形で、緊急利下げが実施された。

声明文には、「経済を支えるために適切に行動する」との文言が用いられている。これは2月28日に出された緊急声明にも用いられた文言であり、近い将来の追加緩和実施の可能性を明確に示している。少なくとも4月のFOMCでは、0.25%の追加利下げが実施される可能性が高いだろう。

緊急利下げの実施も予想外だったが、ある意味それ以上に予想外だったのは、政策発表後の市場の反応である。米国株価は大幅に下落し、ドル安も進んだ。これは、0.5%の緊急利下げというサプライズ戦略が裏目に出て、市場にネガティブサプライズをもたらしてしまったことを意味しよう。

日本銀行のマイナス金利政策導入時を思い起こさせる

その背景は大きく2つある。第1に、0.5%の大幅緊急利下げの実施は、新型肺炎による経済、金融への影響がそれほどまでに深刻なのか、といった市場の疑心暗鬼をむしろ強めてしまったことだ。米連邦準備制度理事会(FRB)がさらに追加緩和の可能性を示したことも、事態がかなり深刻との金融市場の悲観論を強めてしまったのではないか。

ここで、0.5%の緊急利下げで十分な対応をした、とのメッセージを出していたら、市場の反応はもっと良好なものだったのではないか。

こうした経緯は、2016年1月に日本銀行がマイナス金利政策の導入を決めた際の、市場の悪い反応を思い起こさせる。その際にも、そうした奇策が講じられるほど、事態は悪化しているとの観測が、株価の下落を生じさせた。また今回と同様に、追加利下げの実施を日本銀行が強く示唆したため、銀行の収益環境が悪化するなどの観測から、市場の景況感を一段と悪化させてしまったという面もある。FRBは、こうした日本銀行の失敗を学ばなかったのだろうか。

政策金利が再びゼロの下限に近付くとの観測

そして第2は、FRBが0.5%の利下げを実施し、追加利下げの実施も強く示唆したことから、政策金利が再びゼロへと接近し、その結果、FRBの将来の政策余地が狭められる、との観測が市場に広まったのではないか。

2008年のグローバル金融危機(リーマンショック)の際には、政策金利は一時ゼロ近傍に接近したものの、その後は2%台半ばまで引き上げられた。しかし今回は、ゼロ近傍の水準から脱することができなくなり、その結果、欧州や日本のような超低金利環境に米国も陥るのではないか、という市場の懸念が醸成された面があるだろう。

今回の緊急利下げ後に、2年国債利回りは一時0.7%を下回り、10年国債利回りは一時1.0%を下回ったが、これは中長期の金利観に大きな影響が及んだ証であり、それは中長期の米国経済に対する悲観論の高まりと一体なのではないか。

事前に金融緩和の可能性を強く織り込んでいた市場の期待を裏切らないようにFRBが緊急措置を講じた結果、予想以上に市場に悪い反応を生じさせてしまった。これは、市場の期待に強く配慮した金融政策運営のリスクを浮き彫りにする事例ともなったのではないか。

政策の手詰まり感が広がるリスクも

現在1.0%~1.25%となった米国の政策金利(フェデラルファンズ金利の誘導目標)は、向こう数か月のうちに0.5%前後まで低下するだろう。その時点でも経済・金融環境に改善の兆しが見られない場合には、政策の手詰まり感から、ドル安・株安の動きがかなり強まる可能性もある。

FRB、そして他の中央銀行も、新型肺炎に終息の見通しが出ることで、金融市場が自ら安定を取り戻してくれることを強く期待しているはずだ。震源地となった中国では、新規の感染者数が着実に減少する中でも、グローバル金融市場の景況感に今のところ好影響は見られていない。

中国の発表する数字が信用できない、という面もあるだろうが、それに加えて、他国では、中国のような政府の強硬策によって感染拡大を短期間で封じ込めることはできない、と市場は見ているのかもしれない。民主主義国家においては、企業や個人の私的権利に配慮しつつ新型肺炎を進めざるを得ないことから、中国のような実効性が高い強硬策はとられにくい面があるだろう。FRBの緊急利下げはそうした点に配慮し、政府の対策を補う狙いもあるのかもしれない。

日欧の中央銀行の慎重姿勢は続く

米国での緊急利下げは、3月3日に実施されたG7(主要7か国)財務相・中央銀行総裁による緊急電話会議の直後に決定された。その結果、米国での緩和措置は国際協調の枠組みの一環、という性格が演出された。これは、米国ではなく他国、特に欧州諸国の働きかけによって実現されたものではないか。米国での緊急利下げ実施を事前に予見した他国が、米国での緊急利下げを国際協調の枠組みに入れることで、グローバルな金融市場への安定化効果を高めることを狙った、という面があったのではないか。

昨日時点では、欧米日の主要中央銀行が、同時に政策金利を引き下げるような協調緩和を実施する環境は整っていなかったのだろう。日本と欧州では追加緩和の実施余地は小さく、緩和手段を温存しておきたいとの意向は強いはずだ。さらに、理事会内で意見の相違が大きい欧州中央銀行(ECB)では、具体的な緩和手段で短期的に理事会内での合意を得ることは難しかっただろう。

今後の大きな注目は、米国以外の主要中央銀行の政策対応である。昨年は、FRBが積極的な金融緩和を実施し、ECBはそれを後追いする形でより小幅な金融緩和を実施、日本銀行は金融緩和を見送った。金融緩和に向けた3つの中央銀行のこうした姿勢は、基本的には現在も変わっていないのではないか。

ECBは3月の理事会でTLTRO拡充を実施か

ECBは今後、理事会内で意見の調整を行ったうえで、3月12日の次回会合では金融緩和を実施することが予想される。ただし、マイナス金利政策や資産買入れ政策については、ドイツを中心に慎重な意見が強いことから、貸出支援の長期資金供給策(TLTRO)の拡充が緩和措置の中心となるのではないか。

一方日本銀行は、米国での緊急利下げに対する市場の反応が悪かったこと、特にドル安が進んだことを強く警戒し始めていることだろう。円高ドル安が進行し、1ドル100円が視野に入ってくれば、日本銀行も緊急利下げを実施する可能性が出てくる。しかしそうした状況にならなければ、緩和手段を温存し続けるだろう。

3月の決定会合で日本銀行は追加緩和を見送り

現時点では、3月18・19日の次回決定会合で、日本銀行は追加緩和の実施を見送る可能性を見ておきたい。しかしその場合でも、何の対策も打ち出さない、つまり市場の期待に対してゼロ回答ではもはやないだろう。

例えば、インバウンド需要の落ち込みを通じて新型肺炎の打撃を大きく受けている観光業、一部小売業、あるいは自粛の影響を受けるイベント関係などの業種については、銀行が同産業向けの貸出を増加させた際に、その分は日本銀行から低利で借り入れできる、あるいはその貸出増加分を、マイナス金利が適用される超過準備の政策金利残高から控除される、といった制度の適用が考えられる。これは、政府による産業支援策を補完するものであり、こうした施策を通じて政府との協調を演出することを狙うのである。

日本銀行の追加緩和手段は政策金利の引下げ

ただし、今後円高が進行する可能性も考慮した場合、向こう数か月のうちに日本銀行が追加緩和策の実施に追い込まれる可能性は、50%を超えただろう。緩和実施の際には、政策金利を-0.1%から-0.2%に引き下げる、いわゆるマイナス金利の深掘りという措置が有力だ。その際にはETFの買入れ増額を、合わせ技で用いるかもしれない。

しかし、日本銀行の単独での追加緩和策が、経済、金融市場にもたらすプラスの効果はほとんど期待できない。そこで、日本銀行が先行き追加緩和の実施を決めた際には、FRB、ECBと緩和実施のタイミングを合わせることを志向するかも知れない。今回は実現できなかったとみられる国際協調緩和の実施が、日本銀行が主導する下で今後実現することも考えられるところだ。

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