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新型肺炎による事業者の損失は保険でカバーされるか

2020/03/05

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中国ではSARS後に感染症を保険カバーの対象から外す動き

世界規模で新型肺炎が拡大する中、各国で企業が被る損失も日々膨らんでいる。他方、新型肺炎の拡大を防ぐための政府による措置が、企業の損失を拡大させている面も少なくない。そうしたなか、企業の損失が保険や政府による支援、補償などによって軽減されるかどうかが注目されている。

まず、経済的な打撃が最も大きい、新型肺炎の震源地の中国の状況を見てみよう。中国では小売業、ホテル業、航空会社、製造業など、広範にわたって事業活動が落ち込んでいる。またアップルやスターバックスのような海外企業も、中国本土で多数の店舗の閉鎖に追い込まれている。

こうした企業が被る損失が、保険でカバーされるケースは少なそうだ。それは、2002~03年のSARS(重症急性呼吸器症候群)で痛い目を見た保険会社や再保険会社が、感染症の拡大を保険カバーの対象から外したからだという(注)。

香港ではSARSの際に生じた損失について、マンダリン・オリエンタル・ホテル1社だけで、米保険大手アメリカン・インターナショナル・グループ (AIG)など保険会社から受け取った保険金は、合計で1,600万米ドル(約18億円)にも達した。そうした経験から保険会社各社は、標準的な事業中断保険の対象から、SARSのような感染症のまん延を除き、火事やテロ、自然災害による損害を主要な補償対象としている。

感染症に起因する損失は想定以上に巨額に上る可能性があることから、それらの多くが保険の対象となれば、保険会社のビジネスが立ち行かなくなる可能性が出てくる。

他方、イベント会社等に対しては、公衆衛生上のリスクをカバーする保険も一部では提供されているという。7人制ラグビーの国際大会「キャセイパシフィック/HSBC香港セブンズ」は、今回の新型肺炎の影響で開催中止や延期に追い込まれた。しかし、香港セブンズを主催する香港ラグビーユニオンは、SARSの流行後に、感染症も対象になるようなイベント中止保険に新たに加入しており、損失の補償を受けるという。その代わりに、かなり高額な保険料を今まで支払ってきたのだろう。

日本でのイベント中止のほとんどは保険でカバーされない

他方、日本では、新型肺炎拡大を受け多くのイベントが中止に追い込まれる中、中止による損害を補償する「興行中止保険」への関心が高まっている。今回のように感染症が直接起因して中止となった場合、イベントが中止になってもそれによる損失のほとんどは興行中止保険では補償されない。

興行中止保険は、イベントが中止や延期になった際に、主催者側が被った損失の最大90%を、保険会社が保険金として支払う仕組みとなっている。ただし、支払いの条件となるのは、台風、豪雨といった悪天候や、交通機関の事故、出演者の病気やけがによる出演取りやめなど、損失規模や発生リスクが統計的手法で予測できるものに限られる。戦争や感染症の場合、発生の頻度が不確実であることに加えて、損失が非常に巨額に達する可能性があるため、補償の対象から外れるのが通常だ。

例えば、3月1日に開催された東京マラソンでは、一般ランナーの参加が中止になった。それでも、一般ランナーが支払った参加料は返金されない。主催者である東京マラソン財団の規約では、積雪や大雨で大会が中止になった場合は参加料を返金すると規約に定めているが、新型肺炎は規約に定める返金の条件に当てはまらないことから、返金はされなかった。それは、東京マラソンが縮小になっても、興行中止保険で損失が補償されないから、と推測されている。

政府のイベント自粛要請の影響

当初は、中国からの渡航者減少によるインバウンド需要の落ち込みが、新型肺炎に関わる事業者の損失を生じさせる主な分野だった。損失を被るのは、主として観光業、宿泊業、小売業などである。それが、足もとでは、各種イベント、テーマパークなどの分野へと損失のリスクが広がってきた。これは政府のイベント自粛の働きかけによるところが大きい。

2月20日に厚生労働省が示したメッセージでは、各種イベントについては、開催の必要性を改めて検討するように求める一方で、「一律の自粛要請を行うものではない」とも明言していた。これに対して、方針が分かりにくい、判断を民間に押し付けている等の批判も生じた。

そうした批判を受けて26日には、「多数の人が集まるような全国的なスポーツ、文化イベント等については、大規模な感染リスクがあることを勘案し、今後2週間は、中止、延期又は規模縮小等の対応を要請する」との政府の方針が突如示されたのである。

それでも、このイベントの中止・延期は政府の要請であって、命令ではない。政府がそれを事業者に命令できる、明確な法的根拠がないためだ(当コラム、 「新型肺炎対策で必要となる国内法整備」、2020年3月3日)。命令でない限り、事業者はイベント中止による損失の補償、支援を政府に直接求めることは難しいと考えるのではないか。

誰も予想しなかった新型肺炎の蔓延を受けて、感染症という事業リスクをどのように管理していくのかは、企業にとって大きな課題として一気に浮上してきた感がある。そのリスクの中には、政府の感染症対策の影響も含まれるのである。


(注)"Why Many Businesses Will Be on the Hook for Coronavirus Losses", Wall Street Journal, February 23, 2020

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